第二部:第八章 かつての英雄の軌跡
ルセリアの夜は、星の海に包まれるように静かだった。研究所の奥、ラウラが特別に用意してくれた一室で、直哉と麻希は対になった机に向かって、記録を読み進めていた。
――悠聖と紗江。
彼らの名前は、古文書の至るところに記されていた。だが、記録は断片的でありながらも、どこか親密な響きを帯びている。まるで、ただの英雄譚ではなく、“生きた記憶”として残されているようだった。
「この人たち、本当にいたんだね……」
麻希がぼそりと呟く。指先が軽く震えていた。悠聖が紗江を守り、支え合いながら世界を救った――それはただの伝説ではなく、事実だった。そして、彼らの最後に記された言葉が、二人の胸を揺らした。
> “私たちは終わらない。声が消えようと、想いが紡がれる限り、誰かがまたこの世界に立つ”
「……まるで、次に選ばれる者たちがいるって、最初からわかってたみたいだな」
直哉がページを閉じ、軽く伸びをする。麻希は黙ったまま、彼の横顔を見つめていた。
強くなった。
最初は、頼りなさそうな普通の人に見えた直哉。だけど今は違う。誰よりも、まっすぐに“ささやき”と向き合っている。そして――自分のことを、決して置いて行かない。
その背中を見ていると、自然と胸が熱くなる。
「……なあ、麻希」
直哉が静かに口を開いた。
「もしさ、俺たちが本当に“次の選ばれし者”だったとして……お前はどうしたい?」
「……どうしたい、って……」
麻希は戸惑いながら、視線をそらす。喉が乾くような、息が詰まるような、でもどこか期待してしまう自分がいる。直哉が、何を言おうとしているのか。
「俺はさ、ちゃんと向き合っていきたいと思ってる。“ささやき”が何者かなんて、まださっぱりわからない。でも、もしそれがこの世界を乱すものなら――俺は、自分の意思で止めたい」
まっすぐな言葉。その強さに、麻希は心を打たれた。
「……わたしは、怖い。自分が“選ばれた”なんて言われても、ピンと来ないし……どうせなら、もっと誰か強い人が選ばれた方がよかったのにって、何度も思った」
正直すぎる言葉に、直哉は目を細めた。
「でも……」
麻希の声が震える。けれど、それでも口を閉じようとしなかった。
「でも、直哉がいるから……わたし、逃げないでいようって思えた」
その一言が、二人の空気を一変させた。
静寂が部屋を包む。机の向かいに座る二人の距離は、手を伸ばせば届くほどに近い。
直哉が、そっと立ち上がる。そして麻希の前に立ち、ためらいながら手を差し出した。
「……一緒にやろう。理由なんて後からでいい。お前とだったら、きっと何かを変えられるって……思えるんだ」
その手は、大きくて、あたたかくて。だけど何より、真っ直ぐだった。自分自身を疑わず、ただ信じてくれる手。
麻希は迷わず、その手を取った。
「……うん。一緒に」
――ドクン。
胸が跳ねる。まるで、自分の奥底に閉じ込めていたなにかが、ゆっくりと扉を開いたようだった。
そのまま、手をつないだまま見つめ合う二人。言葉はもう、必要なかった。
(……もしこの先、どれだけ困難なことが起きても)
(この手だけは、絶対に離したくない)
その夜、窓の外では流星が静かに一つ、夜空を横切った。
未来を知らぬまま、でも確かに今を支え合う二人の姿は、かつての英雄たちとどこか重なって見えた。




