第二部:第四章 盗賊の襲撃
朝焼けの光が差し込む部屋の中で、直哉はゆっくりと目を覚ました。隣では麻希が静かに眠っている。昨夜の出来事――“ささやき”の声と、二人に流れ込んできた謎の記憶。それは夢ではなく、確かな現実だった。
麻希の寝顔を見つめながら、直哉はそっと息を吐く。
(なんで俺たちなんだろうな……)
それは考えても答えの出ない疑問だった。悠聖と紗江。なぜ彼らの記憶が自分たちの中に流れ込んできたのか。そして“ささやき”とは、一体何なのか。
直哉はふと、麻希の指先がわずかに震えていることに気がついた。昨夜、無意識のうちに彼の手を強く握り返していたことを思い出し、胸の奥がじわりと熱くなる。
――守りたい。
それがどこから来る感情なのかは分からない。だが、この世界に放り込まれ、何も分からない中で頼れるのは彼女だけだった。
「ん……」
麻希が小さく唇を動かし、ゆっくりと目を開ける。
「……直哉?」
「ああ、おはよう」
彼が微笑むと、麻希はまだ寝ぼけたように目を瞬かせ、すぐに顔を背けた。
「な、なんでそんな近くにいるの……?」
「いや、昨日のことがあったし、ちゃんと眠れたかなって……」
「……それは、ありがたいけど……そんなに見られると、恥ずかしい……」
麻希が顔を赤くしながら布団を引き寄せる姿に、直哉は思わず笑ってしまった。
「悪い悪い。でも、安心したよ。ちゃんと寝れたみたいだし」
「……うん」
小さく頷いた麻希は、布団の中でこっそりと胸に手を当てた。昨夜のことを思い出すだけで、まだ心臓がドキドキしている。あの時の直哉の手の温もりが、今もはっきりと残っている気がして――。
(……こんなの、おかしいよね)
自分の気持ちの正体がわからないまま、麻希は小さく息を吐いた。
◆
村長から、近くの街へ向かうための簡単な地図をもらい、直哉と麻希は準備を整えていた。
「ルセリアっていう都市に行けば、“ささやき”について詳しい人がいるらしいな」
「うん……ラウラさんっていう学者さんが、何か知ってるかもしれないんだよね」
直哉は荷物を背負い、村の門へと向かう。
――しかし、次の瞬間。
「きゃあっ!」
遠くから村の女性の悲鳴が聞こえた。
「何だ!?」
驚いて駆け出した直哉の目の前に広がっていたのは、混乱する村人たちの姿。そして、黒い布で顔を覆った数人の男たち――武器を手にした盗賊だった。
「おいおい、何も怖がることはねえよ。ただ、ちょっとばかり金を出してくれればいいだけさ」
リーダーらしき男がニヤリと笑い、村人たちを取り囲む。
「くそ……!」
直哉は思わず拳を握りしめたが、村人たちは戦う術を持たず、なすすべもない。
すると、麻希が静かに彼の腕を引いた。
「直哉……下手に動いたら、村の人たちが危ないよ」
「でも、このまま黙って見てるわけには……!」
その時だった。盗賊の一人が、村の少女を引きずり出そうとした。
「やめろ!!」
直哉は反射的に飛び出し、盗賊の腕を掴んだ。
「おいおい、なんだぁ? こんな若造が英雄気取りか?」
男たちが嘲笑を浮かべる。しかし、直哉は怯まなかった。
「俺たちは、この村に世話になった。だから、お前らみたいな連中の好きにはさせない!」
「ほう、なら力ずくで止めてみるか?」
盗賊たちが武器を構え、直哉に迫る。
「麻希、下がって――」
「……っ、私も戦う」
麻希の瞳が、鋭く輝く。彼女はまだ戦闘の経験はないが、それでも無力なままでいるつもりはなかった。
「よし……やってやるか!」
直哉が拳を構え、麻希が慎重に盗賊たちの動きを読む。その時――。
「フレイム・ブラスト!」
突如、空中に魔法陣が現れ、炎の奔流が盗賊たちを吹き飛ばした。
「なっ……!?」
驚いて振り返ると、一人の女性が悠然と立っていた。鮮やかな赤髪と、鋭い知性を宿した瞳。彼女は軽く微笑みながら、杖を肩に担ぐ。
「間一髪ってところかしら?」
その名はラウラ。かつて“ささやき”について研究していた学者。
「あなたたち……もしかして“ささやき”に関係してる?」
直哉と麻希は目を見合わせる。
彼女こそが、二人の運命を大きく動かす存在になるとは、この時まだ知る由もなかった――。
◆
戦いが終わり、村に静寂が戻る。
直哉は肩で息をしながら、麻希の方を振り返った。
「お前、無事か?」
「うん……でも、怖かった……」
麻希は震える手をぎゅっと握る。直哉はそんな彼女を見て、そっと手を伸ばし、肩を抱いた。
「もう大丈夫だから」
耳元で囁かれる言葉に、麻希の胸が強く高鳴る。
(……どうしてこの人に触れられると、こんなにも……)
直哉の腕の中にいると、すべての不安が消えていくような気がする。
「……ありがとう、直哉」
彼の温もりを感じながら、麻希はそっと目を閉じた。
この世界に来て、まだ何もわからないことだらけ。でも、少しずつ――確かに、二人の距離は縮まっていく。
盗賊の襲撃は、二人にとって試練だった。だが、それはまた、互いの想いを知るきっかけでもあったのだ――。




