第二部:第六章 ルセリアへの道中
朝焼けが地平線を照らし始めた頃、直哉と麻希はルセリアへ向かう旅支度を終え、村の入り口に立っていた。
村人たちは別れを惜しみながらも、「気をつけてな」と優しい言葉をかけてくれる。村長は旅路の安全を祈るように、直哉の肩をぽんと叩いた。
「若いの、麻希さんをしっかり守ってやるんじゃぞ」
「えっ……!」
麻希が思わず頬を赤らめる中、直哉は苦笑しながら頷いた。
「もちろんです。俺も、麻希に助けられっぱなしですし」
「……もう」
麻希は少しむくれながらも、どこか嬉しそうだった。
ラウラが先頭に立ち、旅は始まる。ルセリアまでの道のりは決して楽ではないが、今の二人なら、どんな困難も乗り越えられるような気がしていた。
◆
森を抜け、川沿いの道を進んでいると、ラウラがふと口を開いた。
「ねえ、あなたたち。戦いの経験は?」
「ほとんどないですね」
直哉が正直に答えると、ラウラは呆れたようにため息をついた。
「そりゃ大変ね。ルセリアへ向かう途中、魔物やならず者に襲われる可能性があるのよ?」
「……そんなに危険なんですか?」
麻希が不安げに尋ねると、ラウラは真剣な顔で頷いた。
「ええ。最近、各地で異変が起きているの。帝国が影で動いているって噂もあるし、何より、“ささやき”の影響で魔物が活性化している可能性もあるわ」
「……やっぱり、“ささやき”はこの世界にとって普通じゃないものなんですね」
麻希がつぶやくと、ラウラは意味深な笑みを浮かべた。
「その通りよ。だからこそ、あなたたちには特別な役割があるのかもしれないわね」
その言葉の意味を考える間もなく、茂みの奥で何かが動く音が聞こえた。
「っ……!」
瞬間、鋭い牙を持つ魔物――黒い毛並みの狼のような生物が飛び出してきた。
「グルルル……!」
「くそ、やっぱり出たか!」
ラウラが素早く杖を構える。しかし、魔物はすでに直哉たちの方へと突進してきていた。
「麻希!」
直哉は反射的に麻希の腕を引き、背後へ庇う。
「っ……!」
麻希は驚きながらも、直哉の背中越しに魔物を睨んだ。彼の体温がすぐそばにあって、心臓が早鐘のように鳴る。
――ドクン、ドクン。
何かが、目覚めるような感覚。
魔物が飛びかかる瞬間、麻希の視界が一瞬、研ぎ澄まされた。
(……今なら、見える!)
瞬時に足を踏み出し、魔物の動きを読むように流れるような動作で身をかわす。そして――。
「直哉、右に避けて!」
とっさに声を張り上げた。
「……!」
直哉は彼女の指示を信じ、思い切り横に跳ぶ。その瞬間、ラウラが詠唱を終えた。
「フレイム・ランス!」
炎の槍が一直線に魔物の腹を貫いた。
――ドサッ。
魔物はそのまま地面に倒れ込み、ピクリとも動かなくなった。
「……やった」
麻希は息をつきながら、まだ胸の高鳴りが収まらないことに気づいた。
(……私、今……)
直哉を守ろうとして、無意識に体が動いていた。普段の自分なら、こんな勇敢なことはできなかったはずなのに――。
ふと、直哉が麻希の手をぎゅっと握った。
「麻希……ありがとう。お前の声がなかったら、やばかった」
「えっ……!」
近い。思った以上に直哉の顔が近くて、麻希は息を呑んだ。
今まで何度か手を握ったことはあった。でも、今回のそれはまるで違う意味を持っているようで――。
「な、なんか、すごい……熱いね」
麻希がぎこちなく笑うと、直哉も少し照れくさそうに手を離した。
「はは、確かにな」
二人の間に流れる空気は、戦闘の余韻と、言葉にならない感情で満たされていた。
「ふーん……なるほどね」
ラウラが意味深な目で二人を見つめる。
「な、なんですか?」
「ううん、何でも。まあ、あなたたちが互いに“導き合う”存在であることは、間違いなさそうね」
直哉と麻希は顔を見合わせた。
「……導き合う?」
「さあ、どういう意味かしらね?」
ラウラはそれ以上は言わず、再び歩き始めた。
二人の間には、言葉にできない何かが確かに存在していた。
そして、それが何なのか――少しずつ、明らかになっていく。
こうして、三人の旅は続いていく。
ルセリアの街が、もうすぐ遠くに見えてきていた――。




