第二部:第十五章 騎士団の試練
王宮に到着して三日。直哉と麻希は、神聖王国オルディスの騎士団から「滞在許可のための実力確認」を受けることになった。
それは表向きこそ“信頼の証明”だが、実際には――
ふたりの中に眠る“ささやき”の力を試し、観察する意図があることを、ラウラやナディアはすでに察していた。
「心配しないで、麻希。これまで通りの自分でいれば大丈夫よ」
ナディアの励ましに、小さく頷きながらも麻希は自分の手を見つめた。
(“力を示す”って、そんな簡単なことじゃないよね……)
いざという時、自分は本当に誰かを導けるのか。誰かを守れるのか。
だけど――。
「麻希」
背後から声がかかる。振り向けば、直哉がもう準備万端の姿で立っていた。背筋が伸びていて、目がまっすぐで、そしてどこか――彼女だけに向けられているような笑みを浮かべていた。
「いこう、一緒に」
その一言で、心の不安がすっと消えていく。
(……そうだ。私は、ひとりじゃない)
彼と一緒なら、どこにでも立てる。そう、信じられる。
◆
模擬戦は、王都の北にある訓練場で行われた。観客席には一部の貴族、王宮の高官たち、そして騎士団長までもが姿を見せていた。
「本日の訓練内容は、模擬戦形式。隊長代理三名と、直哉・麻希の二名の連携を確認する」
冷たい声が響く。だが、直哉は一歩も引かなかった。
「行くぞ、麻希」
「……うん、任せて」
相手の剣が空気を切り裂く中、直哉が前に出て相手の一撃を受け止める。その刹那――
「左から回り込んで!」
麻希の声が響き、直哉の動きにわずかな修正が加わる。剣が鋭く弧を描き、騎士の足元を崩す。
「ナイス、麻希!」
「次、右の隊長が詠唱中!」
直哉が駆け、麻希がカバー。ふたりの連携はまるで呼吸を合わせるように自然で、美しく――その場にいた誰もが、目を奪われた。
そして終盤。
直哉が一撃を受け、倒れ込む瞬間。
「直哉!!」
麻希が叫び、駆け寄る。そして――
その声が、空気を震わせた。
「全員、後退して!」
声に込められた力が、場にいた騎士たちの意識を一瞬で集中させ、動きを止めさせた。
“調律の声”。麻希が無意識に発したその指示は、まるで魔法のように戦場を掌握したのだ。
やがて直哉が立ち上がり、最後の一撃を決める。
模擬戦は終了した。
場に静寂が訪れ、やがて拍手が起こる。
「……見事だ」
騎士団長がつぶやき、高官たちも頷いた。
だが、その中にあってただ一人、玉座近くにいた“黒衣の男”だけが、笑みも称賛も見せず、黙ってふたりを見つめていた。
◆
戦いのあとの夕暮れ。訓練場裏手の庭で、直哉と麻希は並んで座っていた。
「疲れた……けど、なんとかなったね」
麻希がそうつぶやくと、直哉はふっと笑った。
「お前の声、すげえな」
「……えっ?」
「まるで……全部が見えてるみたいだった。俺、あの声があったから動けた」
「……あれは、無意識だったの。でも、気がついたら……あなたを守らなきゃって思ってた」
その言葉に、直哉は少しだけ目を細めてから、そっと言った。
「……ありがとう。守ってもらったの、俺の方だ」
照れ臭くて、でも心の底から嬉しい気持ちが胸に広がっていく。
「……直哉」
「ん?」
「今日、私……ちょっとだけ、自分に自信が持てた。きっとそれは、あなたが隣にいてくれたから」
視線を合わせたまま、ゆっくりと手を伸ばす。そして、指先がふれた。
その瞬間、風が止まり、世界がふたりだけになる。
どちらからともなく、体が寄り添う。頬がふれ合いそうな距離。言葉がなくても、お互いの気持ちが伝わる。
「……好きだよ、麻希」
「……わたしも」
吐息が混じるような距離で、ふたりの心がまたひとつ重なった。
――その絆は、やがて世界に嵐を起こす力となる。
けれど今はまだ、その始まりを、静かに確かめる時間。




