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ささやきの運命  作者: 乾為天女


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第二部:第五十一章 王国からの招集

 ルセリアの空は、どこまでも高く、澄みわたっていた。

 帝国の混乱がようやく静まり、グレオスが再建の第一歩を踏み出したことで、直哉なおや麻希まきは一時的にこの中立都市へ戻ってきていた。

 あの地獄のような戦いから数日。

 ようやく心と身体を休められる場所に戻ってきたふたりに、静かな時間が流れていた。

 けれど、その平穏を破るように――

 「王国オルディスよりの正式な使者です」

 ラウラが開いた書簡には、淡い封蝋とともに、かつて見慣れた紋章が刻まれていた。

 『“黒いささやき”の残滓、王国領内でも確認。協力を求む――』

 麻希の手が、ぴたりと止まった。

 その言葉を見た瞬間、心の奥で小さく疼く“記憶”がよみがえる。

 ――あの、王都での逃走劇。

 ――無力だった自分。

 ――そして、直哉の腕の中で震えていたあの夜。

 彼女は拳を握りしめた。

 「……行くしかないよね」

 「麻希――」

 直哉が言いかけたその瞬間。

 彼女は、まっすぐ彼を見上げた。

 その瞳には、確かな決意があった。

 「今度は、わたし……逃げない。あの場所で、ちゃんと向き合いたいの」

 「……わかった。じゃあ今度は、俺がちゃんと守る。お前が何も考えなくていいくらいに」

 「それじゃダメ。わたしも、守る側でいたいの。あなたが傷つくの、もう見たくないから」

 直哉が一瞬目を見開き、それから優しく笑った。

 「じゃあ、支え合おうか。お互いに、ちゃんと“隣に立つ”ってことで」

 「……うん」

 言葉にしなくても通じ合える。けれど、言葉にすることで、もっと深く繋がれる。

 麻希は、小さな花が咲くように微笑んだ。

 旅立ちの朝。

 ルセリアの見晴らしの良い丘で、ふたりは並んで街を見下ろしていた。

 「……なんか不思議だね。最初は、ただの避難所みたいに思ってたのに」

 「今じゃ、俺たちの“帰る場所”になった感じだな」

 「うん。あの夕暮れ、手をつないで歩いたの……ずっと忘れない」

 彼女がそっと手を差し出す。

 直哉は迷わずその手を取り、強く、でも優しく握った。

 「なあ、麻希」

 「ん?」

 「王国に行って、全部終わったら――今度こそ、本当にふたりだけの時間、作ろう」

 「……たとえば?」

 「湖のほとりの家に住んで、朝は一緒に目を覚まして、昼は畑をいじって、夜は……お前の寝言を聞く」

 「またそれ言う……!」

 麻希は頬を赤らめ、照れ笑いを浮かべたあと――ふっと真面目な表情になる。

 「でもね。そういう未来、夢だけじゃなくて、ちゃんと現実にしたいの。あなたとなら、できるって思うから」

 「じゃあ――必ず帰ってこよう」

 直哉が、彼女の額にそっとキスを落とした。

 ふたりの間にあたたかな風が吹き抜ける。

 言葉よりも、想いが伝わった。

 それだけで、麻希の胸はいっぱいになった。

 「……わたし、ずっとあなたが好き。どんなに戦っても、どんなに疲れても、その気持ちだけは変わらないよ」

 「俺も、お前が好きだ。絶対に、変わらない」

 ふたりはそのまま、手をつないだまま一歩踏み出す。

 王国へ――再び。

 それは“終わり”のためではなく、本当の未来を手に入れるための、最後の旅のはじまりだった。


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