第二十五章 裏切りの影
悠聖の額に落ちたキスの余韻が、紗江の胸を熱く締めつける。
——ドクン。
(こんなの……もう、逃げられない)
心臓の鼓動がうるさいほど響く。
「行こう、紗江」
悠聖がそっと彼女の手を握る。
その指先の温もりが、安心と同時に甘い痺れを伴う。
「……うん」
彼に導かれるまま、二人は再び夜の街を駆け出した。
けれど、逃亡の先に待っていたのは——予想もしない罠だった。
「——待て」
不意に、前方に人影が立ちはだかる。
黒衣をまとった影が、悠聖と紗江の行く手を阻んだ。
「……何者だ」
悠聖が身構えると、男はフードを外し、不敵に笑う。
「久しぶりだな、悠聖」
その声を聞いた瞬間、悠聖の顔が険しくなる。
「お前は……!」
男の名前を言おうとした瞬間——
「残念だが、お前たちの逃亡はここで終わりだ」
次の瞬間、兵士たちが周囲を取り囲んでいた。
「……裏切りか」
悠聖が低く呟く。
男はゆっくりと歩み寄り、紗江へ視線を向けた。
「勇者の少女……お前にはまだ、価値がある」
紗江の心臓が、ぎゅっと縮まる。
「連れていけば、王国でも帝国でも、高く売れるだろうな」
「……っ!」
体が震える。
けれど、次の瞬間——
「——お前に、指一本触れさせる気はない」
悠聖が紗江を強く引き寄せ、しっかりと抱きしめた。
——ドクン。
「悠聖……」
「お前は、俺が守る」
静かに囁かれたその声が、心の奥に甘く響く。
「絶対に、誰にも渡さない」
その言葉が、紗江の全身を熱くした。
(……この人の腕の中なら、きっと私は大丈夫)
強く抱きしめられながら、紗江はそっと彼の背に手を添えた。
逃亡の先に待ち受ける試練が何であれ——
この人がいるなら、きっと乗り越えられる。
そう、信じることができた。




