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ささやきの運命  作者: 乾為天女


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第二部:第十四章 王都オルディスの門

 七日目の朝。霧が晴れ、山道を抜けた先に、その姿はあった。

 巨大な白亜の城壁。天を衝くようにそびえ立つ聖塔。王国オルディス――神聖を名乗るこの国の中心にして、百を超える神殿と魔法学院が並び立つ大都。

 「……これが、王都……」

 麻希まきは息をのんだ。

 空気が違う。景色の壮麗さに圧倒されるというより、その“重たさ”に胸が押しつぶされそうだった。ここには厳格な秩序があり、人々はその枠組みの中で生きている。

 ナディアがゆっくりと振り返った。

 「ここから先は、私の護衛として“特例での入城”となります。……だから、少しだけ、表情に気をつけてください」

 「……気をつけるって、どんな?」

 直哉なおやが問い返すと、ナディアは少しだけ苦笑する。

 「“私たちは無害な一般人です”って顔、ですね」

 「……無理だ、それ」

 そうぼやいた直哉を、麻希が小さくつつく。

 「こら、真面目に」

 「はいはい、わかってますって……」

 門前では、装甲に身を包んだ騎士団が詰めていた。その鋭い視線がナディアに向けられた瞬間、全員が一斉に膝をつく。

 「巫女ナディア殿、ようこそお戻りくださいました」

 「ありがとう。今は急ぎの用件があるため、私と随行者をすぐに王宮へ通してほしいの」

 「……畏まりました」

 淡々としたやり取りのなか、麻希の指先がほんのわずかに震えていた。直哉はそれに気づき、そっと彼女の手を握った。

 「大丈夫。俺たちは俺たちのままでいればいい」

 その一言で、麻希の胸のざわつきが静まっていくのを感じた。

 (……そうだよね。緊張するけど……この人の手があれば)

 小さく、彼の手を握り返す。王都の門が重々しく開かれ、ふたりの歩みがその中へと踏み出した。

 王都は美しかった。

 けれど、そこにはどこか“冷たさ”があった。

 整然とした通り、沈黙を保つ神官たち、規律に従う民衆。どこか、息苦しさを覚えるほどに“完璧”な都市。

 そして、麻希は気づいていた。

 視線――自分たちに向けられる、奇妙な好奇心と警戒の入り混じった目。

 (……巫女の護衛っていう設定、信用されてない)

 騎士団の奥、王宮へと至る長い回廊を進んでいるとき、麻希は不意に足を止めた。

 「……ねえ、直哉」

 「ん?」

 「わたし、ここに来てからずっと肩に力入ってるみたいで……正直、ちょっと息苦しい」

 言葉は平静を装っていたが、瞳には戸惑いが滲んでいた。

 直哉は立ち止まり、彼女の前に回ってそっと肩に手を置く。

 「そりゃそうだよな。異国の王宮なんて、緊張しないわけがない」

 「でも、ナディアは堂々としてるし……私も、しっかりしなきゃって……」

 その言葉を遮るように、直哉は小さく笑った。

 「いいじゃん、無理しなくて。俺は、麻希が“そのままの麻希”でいてくれる方が嬉しい」

 「……っ」

 胸の奥に、ぽたりと熱が落ちる。言葉では言えない気持ちが、静かに心を満たしていく。

 「ねえ、直哉」

 麻希が小さな声で囁くように言った。

 「なに?」

 「……ちょっとだけ、手、握ってて」

 「……ああ」

 繋がった指先は、確かなぬくもりを伝えてくる。まるで“私はここにいるよ”と告げてくれるようで――麻希は胸の奥に、ふわりと花が咲くような感覚を覚えていた。

 騎士団の目を避けるように、二人の手はゆっくりと離れた。けれど、そのぬくもりは指に残ったまま。

 (……私、もうこの人がいなきゃダメかもしれない)

 そう思ったとき、麻希の耳元でふわりと“ささやき”がこだました。

 ――選ばれしふたりよ、歩め。心を重ね、真なる共鳴へ至れ。

 その声は、どこか祝福のようだった。

 やがてふたりは、王宮の謁見の間へと足を踏み入れる。

 だが、その場にいたのはただの聖職者や王ではなかった。

 玉座の脇に立つ、ひときわ鋭い眼差しを持つ男――

 その瞳が、麻希の中に潜む“ささやきの波動”に反応するように、ほんのわずかに動いた。

 「なるほど……これが、“新たな共鳴者”か」

 その声に、背筋を凍らせるような気配が滲んでいた。

 直哉と麻希の手が、自然ともう一度近づく。

 彼らはまだ知らなかった――

 王国の内部にもまた、ひとつの野望が眠っていることを。

 けれどその手が離れない限り、どんな闇があろうとも、ふたりは進んでいける。

 それを信じられるだけの“絆”が、確かに芽生えていた。


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