第二部:第五章 ラウラとの邂逅
盗賊団の残党はすべて逃げ去った。戦いの余韻が漂う村の中で、直哉と麻希は肩で息をついていた。
今まで経験したことのない緊張と興奮が、まだ体に残っている。初めての戦闘、それも命のやりとり。まともに戦えるとは思っていなかったはずなのに、なぜか体が自然に動いていた。
そして、その力を目の当たりにした者が、目の前に立っていた。
「ふふ、なかなか興味深いわね。まるで……彼らの再来みたい」
紫のローブをまとった女性――ラウラが、興味深そうに二人を見つめていた。
「えっと……助けてくれて、ありがとうございます」
麻希が息を整えながら礼を言うと、ラウラは微笑んで頷いた。
「いいのよ。研究者としての好奇心もあったし、ちょうどこの村を訪れる予定だったから。それにしても、まさかここで“ささやき”を持つ者たちに出会うとはね」
「“ささやき”……やっぱり、それを知ってるんですか?」
直哉が身を乗り出して尋ねると、ラウラは少しだけ驚いたような顔をした。
「そうね……。あなたたちにどこまで話せるかはまだわからないけど、一つだけ確かなことを言えるわ」
彼女は杖を軽く回し、淡く光る魔法の残滓を空中に描いた。そこには、古びた文字のようなものが浮かび上がる。
「あなたたちは、特別な存在よ」
「特別……?」
「ええ。“ささやき”に選ばれた者は、過去にもいたわ。でも、その存在はすでにこの世界から消えたはずだったのよ」
ラウラの言葉を聞いた瞬間、直哉と麻希の脳裏に再びあの記憶が蘇る。
――悠聖と、紗江。
昨夜、彼らの映像を見た。まるで過去の記憶のように流れ込んできた光景。
「俺たち、夢の中で……いや、意識の中で、見たんです。悠聖と紗江っていう名前の人たちを」
直哉が真剣な表情でそう告げると、ラウラは驚いたように目を見開いた。
「……あなたたち、本当に彼らの記憶を?」
「はい……確かに見ました。でも、何もかもが断片的で……」
麻希が不安そうにそう言うと、ラウラは思案するように口元に指を当てた。
「なるほど……それは興味深いわ。もしかすると、あなたたちは“ささやき”の残滓を受け継いでいるのかもしれない」
「受け継ぐ……?」
「ええ。本来、“ささやき”は一度消え去ったはずのもの。でも、何かの理由でこの世界に残り、それがあなたたちを選んだ……」
ラウラはそこで言葉を切り、直哉と麻希をじっと見つめた。
「あなたたち、ここで話すには限界があるわ。よかったら、私の研究所へ来ない?」
「研究所?」
「ええ。中立都市ルセリアにあるわ。そこなら、もっと詳しく調べることができると思う」
ルセリア――二人にとって聞き馴染みのない都市名だったが、この世界に来てからまだ何もわからないのだから、当然だった。
「……行こうか、麻希」
直哉が麻希を見つめながら静かに言う。彼自身、不安がないわけではない。でも、このまま曖昧なままでいるより、前に進みたかった。
麻希もまた、少し悩むように視線を落としたが、やがて決意を込めた表情で頷いた。
「……うん。私も知りたい。どうして私たちがここにいるのか」
その言葉を聞いたラウラは、満足そうに頷いた。
「決まりね。じゃあ、旅支度を整えて。明日の朝、ここを出発しましょう」
◆
その夜、旅立ちを前に二人は村の外れに並んで座っていた。
静かな風が頬をなで、夜空には無数の星が瞬いている。
「……なんだか、急展開すぎて、頭が追いつかないな」
直哉がため息混じりに言うと、麻希も小さく笑った。
「うん。でも、不思議と怖くはないよ」
「……なんで?」
「あなたがいるから」
不意に紡がれた言葉に、直哉の胸が強く鳴る。
「……俺も、そう思ってた」
お互いに視線を交わしながら、どこかぎこちなく、けれど確かに心が通じ合っている感覚。
言葉がなくても、すべてが伝わるような――そんな空気が漂っていた。
そっと、麻希が膝を抱えるようにして、夜空を見上げる。
「ねえ……私たち、これからどうなるのかな」
その問いに、直哉は少し考え、やがてゆっくりと答えた。
「わからない。でも……何があっても、一緒に乗り越えよう」
そう言って、彼はそっと手を差し出す。
麻希は少し驚いたようにその手を見つめた後、そっと自分の手を重ねた。
――ドクン。
まるで運命に導かれるように、二人の手が重なる。
ほんの一瞬、強く握りしめられた手の温もりが、麻希の心をじんわりと温かくしていく。
「……うん」
静かに微笑む麻希。
今はまだ、この感情に名前をつけるには早いかもしれない。
でも確かに、この夜空の下で、二人の距離はまた少し近づいた――。




