第六章 交錯する想い
月明かりの下、悠聖の腕の中にいる紗江は、未だに鼓動が速いままだった。
——こんなに近くで、人の温もりを感じたのは初めてかもしれない。
悠聖は何も言わず、ただ静かに彼女を抱きしめていた。
まるで、「怖がるな」と言っているように——いや、それ以上に「もう絶対に離さない」と言われている気がして。
(どうしてこんなにも、安心するんだろう……)
胸が締め付けられるほど苦しいのに、彼の腕の中は心地よかった。
「……紗江」
耳元で名前を呼ばれ、紗江はびくりと体を震わせた。
顔を上げると、悠聖の瞳が静かに自分を見つめている。
「……どうしてそんなに、俺を怖がる?」
「ち、違う……!」
慌てて否定するが、頬が熱くなるのを感じた。
(違うのに……。怖いんじゃなくて、ドキドキしすぎて……)
「じゃあ、どうして目をそらす?」
悠聖はゆっくりと、彼女の顎に指をかけた。
——ドキン。
顔を背けようとしたのに、優しく捕まえられてしまう。
「俺から……逃げるな」
低く、甘く響く声。
悠聖の指がそっと顎を持ち上げる。
視線が絡まり、逃げ場がなくなる。
「……逃げてなんか、ない……」
紗江の声は震えていた。
「本当に?」
「……うん」
その答えを聞いた途端——
悠聖は、紗江の額にそっと唇を寄せた。
「っ……!」
額に触れた感触は、思っていた以上に優しくて、熱くて。
まるで、すべてを包み込むような温もりだった。
「……俺は、君を信じてる」
囁くような声が、肌に心地よく響く。
「だから、君も俺を信じてほしい」
「……信じてる、よ……」
震えながら、そう答えると、悠聖は微笑んだ。
次の瞬間——
悠聖の腕がそっと紗江の腰に回され、さらに距離が縮まる。
「なら……少しだけ、このままでいさせてくれ」
耳元で囁かれた言葉に、紗江の心臓は大きく跳ねた。
(ずるい……こんなの……)
けれど、抗えない。
月明かりの下、二人はそっと身を寄せ合いながら、ただ静かに時を過ごしていた。