第五章 月光の下の誓い
王城を抜け出した悠聖と紗江は、しばらく人目を避けて夜の街を歩いた。人気のない石畳の路地を抜けると、小さな泉のほとりに辿り着いた。月明かりが水面に映り、幻想的な光景を作り出している。
「……少し、休もうか」
悠聖が静かに言うと、紗江は小さく頷いた。彼女はまだ状況についていけていなかった。異世界に召喚され、勇者としての適性がないと判断され、そして今はこの人と一緒にいる。
(どうして私は、この人といると落ち着くんだろう)
悠聖のそばにいると、不安が和らぐ。彼の存在そのものが、まるで自分を守ってくれる盾のようだった。
「紗江」
ふいに名前を呼ばれ、紗江は肩を跳ねさせた。
「……なに?」
戸惑いながら顔を上げると、悠聖の瞳が真っ直ぐに自分を見つめていた。
「君は、これからどうしたい?」
その問いに、紗江は言葉を失った。
(どうしたい……?)
そんなこと、考える余裕もなかった。
けれど、もし願えるなら——
「……私」
言葉を探しながら、紗江はそっと拳を握る。
「私は……ひとりになりたくない」
震える声が、静寂の中に落ちた。
悠聖の表情が、わずかに変わる。
「……なら、俺のそばにいろ」
その瞬間——
紗江の体が、悠聖の腕の中に引き寄せられた。
「えっ……!」
彼の腕が、まるで包み込むようにしっかりと彼女を抱きしめる。
「悠……聖……?」
耳元で名を呼ぶと、彼はさらに力を込めた。
「君が望むなら、俺はどこまでも一緒にいる」
優しく、けれど決して揺るがない声。
心臓が、痛いくらいに高鳴る。
「……どうして、そこまで……」
囁くように問いかけると、悠聖は少しだけ間を置いた。
そして——
「……君だから、かな」
耳元で、掠れるような声が落ちる。
それだけで、全身が熱くなった。
(私だから……?)
彼の体温が伝わってくる。抱きしめられたまま、どうしていいか分からなくなる。
彼の鼓動が、自分の鼓動と重なるように響いて——
——ドクン。
「俺を、信じろ」
悠聖がそっと紗江の髪を撫でる。
彼の指先が優しく、温かくて。
「……信じるよ」
震える声でそう告げた瞬間、悠聖の腕の力が少しだけ強くなった。
まるで、「離さない」と言わんばかりに。
月明かりの下、二人の距離は限りなく近づいていた。