第二部:第五十四章 王都地下の異変
王都オルディスの地下には、誰も立ち入らぬ“古層”がある。
かつて王家直属の術師団が儀式を行っていたというその空間は、いまや封鎖され、記録の中からも消されかけていた。
だが、そこに再び――“黒いささやき”の反応が現れた。
「魔力の流れが歪んでる……これは、ただの残滓じゃない」
ナディアが神聖術で空間を読み解き、表情を強張らせた。
「“地下迷宮”の最奥に、何かが呼吸してる。息を潜めて……今、目覚めようとしてる」
「行くしかないな」
直哉が剣を手に立ち上がる。
その隣で、麻希も静かに頷いた。
「うん。ちゃんと見届けないと、わたしたちの戦い、終われないから」
彼女は言葉のあと、ちらりと直哉の顔を見た。
「ねえ、ちゃんと……隣、いてくれる?」
その問いに、直哉は微笑む。
「当たり前だろ。お前が怖がる暇もないくらい、近くにいるから」
「……じゃあ、手、貸して」
差し出した手に、彼の掌が重なる。
たったそれだけで、麻希の心はふっと軽くなった。
――やっぱり、わたしはこの手がなきゃ、前には進めない。
◆
王城地下。
重く錆びた鉄扉を越え、空気が変わる。
そこには、魔術的な装飾と呪文の刻まれた“旧儀式空間”が広がっていた。
「……気をつけて。罠も、魔物も、ここでは“古代の理”で動いてる」
ラウラが先導しながら進む。
だが、進むほどに、空気が冷たく――何かに見られているような圧力が強まっていく。
「ちょっと、怖い……かも」
そう呟いた麻希が、思わず直哉の袖をぎゅっと掴む。
「こ、怖いわけじゃないんだけど……なんか、こう、びっくりする系は苦手というか……」
その仕草に、直哉がくすっと笑った。
「だいじょうぶ。びっくりする前に、俺の腕の中に飛び込んでいいぞ」
「そ、それ、言ってる本人が一番照れてるから……!」
顔を赤くしながらも、麻希は直哉の腕にぎゅっと寄り添った。
ふたりの距離が、ひとつ呼吸の幅でぴったりと重なる。
「……でも、ちょっと落ち着いた。ありがとう、直哉」
「うん。お前が笑ってくれるなら、俺は何回でもこうする」
そのまま足を進めるふたりの間に、自然と優しい空気が流れていた。
◆
迷宮の奥、かつて“封印の間”と呼ばれていた場所。
そこに残されていたのは、無数の呪術陣と、凝固した黒い魔力の痕跡。
「……これ、王国が“ささやき”の研究をしていた証拠だ」
ラウラが低く呟く。
「つまり……わたしたちが怯えていた“黒いささやき”は、意図的に――?」
麻希の声が、震える。
「……それでも、過去は変えられない。でも未来は、わたしたちで変えられる」
直哉の声は、確かな力を帯びていた。
彼の手が、再び麻希の手をしっかりと包み込む。
「お前がいる限り、俺は真実から目を逸らさない。怖がるな、麻希。お前の声は、この世界を“正しく導く”音なんだ」
麻希の瞳が、まっすぐ彼を見上げる。
「……そんなふうに言われたら、もう逃げられないじゃん」
「逃がさないって言ってるんだよ」
そのまま、ふたりの額が、そっと重なる。
光のない地下で、ふたりの想いだけがやさしく瞬いていた。
「……ありがとう、直哉。わたし、また一歩進めそう」
「おう。お前の一歩を、俺がずっと支えてく」
やがて、ふたりは封印の間に眠る“記録”を手に、再び地上を目指す。
そして、そこから始まる“真実”に――ふたりは、しっかりと手をつないだまま、向き合うことになる。




