第二部:第十四章 王都オルディスの門
七日目の朝。霧が晴れ、山道を抜けた先に、その姿はあった。
巨大な白亜の城壁。天を衝くようにそびえ立つ聖塔。王国オルディス――神聖を名乗るこの国の中心にして、百を超える神殿と魔法学院が並び立つ大都。
「……これが、王都……」
麻希は息をのんだ。
空気が違う。景色の壮麗さに圧倒されるというより、その“重たさ”に胸が押しつぶされそうだった。ここには厳格な秩序があり、人々はその枠組みの中で生きている。
ナディアがゆっくりと振り返った。
「ここから先は、私の護衛として“特例での入城”となります。……だから、少しだけ、表情に気をつけてください」
「……気をつけるって、どんな?」
直哉が問い返すと、ナディアは少しだけ苦笑する。
「“私たちは無害な一般人です”って顔、ですね」
「……無理だ、それ」
そうぼやいた直哉を、麻希が小さくつつく。
「こら、真面目に」
「はいはい、わかってますって……」
門前では、装甲に身を包んだ騎士団が詰めていた。その鋭い視線がナディアに向けられた瞬間、全員が一斉に膝をつく。
「巫女ナディア殿、ようこそお戻りくださいました」
「ありがとう。今は急ぎの用件があるため、私と随行者をすぐに王宮へ通してほしいの」
「……畏まりました」
淡々としたやり取りのなか、麻希の指先がほんのわずかに震えていた。直哉はそれに気づき、そっと彼女の手を握った。
「大丈夫。俺たちは俺たちのままでいればいい」
その一言で、麻希の胸のざわつきが静まっていくのを感じた。
(……そうだよね。緊張するけど……この人の手があれば)
小さく、彼の手を握り返す。王都の門が重々しく開かれ、ふたりの歩みがその中へと踏み出した。
◆
王都は美しかった。
けれど、そこにはどこか“冷たさ”があった。
整然とした通り、沈黙を保つ神官たち、規律に従う民衆。どこか、息苦しさを覚えるほどに“完璧”な都市。
そして、麻希は気づいていた。
視線――自分たちに向けられる、奇妙な好奇心と警戒の入り混じった目。
(……巫女の護衛っていう設定、信用されてない)
騎士団の奥、王宮へと至る長い回廊を進んでいるとき、麻希は不意に足を止めた。
「……ねえ、直哉」
「ん?」
「わたし、ここに来てからずっと肩に力入ってるみたいで……正直、ちょっと息苦しい」
言葉は平静を装っていたが、瞳には戸惑いが滲んでいた。
直哉は立ち止まり、彼女の前に回ってそっと肩に手を置く。
「そりゃそうだよな。異国の王宮なんて、緊張しないわけがない」
「でも、ナディアは堂々としてるし……私も、しっかりしなきゃって……」
その言葉を遮るように、直哉は小さく笑った。
「いいじゃん、無理しなくて。俺は、麻希が“そのままの麻希”でいてくれる方が嬉しい」
「……っ」
胸の奥に、ぽたりと熱が落ちる。言葉では言えない気持ちが、静かに心を満たしていく。
「ねえ、直哉」
麻希が小さな声で囁くように言った。
「なに?」
「……ちょっとだけ、手、握ってて」
「……ああ」
繋がった指先は、確かなぬくもりを伝えてくる。まるで“私はここにいるよ”と告げてくれるようで――麻希は胸の奥に、ふわりと花が咲くような感覚を覚えていた。
騎士団の目を避けるように、二人の手はゆっくりと離れた。けれど、そのぬくもりは指に残ったまま。
(……私、もうこの人がいなきゃダメかもしれない)
そう思ったとき、麻希の耳元でふわりと“ささやき”がこだました。
――選ばれしふたりよ、歩め。心を重ね、真なる共鳴へ至れ。
その声は、どこか祝福のようだった。
◆
やがてふたりは、王宮の謁見の間へと足を踏み入れる。
だが、その場にいたのはただの聖職者や王ではなかった。
玉座の脇に立つ、ひときわ鋭い眼差しを持つ男――
その瞳が、麻希の中に潜む“ささやきの波動”に反応するように、ほんのわずかに動いた。
「なるほど……これが、“新たな共鳴者”か」
その声に、背筋を凍らせるような気配が滲んでいた。
直哉と麻希の手が、自然ともう一度近づく。
彼らはまだ知らなかった――
王国の内部にもまた、ひとつの野望が眠っていることを。
けれどその手が離れない限り、どんな闇があろうとも、ふたりは進んでいける。
それを信じられるだけの“絆”が、確かに芽生えていた。




