第二部:第四十六章 内乱と説得
帝国首都フォルニア――。
かつて石造りの大路を黄金の軍旗が練り歩いたこの街は、いまや火花と怒号に満ちていた。
皇帝派と反皇帝派の対立は臨界を越え、市街の各所で小規模な衝突が相次いでいる。
帝都の空は、騒乱の煙にかすみ、太陽の光すら鈍く翳って見えた。
「急がなきゃ……!」
麻希は胸元を押さえながら、瓦礫を踏み越えて駆ける。
直哉がすぐ後ろに続き、ナディアとラウラは結界と回復魔法で市民を援護していた。
「このままじゃ、帝都が本当に壊れてしまう……!」
「まだ間に合う。グレオスが民の前に立てば……きっと!」
ふたりは焦りながらも、心のどこかで確信していた。
今なら、届く。
この国は、変われる。
なぜなら――ふたりが愛する“誰かを守る強さ”を知ったから。
◆
中心広場。
かつて演説や式典に使われた石造りの壇上に、グレオスが立つ。
直哉と麻希は彼の傍らに立ち、周囲を取り囲む武装兵士たちと対峙していた。
「民よ、兵よ、聞け!」
グレオスの声が、地を震わせるように響く。
「私は……過ちを犯した。かつて“ささやき”の力に手を伸ばし、この国を崩壊寸前にまで導いた張本人だ」
「ならば死ね!」という罵声が飛ぶ。だが、彼は動じない。
「それでも私は戻ってきた。なぜなら、まだ――“守りたいもの”が、この国にあるからだ!」
その叫びに、少しずつ周囲の兵士たちの槍先が揺らぎ始める。
そのとき――麻希が前へ出た。
「皆さん、聞いてください! わたしは、この人の闇を知っています。でも……それ以上に、この人の“光”を見たんです」
人々の視線が、彼女に集まる。
震えそうになる脚を、直哉の手がそっと支えた。
「彼は“間違った”。でも、わたしたちはその間違いを責めるためにここに来たんじゃない。
“やり直す”ために、ここに来たんです!」
「……そして、俺たちがその“やり直し”を手伝う。
誰かが手を差し伸べなきゃ、もう誰も立ち直れなくなるだろ」
直哉の言葉に、少しずつ民衆の表情が変わっていく。
怒りが、困惑へ。
そして、困惑が、わずかな“信頼”へ――。
「……変われるのか? この帝国が……」
「変えます。わたしたちが力を合わせれば、きっと……!」
麻希がそう強く言い切ったとき、広場の奥でひとりの少女が小さく拍手をした。
それが連鎖し、ひとり、またひとりと拍手が増えていく。
やがてそれは、大通りいっぱいに鳴り響く、希望の音となった。
◆
その夜、帝都の高台にて。
騒乱がようやく収まり、民が火を囲って食事をとる中――
麻希と直哉は、誰もいない石畳の路地を歩いていた。
夜風がそよぎ、彼女の髪を揺らす。
「……なんだか、不思議だね。あんなに怖かった帝都の空気が、今日はやさしく感じる」
「お前が声を届けたからだよ」
直哉の言葉に、麻希は照れたように俯く。
「……でも、途中で足、震えてた。あなたの手、なかったら無理だったよ」
「じゃあさ、これからも震えるときは、俺が支えるから」
「……ずっと?」
「ずっと。……できれば毎晩」
「な……っ、毎晩はちょっと照れるんだけど……!」
直哉がニヤッと笑う。麻希は頬を赤らめながら、それでも彼の腕にそっともたれた。
「ありがとう。今日……すごく、あなたの隣が心強かった」
「俺も。今日のお前は、本当に……惚れ直すしかなかった」
静かな街の灯りの中、ふたりはしばらく何も言わずに寄り添っていた。
この夜が、永遠に続けばいい。
そう思わせるほどの、穏やかな“愛”がそこにあった。




