第二部:第四十一章 崩壊の神殿
封印の儀式が終わった神殿――その重厚な石壁が、ゆっくりと軋みを上げ始めていた。
崩壊は静かだったが、確実だった。
それはまるで、長き眠りを与えられた“黒いささやき”の魂が、この場を去った後の余韻のようにも思えた。
「急いで! 地上への転移魔方陣が崩れる前に!」
ラウラの指示を受けて、ナディアが魔力を集中する。
その合間、直哉と麻希は祭壇の縁でふたり、肩を寄せ合っていた。
神殿全体が崩れかけているというのに、なぜか彼らの間には不思議な“静寂”があった。
「……終わったんだね」
麻希の声は、疲れきっていた。けれど、その響きは安堵に満ちていた。
直哉は彼女の手を包みながら、優しく微笑んだ。
「ああ。お前が……お前の“声”が、世界を救ったんだ」
「でも、あなたがいたから。わたし、ひとりじゃ何もできなかったよ」
「……それはこっちのセリフだよ。お前の手がなかったら、今ごろ俺は……」
言葉を切る彼の頬に、麻希の手がそっと添えられた。
「じゃあ……これからも、手を離さないでいてくれる?」
その問いに、直哉は驚くほどまっすぐに、即答した。
「一生、離さない」
麻希の頬が、ほんのり赤く染まった。
崩れかけた柱の影、瓦礫の落ちる音の中――
彼女の声が、わずかに震えながら続く。
「……こんなふうに、世界の終わりみたいな場所で、愛の告白されるなんて、思ってなかったよ」
「そっちが先に“責任取って”とか言い出したくせに」
「……それは、覚えてなくていいの!」
ふたりはふと笑い合った。
その瞬間、神殿の天井が大きく崩れ、ナディアの転移陣が発動する。
「今よ! 行くわよ!」
白光に包まれながら、麻希は思わず直哉の腕にしがみつく。
その肩越し、彼女は一度だけ、振り返って神殿を見た。
(さようなら、“ささやき”。でも……)
心の中で、彼女は小さく呟いた。
(この旅は、ここで終わりじゃない。きっと、わたしと直哉の物語は――まだ、始まったばかり)
光がはじけ、神殿が完全に崩れ落ちたその瞬間――
ふたりの姿は、眩い光の柱の中へと吸い込まれていった。
◆
目を覚ましたとき、そこは見慣れた――中立都市ルセリアの研究所だった。
ラウラがぐったりと机に突っ伏している。ナディアは魔力を使い果たし、静かに眠っていた。
そして、直哉は、横たわる麻希の手を握ったまま、その寝顔を見守っていた。
(夢じゃなかった……)
麻希がまぶたを開いたとき、最初に目に入ったのは、彼の優しい瞳だった。
「……おかえり、麻希」
「ただいま……直哉」
その言葉だけで、世界が息を吹き返す気がした。
ふたりはそっと額を寄せ合い、誰にも邪魔されない静かな空間で――
またひとつ、恋を重ねていた。




