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ささやきの運命  作者: 乾為天女


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第二部:第六章 ルセリアへの道中

 朝焼けが地平線を照らし始めた頃、直哉なおや麻希まきはルセリアへ向かう旅支度を終え、村の入り口に立っていた。

 村人たちは別れを惜しみながらも、「気をつけてな」と優しい言葉をかけてくれる。村長は旅路の安全を祈るように、直哉の肩をぽんと叩いた。

「若いの、麻希さんをしっかり守ってやるんじゃぞ」

「えっ……!」

 麻希が思わず頬を赤らめる中、直哉は苦笑しながら頷いた。

「もちろんです。俺も、麻希に助けられっぱなしですし」

「……もう」

 麻希は少しむくれながらも、どこか嬉しそうだった。

 ラウラが先頭に立ち、旅は始まる。ルセリアまでの道のりは決して楽ではないが、今の二人なら、どんな困難も乗り越えられるような気がしていた。

 森を抜け、川沿いの道を進んでいると、ラウラがふと口を開いた。

「ねえ、あなたたち。戦いの経験は?」

「ほとんどないですね」

 直哉が正直に答えると、ラウラは呆れたようにため息をついた。

「そりゃ大変ね。ルセリアへ向かう途中、魔物やならず者に襲われる可能性があるのよ?」

「……そんなに危険なんですか?」

 麻希が不安げに尋ねると、ラウラは真剣な顔で頷いた。

「ええ。最近、各地で異変が起きているの。帝国が影で動いているって噂もあるし、何より、“ささやき”の影響で魔物が活性化している可能性もあるわ」

「……やっぱり、“ささやき”はこの世界にとって普通じゃないものなんですね」

 麻希がつぶやくと、ラウラは意味深な笑みを浮かべた。

「その通りよ。だからこそ、あなたたちには特別な役割があるのかもしれないわね」

 その言葉の意味を考える間もなく、茂みの奥で何かが動く音が聞こえた。

「っ……!」

 瞬間、鋭い牙を持つ魔物――黒い毛並みの狼のような生物が飛び出してきた。

「グルルル……!」

「くそ、やっぱり出たか!」

 ラウラが素早く杖を構える。しかし、魔物はすでに直哉たちの方へと突進してきていた。

「麻希!」

 直哉は反射的に麻希の腕を引き、背後へ庇う。

「っ……!」

 麻希は驚きながらも、直哉の背中越しに魔物を睨んだ。彼の体温がすぐそばにあって、心臓が早鐘のように鳴る。

 ――ドクン、ドクン。

 何かが、目覚めるような感覚。

 魔物が飛びかかる瞬間、麻希の視界が一瞬、研ぎ澄まされた。

(……今なら、見える!)

 瞬時に足を踏み出し、魔物の動きを読むように流れるような動作で身をかわす。そして――。

「直哉、右に避けて!」

 とっさに声を張り上げた。

「……!」

 直哉は彼女の指示を信じ、思い切り横に跳ぶ。その瞬間、ラウラが詠唱を終えた。

「フレイム・ランス!」

 炎の槍が一直線に魔物の腹を貫いた。

 ――ドサッ。

 魔物はそのまま地面に倒れ込み、ピクリとも動かなくなった。

「……やった」

 麻希は息をつきながら、まだ胸の高鳴りが収まらないことに気づいた。

(……私、今……)

 直哉を守ろうとして、無意識に体が動いていた。普段の自分なら、こんな勇敢なことはできなかったはずなのに――。

 ふと、直哉が麻希の手をぎゅっと握った。

「麻希……ありがとう。お前の声がなかったら、やばかった」

「えっ……!」

 近い。思った以上に直哉の顔が近くて、麻希は息を呑んだ。

 今まで何度か手を握ったことはあった。でも、今回のそれはまるで違う意味を持っているようで――。

「な、なんか、すごい……熱いね」

 麻希がぎこちなく笑うと、直哉も少し照れくさそうに手を離した。

「はは、確かにな」

 二人の間に流れる空気は、戦闘の余韻と、言葉にならない感情で満たされていた。

「ふーん……なるほどね」

 ラウラが意味深な目で二人を見つめる。

「な、なんですか?」

「ううん、何でも。まあ、あなたたちが互いに“導き合う”存在であることは、間違いなさそうね」

 直哉と麻希は顔を見合わせた。

「……導き合う?」

「さあ、どういう意味かしらね?」

 ラウラはそれ以上は言わず、再び歩き始めた。

 二人の間には、言葉にできない何かが確かに存在していた。

 そして、それが何なのか――少しずつ、明らかになっていく。

 こうして、三人の旅は続いていく。

 ルセリアの街が、もうすぐ遠くに見えてきていた――。


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