第二部:第五十一章 王国からの招集
ルセリアの空は、どこまでも高く、澄みわたっていた。
帝国の混乱がようやく静まり、グレオスが再建の第一歩を踏み出したことで、直哉と麻希は一時的にこの中立都市へ戻ってきていた。
あの地獄のような戦いから数日。
ようやく心と身体を休められる場所に戻ってきたふたりに、静かな時間が流れていた。
けれど、その平穏を破るように――
「王国オルディスよりの正式な使者です」
ラウラが開いた書簡には、淡い封蝋とともに、かつて見慣れた紋章が刻まれていた。
『“黒いささやき”の残滓、王国領内でも確認。協力を求む――』
麻希の手が、ぴたりと止まった。
その言葉を見た瞬間、心の奥で小さく疼く“記憶”がよみがえる。
――あの、王都での逃走劇。
――無力だった自分。
――そして、直哉の腕の中で震えていたあの夜。
彼女は拳を握りしめた。
「……行くしかないよね」
「麻希――」
直哉が言いかけたその瞬間。
彼女は、まっすぐ彼を見上げた。
その瞳には、確かな決意があった。
「今度は、わたし……逃げない。あの場所で、ちゃんと向き合いたいの」
「……わかった。じゃあ今度は、俺がちゃんと守る。お前が何も考えなくていいくらいに」
「それじゃダメ。わたしも、守る側でいたいの。あなたが傷つくの、もう見たくないから」
直哉が一瞬目を見開き、それから優しく笑った。
「じゃあ、支え合おうか。お互いに、ちゃんと“隣に立つ”ってことで」
「……うん」
言葉にしなくても通じ合える。けれど、言葉にすることで、もっと深く繋がれる。
麻希は、小さな花が咲くように微笑んだ。
◆
旅立ちの朝。
ルセリアの見晴らしの良い丘で、ふたりは並んで街を見下ろしていた。
「……なんか不思議だね。最初は、ただの避難所みたいに思ってたのに」
「今じゃ、俺たちの“帰る場所”になった感じだな」
「うん。あの夕暮れ、手をつないで歩いたの……ずっと忘れない」
彼女がそっと手を差し出す。
直哉は迷わずその手を取り、強く、でも優しく握った。
「なあ、麻希」
「ん?」
「王国に行って、全部終わったら――今度こそ、本当にふたりだけの時間、作ろう」
「……たとえば?」
「湖のほとりの家に住んで、朝は一緒に目を覚まして、昼は畑をいじって、夜は……お前の寝言を聞く」
「またそれ言う……!」
麻希は頬を赤らめ、照れ笑いを浮かべたあと――ふっと真面目な表情になる。
「でもね。そういう未来、夢だけじゃなくて、ちゃんと現実にしたいの。あなたとなら、できるって思うから」
「じゃあ――必ず帰ってこよう」
直哉が、彼女の額にそっとキスを落とした。
ふたりの間にあたたかな風が吹き抜ける。
言葉よりも、想いが伝わった。
それだけで、麻希の胸はいっぱいになった。
「……わたし、ずっとあなたが好き。どんなに戦っても、どんなに疲れても、その気持ちだけは変わらないよ」
「俺も、お前が好きだ。絶対に、変わらない」
ふたりはそのまま、手をつないだまま一歩踏み出す。
王国へ――再び。
それは“終わり”のためではなく、本当の未来を手に入れるための、最後の旅のはじまりだった。




