第三章 秘密の取引
悠聖に手を取られたまま、紗江は心の整理が追いつかずにいた。
(どうしよう……。心臓、まだ鳴ってる……!)
彼の手は、驚くほど温かくて、しっかりとした強さがあった。拒もうと思えばできるはずなのに、不思議とその手を振り払う気にはなれない。
「君はこのままだと、王国に見捨てられる」
悠聖の声は穏やかだったが、その奥にある確信が、紗江の心をざわつかせた。
「でも、俺が君を守る」
もう何度目か分からない、その言葉。けれど、紗江の胸に響くたび、どうしようもなく心が揺さぶられる。
「な、なんで……?」
思わず聞き返してしまう。
悠聖は少しだけ考えるような仕草をした後、不意に紗江の手を引いた。
「っ!」
体が引き寄せられ、彼の胸にぶつかる。
紗江の顔のすぐ近くで、悠聖の心臓の鼓動が聞こえた。
(近い、近い……!)
腕の中に閉じ込められたような状態に、息が詰まりそうになる。
「……俺自身の気持ち、だと思う」
悠聖が低く、ゆっくりとした声で囁く。
「君を助けたい。そう思うのに、理由なんているのか?」
声の響きに、背筋が甘く痺れる。
「——それとも、俺が信用できない?」
ふわりとした吐息が耳元にかかり、思わず肩を震わせる。
「ち、違う……」
否定しながらも、まともに顔を上げることができなかった。
悠聖は、紗江の顎にそっと指をかけると、ふわりと持ち上げた。
——ドクン。
目が合う。
彼の瞳は深くて、優しくて、けれどどこか熱を孕んでいた。
何かを待つように見つめられ、逃げられないことを悟る。
「君を連れて行く」
悠聖の声が決意に満ちていて、紗江は抗う気力を失った。
「わ、私……」
震えながらも、ようやく言葉を絞り出す。
「信じても……いい?」
悠聖の瞳が微かに細められる。
「……俺は、君を騙さない」
そして、優しく微笑んだ。
その笑顔があまりにもずるくて、胸が苦しくなる。
——もう、戻れない。
分かっているのに、彼の手を掴んでしまった。
「連れて行って……」
小さく囁くと、悠聖の腕が紗江の背中をそっと抱き寄せる。
「いい子だ」
甘い声音が耳元に落とされ、体が熱くなる。
(な、何これ……!)
悠聖の香りと温もりに包まれながら、紗江は自分の心が完全に絡め取られていくのを感じた。