第七章 揺れる気持ち
夜の静寂に包まれたまま、悠聖と紗江はしばらく言葉を交わさず、ただ寄り添っていた。
悠聖の腕の中にいることが、こんなにも落ち着くなんて——。
(でも……これって、何?)
鼓動が早すぎる。彼に抱かれていると、まともに呼吸ができない。
逃げたいわけじゃない。むしろ、ずっとこのままでいたい——そう思ってしまう自分が怖かった。
「……まだ、緊張してる?」
悠聖の囁きに、紗江はビクッと肩を跳ねさせた。
彼の声は驚くほど優しくて、どこか甘さを含んでいる。
「そ、そんなこと……」
否定しようとしたが、腕の中でじっとしている時点で説得力がない。
悠聖は微笑みながら、そっと彼女の髪を指先で梳いた。
「無理しなくていい」
さらりと撫でられるたび、背中に電流が走るような感覚が広がる。
「……っ」
紗江は思わず息を詰めた。
(どうしよう……この人、近すぎる……!)
心臓の音がバレてしまいそうで、余計に意識してしまう。
「俺が触れると、そんなに緊張する?」
悠聖は少し悪戯っぽく微笑み、さらに彼女の髪をゆっくり撫でた。
「や、やめて……!」
熱を持った顔を隠すように、紗江は身じろぎした。
だが——
「……ダメ」
悠聖の腕が、そっと彼女の肩を引き寄せる。
ふわりと包み込まれる感覚に、紗江の思考が停止した。
「逃げるのは、なし」
彼の声が、まるで心を絡め取るように甘く響く。
「俺に……少しぐらい頼ってくれ」
「……頼ってる、よ」
小さく呟いた瞬間、悠聖の瞳が柔らかく揺れた。
「そっか」
そう言うと、彼はふわりと微笑み——
そして、紗江の手をそっと持ち上げた。
「……なに?」
「何でもない。ただ……」
悠聖は紗江の指を一つずつ、優しくなぞるように撫でた。
「こうしてると、君の存在がちゃんとここにあるって分かる」
その言葉に、紗江の顔が一気に熱くなった。
彼の指が、丁寧に自分の指を辿る。
——それだけなのに、全身が痺れるように熱くなっていく。
「そんなこと……しなくても……」
「ううん、俺がしたいんだ」
悠聖は真剣な表情で紗江の手を握った。
「君がここにいるって、確かめたい」
静かな声が、夜の空気に溶ける。
鼓動が苦しくなるほど速くなる。
「……っ」
まるで、この人に心を読まれているみたい。
言葉にできない感情が胸を満たし、どうすればいいのか分からなくなる。
「紗江」
悠聖がそっと、彼女の髪に指を絡める。
心臓が跳ねる。
月明かりの下、彼の瞳が微かに熱を帯びていて——
何かを期待してしまいそうになる。
「……お前を、大事にしたい」
優しく囁かれた言葉に、紗江はもう何も言えなくなった。
(ずるいよ……こんなの)
胸の奥が甘く痺れるような感覚に包まれながら、彼女はそっと目を閉じた。