第二部:第五十二章 再びの王都
王国オルディス――。
壮麗な白亜の城壁がそびえるその姿は、かつて麻希が“逃げるように去った”場所とはまるで別物に見えた。
初めて訪れたときは、ただただ冷たく、閉ざされたような印象だったはずのその門が、いまは不思議なほど柔らかく映る。
それはきっと――
直哉が、ずっと隣にいてくれるから。
「……門、ちゃんと開いてる」
「まるで俺たちを待ってたみたいだな」
「ふふっ、言いすぎ。でも……うれしい」
麻希はそっと直哉の腕に手を添える。彼は気づくと、手を握り返してくれていた。
その温もりが、胸にじんわりと広がる。
◆
王都の街は騒然としていたが、かつてのような緊迫感は薄れていた。
直哉と麻希の功績は、すでに帝国との戦いを通して広まっており、街の人々がふたりを英雄として認識していたのだ。
「あなたが“調律の声”の麻希さまですか……!」
「こちらが“閃光の剣”直哉殿!」
どこへ行っても歓迎と尊敬の眼差しが注がれる。
けれど、麻希はどこか落ち着かず、軽く肩をすくめた。
「なんだか……気恥ずかしいね」
「よかったな。逃げ出したくなったら、すぐ俺がおぶってやるから」
「や、やめてよそれ……!」
直哉が笑いながら小声で囁くと、麻希は思わず笑い声をこぼした。
けれど、その手は、彼の袖をしっかりと掴んでいる。
「でも、逃げない。……だって、今度はあなたが一緒だから」
◆
王城の中庭。
騎士団が整列し、白銀の甲冑が朝日を反射して輝いていた。
かつて麻希を疑い、捕らえようとした騎士たちが、いまは跪いて彼女に敬礼を捧げている。
「光の導きに感謝を。麻希殿、ようこそお戻りくださいました」
麻希は深く礼を返しながら、ちらりと直哉の方を見る。
彼もまた、静かに頷きながら手を差し出した。
「もう“囚われる側”じゃない。お前が、導く番だ」
その言葉に、胸が熱くなる。
彼がいる限り、自分はもう“逃げない”。
声を出せる。想いを届けられる。
「ありがとう……本当に、あなたがいてくれてよかった」
「俺こそ、そばにいさせてくれてありがとな」
麻希はそっと寄り添い、彼の肩に頭を預けた。
「……もし、あのときあなたと出会ってなかったら、きっと今のわたしはないんだろうな」
「俺もだよ。お前が俺に“ちゃんと好きだって言ってくれた”から、俺は自分を信じられるようになった」
「……直哉」
静かに名前を呼ぶ声は、空気を震わせるほどやさしかった。
そのとき――風がふわりと吹いた。
麻希の髪が揺れ、彼の頬を撫でる。
直哉は、その柔らかな髪をそっと指ですくい、彼女の瞳を見つめた。
「なあ……今、この瞬間に言ってもいい?」
「……うん、いいよ」
「俺、お前を“生涯の隣”にしたい。……もう、ひとりにはさせない」
「……ふふ。言われる前に、わたしのほうが覚悟してたかも」
そして、そっと額を重ねる。
キスじゃない。だけど、それ以上に甘くて、強くて、心を震わせる触れ合い。
ふたりの間に、誰にも邪魔されない、恋の音が確かに響いていた。
◆
ナディアとラウラが遠くからふたりを見守りながら、そっと微笑む。
「恋って、こんなにも世界を動かす力があるのね」
「うん……あのふたりが出会ってくれたことに、感謝したいくらいよ」
こうして――
ふたりの愛は、再び王都を包み込み、世界に“希望”という名の旋律を奏ではじめる。




