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ささやきの運命  作者: 乾為天女


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第二部:第五十五章 遺跡の暴走

 王都地下の“封印の間”から戻ったその夜。

 麻希まきは、未整理の古文書を前に深いため息をついていた。

 「王国が……ささやきを研究していたなんて……」

 震える指でページをめくるたびに、古びた文字の中から浮かび上がるのは、禁術と、制御に失敗した記録の数々。

 「でも、なぜ……?」

 そのとき。

 地下から、地鳴りのような衝撃が響いた。

 「これは……魔力の逆流!? まさか、遺跡が――」

 ラウラの声が鋭く跳ねる。

 直哉なおやがすぐに剣を取り、麻希の前に立った。

 「お前はここに――」

 「ダメ、行く!」

 麻希の声が被さる。

 彼女の目はまっすぐで、もうあの頃の“守られるだけの存在”ではなかった。

 「だって、あの遺跡に触れたのはわたし。責任あるよ。だから……一緒に来て。直哉」

 その“頼るようで頼っていない”言葉に、直哉は少しだけ目を細め、そして頷いた。

 「もちろん。一緒に行く。お前と一緒じゃないと、戦えないからな」

 ふたりは、再び地下へと駆け出した。

 遺跡内部は、魔力の暴走で完全に異界化していた。

 天井を這う光の触手、浮遊する呪文陣、跳ねる闇の残響――

 そして中央には、闇の魔物が形成されつつあった。

 「封印が……開いてる!? まさか、記録にあった“魔核収束体”……!」

 ラウラが呪文を展開しようとした瞬間、闇が爆ぜ、床が崩れる。

 「麻希ッ!」

 直哉がとっさに手を伸ばす――が、彼女の体がふっと足元から浮いた。

 「わ、わたし、落ち――」

 バッ

 ――落ちて、いない。

 強く、しかしやさしく、腕の中に引き寄せられる。

 麻希は、まるで空中で抱き締められたように、直哉の胸に包まれていた。

 「なっ……えっ……!?」

 「お前は、落ちるわけないだろ」

 その低く静かな声に、鼓動が跳ねた。

 「……お前がこの手を離さない限り、俺がどんな底にいても、引き上げてみせるから」

 「な、なおや……!」

 真っ暗な地下遺跡で、たったひとつの光源のように、ふたりの存在が浮かび上がる。

 「……じゃあ、これからも、ずっと握ってて。わたしが怖くて、足を止めても、引っ張ってて」

 「うん。ずっと」

 そして――魔物が完成する直前。

 直哉が地を蹴り、麻希が“調律の声”で魔力の波を整える。

 「いま!」

 ふたりの息が重なり、技と魔力が一点に集中する。

 ――爆光。

 魔物の核が砕け、闇が四散する。

 空間が静かに、もとあった“ただの遺跡”へと戻っていく。

 そのあと。

 ほこりまみれで倒れ込む麻希の頭を、直哉がそっと自分の膝に乗せた。

 「ありがと。今日、わたし……少しだけ、怖かったんだ」

 「知ってる。だから、ずっとお前の手を握ってた」

 「……うん。わかってた。あなたのぬくもり、ずっと伝わってた」

 麻希は、ごろんと横向きになり、彼の膝枕のまま顔を見上げた。

 「こうしてると、なんか……恋人みたいじゃない?」

 「……まだ違うの?」

 「ちがわないけど……ちゃんと言ってほしい時、あるでしょ」

 直哉は一瞬きょとんとして――すぐに、微笑んだ。

 「お前が好きだよ。こうやって、少し照れて笑う顔も、全部」

 「わたしも。……あなたの声で、もう一回言って」

 「好きだ」

 「……もう一回」

 「好きだよ。麻希」

 闇が去った遺跡の奥で、ふたりの声だけが静かに響いていた。


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