第二部:第四十七章 光をもたらす声
帝都フォルニア――。
瓦礫に埋もれかけていた街は、いまや再建の槌音に満ちていた。
貴族たちの権力争いは収まり、民衆の間にも、わずかずつではあるが“未来”への眼差しが戻り始めていた。
だが、それでもなお、混乱の爪痕は深い。
都市の南地区では、いまだ一部の兵が暴徒化し、治安の回復には至っていなかった。
そこで――グレオスは決断した。
「あの声を、もう一度……帝都全域に響かせてくれ」
それは、麻希への依頼だった。
「私の命令や威圧では届かない。“民の心”を動かせるのは、私ではなく――君の“声”だ」
グレオスは、かつての将軍の姿ではなく、ひとりの男として頭を下げた。
麻希は、しばらく沈黙してから、そっと直哉の顔を見た。
彼は迷わず頷いた。
「やってこいよ。お前の声は、俺がいちばん信じてる」
その言葉だけで、胸の奥にじんわりと熱が広がっていく。
麻希は頷き、静かに歩き出した。
◆
帝都の中央広場。
見上げるほどの高さの鐘楼の上に、ひとり立った麻希は、深く息を吸い込む。
その隣には、直哉がいた。
彼は彼女の手を握り、目線を合わせて言った。
「下で聞いてる。ずっと、どんなときも。だから大丈夫」
「……うん」
そっと手を離し、麻希はひとり、鐘楼の縁に立った。
「……お願い、“調律の声”」
魔力が喉に集まり、風に乗って光が揺れる。
そして、彼女の声が、帝都全域に届き始めた。
「皆さん。どうか、聞いてください――」
その第一声は、静かだった。
けれど、その“静けさ”が、まるで心に沁みこむように響く。
「争う理由が、正義だったこともあるでしょう。怒りや不安に突き動かされたことも、責めません。
でも今……誰かの手を取って、“やり直したい”と思う心が、ほんの少しでもあるのなら――」
風が止み、街中がしんと静まり返る。
「わたしは、その声を、ちゃんと受け取ります。どうか、あなたの隣にいる人の手を、今度は“壊す”ためじゃなく、“守る”ために握ってください」
その瞬間――
帝都全域に、魔力の光が花のように咲き始めた。
それは、怒りに染まっていた魔力が、静かに浄化されていく“調律”の証。
ナディアが涙ぐみながら、ラウラの肩を握る。
「……あれが、彼女の声の力」
そして――鐘楼を降りた麻希が、直哉の胸に倒れ込むように寄りかかった。
「疲れた……ちょっとだけ、休ませて……」
「よく頑張ったな。お前、かっこよすぎた」
「そんなこと言われたら、また頑張りたくなっちゃうじゃん……」
麻希は彼の腕の中で、顔を埋めるようにしながら小さく笑った。
「わたし、あんなに高いところ苦手だったのに……不思議だね。あなたが下にいてくれるだけで、どこまででも届く気がした」
直哉は、彼女の髪をそっと撫でながら囁いた。
「……俺の心にも、届いてたよ。お前の声」
麻希が、胸元で彼の服をそっと握る。
「じゃあ、今だけは……わたしの声じゃなくて、ぬくもりで感じて」
その小さな願いに応えるように、直哉は彼女を強く、しかし優しく抱き締めた。
静かに沈む夕暮れの中。
帝都は、まるで深呼吸を取り戻したように静まり――
ふたりの心もまた、深く、穏やかにひとつになっていた。




