第二部:第五十三章 巫女ナディアの決意
王都オルディスの神殿区。
荘厳な石造りの聖堂には、朝の光がステンドグラスを通して降り注ぎ、床に七色の模様を描いていた。
その中心に、ひとり立つ少女――ナディア。
清らかな白と金の巫女衣をまとい、背筋を伸ばした彼女は、これまでの旅路で確かに“覚悟”を育ててきた。
「……正式に、巫女として任命されたのね」
ラウラが穏やかな声で言うと、ナディアは静かに頷いた。
「はい。ようやく、ここに立つ資格を得られました。――でも」
彼女の目がかすかに曇る。
「この力を“国のためだけ”に使え、という声もあるのです。“黒いささやき”の残滓を掌握し、国力として確保すべきだと……」
「……それを、あなたはどう思ってるの?」
麻希が問いかける。
ナディアは、ほんの一瞬迷い――はっきりと答えた。
「拒否します。私は“祈りの声”を人を支配するために使うつもりはありません。
そのために、あなたたちと旅をして、学んだんです。人の心を響かせるものが何かを」
ラウラは満足げに微笑み、麻希はそっと彼女の手を取った。
「……わたしも、最初は“力なんて、ただの災いだ”って思ってた。
でもね……あなたが“この声に意味がある”って言ってくれたから、いまのわたしがあるんだよ」
ナディアの瞳に、光が宿る。
その隣で、直哉が小さく笑った。
「もう完全に“仲間”って感じだな。頼りになる巫女さま」
「ふふ、頼らせていただきます、騎士さま」
軽口の応酬に、麻希が少しだけ頬をふくらませる。
「……ちょっと、仲良すぎない?」
「え、やきもち?」と直哉が意地悪く言うと、
「ちがう! ただ……あなた、誰にでも優しいから……ちょっとだけ心配になるの」
その言葉に、直哉は一歩近づいて、麻希の手を取る。
そして――静かに、彼女の額にキスを落とした。
「……お前以外には、こんなことしないから。心配しないでいい」
「なっ……っ!」
頬が一気に真っ赤になる。
ナディアとラウラがくすくすと笑い、麻希は視線を逸らしてそっぽを向いた。
「そ、そういうのは、もっと……ちゃんとしたときに……してよ……」
「じゃあ、“ちゃんとしたとき”に、もう一回してやるよ」
「ばか……」
それでも――嬉しそうに笑ってしまう自分を、麻希は止められなかった。
◆
その夜、聖堂の中庭。
月明かりの下で、ナディアはひとり、祈りを捧げていた。
そこへ、麻希がそっと歩み寄る。
「ナディア。ねえ、ちょっとだけ、時間くれる?」
「もちろん。どうしたの?」
麻希は少し言い淀んでから、意を決して口を開いた。
「……あなたの巫女衣、すごく綺麗だった。まぶしいくらいだった。……わたし、ちょっと羨ましかった」
「ふふ、でも麻希は、声だけじゃなくて心で人を動かしてるわ。
それって――きっと、“誰よりも強い”力よ」
「……ありがとう。じゃあ、お返しに言うね」
麻希はナディアの耳元にそっと口を寄せ、囁く。
「あなた、本当に綺麗だったよ。うっかり“好き”って言いそうになった」
「――なっ、なにを……!」
ナディアの顔がぱっと赤くなり、麻希は悪戯っぽく笑う。
「冗談だよ? ……たぶん」
その様子を、遠くから直哉が見つめていた。
「……楽しそうだな、あいつ」
ラウラが肩をすくめて言う。
「嫉妬してるの?」
「ちょっとだけ。……でも、まあ、楽しそうならいっか」
そう呟いた彼の目は、どこまでも優しかった。
そして、また新たな闇へと向かう準備が、静かに始まっていく――




