第二十章 運命の転機
ルセリアの夜が深まる中、紗江の心は未だに揺れていた。
(あの“ささやき”は……何だったの……?)
いつもの「心のささやき」とは違う、冷たく、疑念を抱かせるような声——。
不安を振り払うように、彼女はそっと拳を握りしめた。
「……考えすぎるな」
ふいに、悠聖の声が耳元で囁かれる。
——ドクン。
彼がすぐ近くにいることに気づき、心臓が跳ねる。
「俺が、お前のことを守る」
その言葉とともに、紗江の肩にふわりと手が添えられる。
温かく、優しく、それでいて逃げられないほどの強さ。
「……悠聖」
彼の手のぬくもりが、不安を溶かしていく。
けれど、その瞬間——。
「——見つけたぞ!」
鋭い声が響き、二人はハッと顔を上げた。
王国と帝国の密偵たちが、こちらへ向かってくる。
「っ、逃げるぞ!」
悠聖が紗江の手を強く握る。
「……うん!」
二人は夜の街を駆け抜ける。
だが、逃げ道は限られていた。
「……追いつかれる……」
紗江が息を切らしながら呟くと、悠聖は一瞬考え——
「こっちだ!」
突然、彼は紗江の手を強く引いた。
「えっ、ちょ、ちょっと……!」
思わずバランスを崩しそうになりながらも、彼に引っ張られるまま足を進める。
暗がりの細い路地へと駆け込んだ瞬間——
「っ……!」
悠聖が、紗江の体を壁際に押しつけるようにして、抱きしめた。
——ドクン。
彼の腕の中、息が止まりそうになる。
「しっ……気づかれるな」
悠聖の顔がすぐ目の前にあった。
——近すぎる。
彼の吐息が頬をくすぐり、心臓が暴れるように高鳴る。
(こんなの……ずるい……!)
「……お前、顔が赤いぞ?」
囁かれる声に、さらに体が熱くなる。
「ち、違う……っ!」
必死に否定しようとするが、悠聖は意地悪く微笑む。
「そうか?」
そして——
彼の指が、そっと紗江の頬を撫でた。
「っ……!」
触れられた瞬間、背筋が甘く震える。
「……紗江」
悠聖の瞳が、すぐそこにある。
その距離に、もうまともに考えられなくなる。
——ずるい、ずるい、ずるい。
こんなにも、彼に囚われてしまうなんて。
「……お前は、俺のものだからな」
静かに囁かれた言葉が、心に溶けるように響いた。
逃げ場なんて、最初からなかった。
月明かりの下、紗江はもう完全に悠聖に囚われてしまった。




