第二部:第五十五章 遺跡の暴走
王都地下の“封印の間”から戻ったその夜。
麻希は、未整理の古文書を前に深いため息をついていた。
「王国が……ささやきを研究していたなんて……」
震える指でページをめくるたびに、古びた文字の中から浮かび上がるのは、禁術と、制御に失敗した記録の数々。
「でも、なぜ……?」
そのとき。
地下から、地鳴りのような衝撃が響いた。
「これは……魔力の逆流!? まさか、遺跡が――」
ラウラの声が鋭く跳ねる。
直哉がすぐに剣を取り、麻希の前に立った。
「お前はここに――」
「ダメ、行く!」
麻希の声が被さる。
彼女の目はまっすぐで、もうあの頃の“守られるだけの存在”ではなかった。
「だって、あの遺跡に触れたのはわたし。責任あるよ。だから……一緒に来て。直哉」
その“頼るようで頼っていない”言葉に、直哉は少しだけ目を細め、そして頷いた。
「もちろん。一緒に行く。お前と一緒じゃないと、戦えないからな」
ふたりは、再び地下へと駆け出した。
◆
遺跡内部は、魔力の暴走で完全に異界化していた。
天井を這う光の触手、浮遊する呪文陣、跳ねる闇の残響――
そして中央には、闇の魔物が形成されつつあった。
「封印が……開いてる!? まさか、記録にあった“魔核収束体”……!」
ラウラが呪文を展開しようとした瞬間、闇が爆ぜ、床が崩れる。
「麻希ッ!」
直哉がとっさに手を伸ばす――が、彼女の体がふっと足元から浮いた。
「わ、わたし、落ち――」
バッ
――落ちて、いない。
強く、しかしやさしく、腕の中に引き寄せられる。
麻希は、まるで空中で抱き締められたように、直哉の胸に包まれていた。
「なっ……えっ……!?」
「お前は、落ちるわけないだろ」
その低く静かな声に、鼓動が跳ねた。
「……お前がこの手を離さない限り、俺がどんな底にいても、引き上げてみせるから」
「な、なおや……!」
真っ暗な地下遺跡で、たったひとつの光源のように、ふたりの存在が浮かび上がる。
「……じゃあ、これからも、ずっと握ってて。わたしが怖くて、足を止めても、引っ張ってて」
「うん。ずっと」
そして――魔物が完成する直前。
直哉が地を蹴り、麻希が“調律の声”で魔力の波を整える。
「いま!」
ふたりの息が重なり、技と魔力が一点に集中する。
――爆光。
魔物の核が砕け、闇が四散する。
空間が静かに、もとあった“ただの遺跡”へと戻っていく。
◆
そのあと。
ほこりまみれで倒れ込む麻希の頭を、直哉がそっと自分の膝に乗せた。
「ありがと。今日、わたし……少しだけ、怖かったんだ」
「知ってる。だから、ずっとお前の手を握ってた」
「……うん。わかってた。あなたのぬくもり、ずっと伝わってた」
麻希は、ごろんと横向きになり、彼の膝枕のまま顔を見上げた。
「こうしてると、なんか……恋人みたいじゃない?」
「……まだ違うの?」
「ちがわないけど……ちゃんと言ってほしい時、あるでしょ」
直哉は一瞬きょとんとして――すぐに、微笑んだ。
「お前が好きだよ。こうやって、少し照れて笑う顔も、全部」
「わたしも。……あなたの声で、もう一回言って」
「好きだ」
「……もう一回」
「好きだよ。麻希」
闇が去った遺跡の奥で、ふたりの声だけが静かに響いていた。




