第四十章 決戦の幕開け
悠聖の腕の中で、紗江は静かに息を整えていた。
彼の指先がそっと頬をなぞるたび、心が甘く痺れる。
——ドクン。
心臓の音が、彼に聞こえてしまいそうで。
「……悠聖」
名前を呼ぶと、彼はふっと微笑んだ。
「お前の記憶……少しは戻ったか?」
低く優しい声が、耳元をくすぐる。
(ずるい……こんなに優しくされたら……)
胸が締めつけられるような感覚に、紗江はゆっくりと彼を見上げた。
「……全部は思い出せないけど」
そこで言葉を切り、そっと彼の手を握る。
「でも、悠聖が大切な人だってことだけは……忘れない」
——ドクン。
悠聖の目が、わずかに揺れる。
次の瞬間——
「……それで十分だ」
彼はそっと紗江の額に唇を落とした。
「っ……!」
温かく、優しい感触。
全身が震える。
彼の唇が離れた瞬間、悠聖は微笑みながら囁いた。
「お前は、俺のものだからな」
甘く、深く。
彼の声が心を支配する。
——ずるい。
こんな言葉を囁かれたら、もう逃げられない。
「……悠聖……」
彼の腕の中が、世界で一番心地よかった。
しかし——
その静寂は、突如破られた。
「王国軍と帝国軍が、魔族領へ侵攻してきた!」
騎士たちの声が響く。
「……ついに、始まるか」
悠聖は静かに立ち上がり、紗江の手をぎゅっと握った。
「紗江、絶対に俺から離れるな」
——ドクン。
「……うん」
彼の強い瞳に、すべてを預けるように。
二人は、新たな戦いの渦へと飛び込んでいく。




