第二部:第四十四章 グレオスの告白
帝国ガルザーン――。
荒れ果てた首都“アクルス”は、まるで魂を失ったかのように沈黙していた。
かつて石造りの宮殿がそびえ、軍旗がはためいていた街には、瓦礫と、燃え残った煙のにおいだけが漂っている。
「……ひどい有様ね」
ナディアが騎乗したまま、視線を遠くの城壁へと向けて言う。
麻希は、そっと唇を噛み締めていた。
「これが……“ささやき”の残した爪痕……」
「違う」
隣で馬を操っていた直哉が、強くかぶりを振った。
「“ささやき”はきっかけに過ぎない。これは、人が人にしたことだ。……だから、責任も、希望も、全部、俺たちの中にある」
その言葉に、麻希はふと彼を見た。
強くなった。どんなに荒れた景色の中でも、自分の足で立って、真っ直ぐに言葉を紡ぐ。
(……好き)
ただ、その想いが胸いっぱいに満ちる。
そのとき、城跡の広間――かろうじて残った玉座の間で、ふたりは“彼”と再会した。
グレオス。
肩に傷を負い、かつての軍服も剥げ落ち、見る影もない姿だった。
だが、彼の目は、静かにまっすぐ向けられていた。
「来てくれたか。……私のような裏切り者に、再び会いに来るとは思わなかった」
麻希が一歩前に出る。
「あなたは、世界を滅ぼそうとしたわけじゃなかった。
ただ、“守りたいもの”を間違えただけ。わたしたちは、その気持ちを否定しない」
グレオスは目を伏せ、そして低く、震える声で言った。
「私は……民を救いたかった。飢える子供たちを、希望のない兵士たちを……
だが、私は“力”にすがった。声なき声に、耳を傾けたつもりで……自分が選ばれたと、思い込んでしまった」
直哉が静かに言った。
「だからこそ、今、俺たちと一緒に来てほしい。帝国を……もう一度、民のための国に立て直すんだ」
グレオスは、驚いたように顔を上げた。
「……私に、まだ……役目があると?」
「あります。あなたが、その過ちを正す未来を選べるなら」
麻希の言葉は、まっすぐに届いていた。
やがて、グレオスは膝をつき、深く頭を垂れた。
「……どうか……もう一度、私に、この帝国を導く道を……教えてくれ」
◆
その夜。
崩れた帝都の屋上、瓦礫に腰を下ろしながら、ふたりは空を見上げていた。
月がまるで息をつくように、静かに輝いている。
「直哉……」
「うん」
「わたし、あの人の“弱さ”を見たとき……少しだけ、自分と重なった気がした」
「そうか」
「でも……そのあと、あなたが言ってくれた“責任も希望も、俺たちの中にある”って言葉が、
本当に、わたしの支えになったの」
麻希はそっと彼の肩に寄りかかる。
「ねえ……あなたは、わたしが弱いままでも、ずっと隣にいてくれる?」
直哉は、ためらいもなく答えた。
「当たり前だろ。……強くなくたって、お前はお前だ。
泣いてても、怒ってても、笑ってても、ぜんぶ……俺が好きになった、お前の一部なんだから」
麻希の心が、ふわりと熱くなる。
「……また好きになっちゃった。どうしてくれるの?」
「じゃあ、責任取るか。今度は正式に」
「……えっ」
ふいに、彼が手のひらを差し出してきた。
「この旅が終わったら、一緒に家を建てよう。
それで、毎朝お前に“おはよう”って言って、“いってらっしゃい”って言われて……そんな日々を、ずっと続けたい」
麻希は、その手を見つめたまま、小さく唇を噛みしめた。
涙が零れる寸前で、彼の手を、ぎゅっと握る。
「……約束、だよ」
「おう。何があっても、守る」
世界のどこかで、まだ闇が蠢いていても。
この手の温もりがあれば、きっと乗り越えられる――そう、ふたりは信じていた。
ふたりの恋が、国を、そして未来を変えてゆく。




