第二部:第十三章 王都への行軍
朝靄に包まれたルセリアの南門。白馬にまたがったナディアが先頭に立ち、その後ろを直哉と麻希、そして神聖王国から派遣された騎士たちが静かに進んでいく。
「ふたりとも、この先は森を抜けて山岳地帯に入ります。魔物や盗賊の情報もあるので、油断しないでくださいね」
ナディアが振り返って声をかけると、直哉が力強く頷いた。
「了解。魔物の対処も、麻希となら何とかなる……よな?」
「何その言い方。私に丸投げする気?」
呆れたように返す麻希だったが、頬がわずかに緩んでいた。
――数日前なら、冗談を交わす余裕なんてなかった。
それだけふたりの関係は、自然と近くなっていたのだ。
だが、旅路は甘くはない。
四日目の昼過ぎ、岩場に差しかかると、空気の流れがピタリと止まった。
「……魔物の気配」
ナディアが馬を降り、慎重にあたりを探る。直哉と麻希も、すぐさま構えを取った。
そして、岩陰から姿を現したのは、地を這うような低いうなり声を放つ大型の獣。真紅の瞳を光らせ、瘴気をまとうその体は、尋常な魔物ではないことを物語っていた。
「っ、やば……」
直哉が剣を構えるも、その手に汗がにじむ。今までの魔物とは格が違う。
しかし――。
「麻希、頼めるか?」
「……うん。わたし、やってみる」
麻希は目を閉じ、呼吸を整える。そして心の奥底――“ささやき”が眠る場所に、意識を向けた。
――ドクン。
そのとき、風がざわめいた。
彼女の中に響く声。それはもう、恐怖ではなかった。導きであり、灯火であり、そして――直哉とつながる絆のようだった。
「みんな、私の合図で動いて! 直哉、右から引きつけて!」
「任せた!」
直哉が魔物の注意を引きつけ、麻希がその隙を突いて“調律の声”を解き放つ。仲間の動きが彼女の声に呼応し、完璧な連携が生まれる。まるで戦場にひとつの旋律が生まれたようだった。
最後の一撃――直哉が叫びながら剣を振り下ろし、魔物を討ち倒すと、場に静寂が戻った。
「……やった……!」
麻希が小さく笑ったその瞬間、力が抜けたように膝を崩しそうになった。
「っ、麻希!」
直哉が駆け寄り、その体をしっかりと抱きとめる。彼女の鼓動が、すぐそこにあった。
「だ、大丈夫……ちょっと疲れただけ……」
「無理すんなって……ほんと、よくやった」
至近距離で顔を覗き込まれ、麻希の鼓動がまたひとつ跳ねた。自分でも驚くくらい、直哉の腕の中は心地よくて、温かかった。
「……ありがとう。わたし、怖かった。でも、あなたがいたから……ちゃんと声を出せた」
その囁きに、直哉はそっと額を麻希の額に寄せる。
「俺も……お前がいたから、振り抜けた」
ふたりの影が寄り添い、風がふわりと髪を揺らす。ナディアが少し離れた場所からその様子を見つめ、ふっと目を伏せた。
(あの人は、もう誰かに守られているのね……)
胸の奥がかすかに痛んだが、ナディアはその想いを静かに心にしまった。
◆
日が暮れたあと、野営の火を囲んでいたとき。麻希は、ふと直哉の隣に座った。
「……あのね」
「ん?」
「王都で、どんなことが待ってるかわからないけど――」
そこで言葉を切る。焚き火の炎が、彼女の瞳を揺らしていた。
「……私、直哉がいるなら、もう何があっても怖くないって思えたの。だから……」
「だから?」
「王都でも、ずっと、そばにいてくれる?」
その言葉に、直哉は驚いたように目を見開いた。だが、すぐに静かに笑って頷いた。
「もちろん。絶対、離さないよ」
麻希の頬が紅く染まり、視線をそらす。
「……ばか」
けれど、その声には明らかに嬉しさが滲んでいた。
火の粉が空に舞い、星がまたたく夜。
ふたりの距離は、言葉と想いと共にまた一歩、近づいていた。
――その想いが、やがて王都での運命を大きく動かすことになるとは、まだ知らずに。




