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ささやきの運命  作者: 乾為天女


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第二部:第十一章 巫女ナディアとの出会い

 魔物の襲撃から数日が過ぎたある朝。ルセリアの塔に、淡い鐘の音が響き渡った。扉の向こうに立っていたのは、聖なる紋章をあしらった白衣をまとった一人の少女だった。長い金髪を緩く束ね、瞳は淡い水色。年は麻希まきとそう変わらないように見えるが、どこか神聖な空気をまとっている。

 「……失礼いたします。神聖王国オルディスより参りました、巫女見習いのナディアと申します」

 その名に、ラウラは目を細めると、直哉なおやと麻希を振り返った。

 「来たわね。“ささやき”の波動を感じ取れる者の中でも、巫女は特に敏感。彼女がここまで来たということは、ただ事ではないわ」

 ナディアは丁寧に頭を下げたあと、静かに言葉を紡いだ。

 「数日前、王国の神殿で――“波動のうねり”を感じました。強く、深く、まるで世界が軋んでいるような。……原因は、あなたたちにあると思われます」

 麻希は、自然と背筋が伸びるのを感じた。

 「……私たちに?」

 「ええ。でも、責めに来たわけではありません。むしろ……力を貸していただきたいのです」

 ナディアは、まっすぐに麻希の瞳を見つめる。誠実で、少し繊細な視線。その清らかさが、なぜか胸をざわつかせた。

 「王国でも、何かが起き始めているのです。“ささやき”を巡る動きが、帝国だけでなく、王国の中でも進行している。私たちにも、真実が必要です」

 その言葉を聞いた瞬間、麻希は軽く息を呑んだ。ナディアの持つ“巫女”としての使命感。それは、自分とは真逆のものに思えた。

(……私は、そんなふうに自分を信じ切れない)

 だけどそのすぐ隣で、直哉が小さく頷く。

 「わかった。できることがあるなら、力になりたい。な、麻希」

 その一言に、ナディアではなく、麻希の心が震えた。

 「……うん」

 たったそれだけなのに、直哉の視線が自分の気持ちを全部見透かしているようで、麻希は頬を少し赤く染めた。

 ナディアは静かに微笑んだ。

 「ありがとうございます。直哉様、麻希様。……私は、あなた方と共に歩む覚悟があります」

 麻希は、そのとき初めて気づいた。ナディアが言葉にしなかった“恐れ”を。その凛とした表情の奥にある、同世代の少女としての不安。巫女という立場の重圧。

 (この子も、きっと……私と同じ。選ばれた意味を探してる)

 ただひとつ違うのは――。ナディアは直哉を見つめるたびに、ほんの少し目を細める。尊敬とも好意ともとれる、そんな色。

 それに気づいたとたん、胸の奥が少しざわついた。

 (……なに、これ)

 初めて感じる感情に戸惑いながらも、麻希は表情を崩さずにいた。だが、視線は自然と直哉に向いていた。

 その夜。研究塔の屋上。風は冷たく、空には三つの月が並んでいた。

 麻希はひとり、欄干にもたれながら、街の灯りを見下ろしていた。ナディアが現れてから、胸が落ち着かない。

 自分と同じくらいの年齢で、あんなにしっかりしていて、しかも“巫女”という神聖な立場にある少女。直哉が隣にいて、真剣に話している姿を見るだけで、どこか胸がざわつくのだ。

 (……私は、なんなんだろう)

 選ばれた理由も、力の正体も分からない。ナディアみたいに使命感もない。

 「……なに考えてんだ?」

 不意に声がかかり、振り返ると直哉が立っていた。

 「ちょっと、涼みに来ただけ」

 「……嘘つけ」

 「えっ?」

 直哉は苦笑しながら、麻希の隣に立った。

 「ナディアのこと、気にしてるだろ?」

 「……っ」

 図星だった。だけど、それを否定するのは悔しくて、麻希はそっぽを向いた。

 「別に……ただ、なんか、自分がちっぽけに思えただけ」

 「ちっぽけ?」

 「巫女ってすごい立場だし、使命もあって……。私なんて、流されてるだけで、何も……」

 その言葉を遮るように、直哉の手が彼女の手に触れた。

 「麻希は、麻希だろ」

 「え……」

 「立場なんて関係ない。俺は、麻希がいてくれたから、ここまで来られた。あの時、声をかけてくれたのも、お前だった」

 その瞳はまっすぐで、言葉に一切の嘘がなかった。

 「俺にとっては、お前が……いちばん、頼りになる」

 ふいに心が跳ねる。

 (……そんなの、ずるい)

 麻希は言葉を探そうとして、うまく出てこなかった。心臓が、うるさすぎて。

 「……ほんとに、あなたって人は……」

 息をつくように呟きながら、彼の肩にそっともたれかかる。

 直哉の体温が、まるで自分を肯定してくれるように優しくて――

 今夜だけは、少しだけこのままでいたいと思った。

 風が髪をなで、月がふたりを照らす。

 その沈黙は、どんな言葉よりも深く、お互いの想いを繋いでいた。

――ナディアの登場がもたらす新たな波紋。けれど、直哉と麻希の絆は確かに、また一歩深まっていく。


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