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ささやきの運命  作者: 乾為天女


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第二部:第十二章 王国への誘い

 ナディアがルセリアに到着して三日。彼女はラウラの研究所に滞在しながら、直哉なおや麻希まきの“ささやき”の状態を観察し、記録を取っていた。

 その合間に、彼女が語ったのは――王国オルディスでの異変だった。

「神殿に仕える祭司たちの一部が、“ささやき”を“神の加護”と解釈していて……力を手にしようとしているんです」

 ラウラが驚きの表情を浮かべる。

「王国も、手を伸ばし始めたというわけね。表向きは“神聖”を掲げながら、やっていることは帝国と変わらない」

 ナディアは苦々しい顔で首を振った。

「……本来、“ささやき”は人の心に寄り添い、調和を促すものだったはず。けれど、力に目がくらんだ者たちはそれを“兵器”にしようとしている。だから――あなたたちに王都へ来ていただきたいのです」

 「私たちが行って……何になるの?」

 麻希が躊躇いがちにそう尋ねると、ナディアはまっすぐに答えた。

 「“本物の共鳴”を、彼らに見せてほしい」

 “共鳴”。それは、ナディアが何度も口にしていた言葉。

 「ささやきは、二人の心が響き合ったときに力を発する。あなたたちには、それができる。……そう感じたんです」

 言い終えたナディアは、わずかに視線を伏せた。まるで、そこに嫉妬と憧れが入り混じっているかのようだった。

 その夜。ラウラの塔の最上階――空に一番近い場所で、直哉と麻希は夜風に吹かれていた。

 「……王国、行くんだよね」

 麻希の声は少しだけ寂しそうだった。

 「うん。行こうと思ってる。……でも、無理に付き合わせるつもりはない」

 直哉は真剣な目でそう言った。優しさと、迷いと、何より――彼女を尊重したいという想いが込められていた。

 麻希は一瞬だけ目を閉じたあと、ゆっくりと顔を上げた。

 「……バカだね。そんなふうに言われたら、逆に行きたくなるじゃん」

 そう言って笑う麻希の横顔が、やけにまぶしく見えた。けれど、その瞳の奥には揺れる不安もあって――直哉は思わず、言葉より先に動いていた。

 「麻希」

 名前を呼びながら、そっと彼女の手を取る。

 「え……」

 温かくて、どこか震えていたその手を、両手で包むように握る。

 「俺、お前のこと……守りたいんだ。戦うとか、助けるとか、そういうんじゃなくて――お前が、不安を抱えたままでいてほしくない」

 麻希の目が、ふわりと揺れた。

 「……なんでそんなこと、真っ直ぐ言えるの」

 「それが、俺だから……かな」

 恥ずかしそうに笑う直哉に、麻希は吹き出すように笑いながらも、ぽつりと呟いた。

 「……ずるい」

 「え?」

 「だって、そんなこと言われたら……また好きになっちゃうでしょ」

 その一言に、直哉の顔が固まる。

 沈黙。

 月の光だけが、ふたりを照らしていた。

 麻希は自分の言葉に気づいて、口元を手で覆う。

 「あっ、ち、ちがっ、いまのは……! ほら、その、比喩的な、あの……!」

 「……うれしい」

 「えっ……?」

 直哉は、照れくさそうに、けれど嬉しさがあふれて仕方ないという顔で笑った。

 「すっげえ、うれしい」

 麻希の顔が真っ赤になる。どうしても視線が合わせられなくて、彼女は俯いた。

 だけど、握られた手は、そのまま。

 夜風が静かに吹き抜ける中で、ふたりの距離はそれ以上でも、それ以下でもなく、ちょうどいい“ぬくもり”で重なっていた。

 そして旅立ちの前夜。

 ふたりは、ルセリアの城壁の上から広がる星空を見つめていた。

 言葉は少なかった。けれど、時折そっと視線が交わるたびに、心は通じている気がした。

 「……直哉」

 「ん?」

 「わたし、王国に行くの、ちょっと楽しみになってきた」

 「なんで?」

 「だって……あなたがいるから」

 その言葉は、まるで風に溶けるように、やさしく耳に届いた。

 直哉は静かに笑い、麻希の手を再び握った。

 「じゃあ、行こう。ふたりで。どんなところでも、一緒なら――大丈夫だ」

 胸が跳ねる。手が熱を帯びる。だけど、その感情は怖くない。むしろ、心が躍って仕方がない。

 こうしてふたりは、また新たな地へ――“真実”へと近づいていく。

 そして、その旅路の中で育っていくものが、“ただの共鳴”ではないことを、もう麻希は薄々気づいていた。


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