第二部:第三章 再び呼び起こされる声
静かな村の夜――。
村長の家の一室で、直哉と麻希は休んでいた。疲れが溜まっていたのか、二人ともすぐに眠りについたはずだった。しかし、夜半を過ぎた頃、奇妙な気配が漂い始める。
――ざわ……ざわ……。
どこかで誰かが囁いているような、けれど実際には誰の声でもない。
「……っ、また“ささやき”が……」
直哉はうっすらと目を開けると、薄暗い部屋の中で麻希が身を震わせているのを見つけた。彼女もまた、同じ“声”を聞いているのだろう。額には汗が浮かび、唇をわずかに噛んでいる。
「麻希、大丈夫か?」
声をかけると、麻希は驚いたように直哉の方を見た。その瞳はどこか怯えているようで、普段の冷静さは感じられない。
「……なんか、変なの……。夢を見てたのか、それとも現実なのか……わからないの」
「夢?」
「……“ささやき”がすごく強くなって……それに、誰かの記憶みたいなものが……」
麻希は小さく震える指をこめかみに当て、困惑したように眉をひそめた。直哉もまた、彼女の言葉を聞いて、自分の中でもぼんやりとした“映像”が浮かんでいたことに気づく。
――長い黒髪の女性と、鋭い眼差しの青年。
――互いに手を取り合いながら、光に包まれていく姿。
――そして、“ささやき”が消えたはずの、過去の記憶……?
「……悠聖と、紗江?」
直哉の口から、聞き覚えのない名前がこぼれ落ちた。
それは一体、誰の記憶なのか? なぜ自分の中にそんな名前が刻まれているのか?
麻希も同じ映像を見ていたのか、驚いたように直哉を見つめ返した。
「……あなたも、その名前を?」
「……ああ。なんでかわからないけど、頭に浮かんだ」
二人はお互いに顔を見合わせ、言葉を失った。自分たちの知らない記憶が流れ込んでくる感覚。まるで過去の誰かの人生を垣間見たような、不思議な感覚だった。
その時だった。
――ドクン。
強烈な衝撃が走る。
「っ……!」
直哉は頭を押さえて呻いた。同時に、麻希も同じように胸を抑え、荒い息をつく。
それは痛みというより、体の奥底から湧き上がる熱。何かが自分たちに流れ込んできている――そう、本能的に理解できる。
「麻希……!」
直哉はとっさに麻希の手を取った。彼女の手は驚くほど熱く、かすかに震えていた。
「大丈夫か?」
「……わからない……でも、怖い……」
麻希は肩で息をしながらも、直哉の手を強く握り返した。その指先の感触が、かすかな安心感を与えてくれる。
二人の間に流れる、奇妙な“力”の感覚。
――まるで、過去の誰かと、今の自分たちが交差しているかのような錯覚。
そして、それと同時に、麻希の鼓動は異様なほど速くなっていく。
(……この人に触れられると……なんか、落ち着く……)
今はまだ、どんな力が流れ込んできたのかは分からない。ただ、こうして手を取り合っているだけで、少しずつ“ささやき”の混乱が遠のいていくような気がした。
「……少し、おさまった……?」
麻希がかすれた声で呟く。直哉もまた、徐々に冷静さを取り戻しつつあった。
「……ああ。でも、なんだったんだ、今の」
「わからない。でも……悠聖と紗江って人たち、何か関係があるのかもしれないね」
麻希がそう言うと、直哉は静かに頷いた。
「……もう少し、情報が必要だな。ラウラって人が“ささやき”について研究してるって村長が言ってたよな」
「うん……明日、詳しく聞いてみよう」
二人はようやく息を整え、しばらく黙っていた。しかし、互いに手を離すことはできなかった。
――ドクン、ドクン。
静かな夜の中、心臓の音だけが耳の奥に響く。
不安と、興奮と、得体の知れない感情。
まだ戸惑いの中にあるが、確かに二人の間には何かが芽生え始めていた。
こうして、謎に満ちた“ささやき”と、過去の記憶が少しずつ浮かび上がる。
しかし、この現象は、決してただの偶然ではなかった。
まだ二人は知らない。
これは、彼らが運命の渦に巻き込まれていく、ほんの序章にすぎないということを――。




