第一章/第5話:呪い
こっそり修正入れたりするかもです。
時刻は正午、朝と比べて街が大きな賑わいを見せている。
それもそのはず、戴冠式がもう直ぐに迫っているのだ。
周りを見ても、これからラトス広場へ向かおうとする者ばかりである。
ルフトはアンジェロやハンスと合流し、人の流れに沿って広場へと歩を進めていた。
「いやー!今年の戴冠者は誰だろうなぁ〜!!」
「安心しろハンス、お前ではない。」
「ひっでぇ!まったく、性格ひねくれすぎだろアンジェロ。」
「ははははっ!」
この三人で行動しているときの定番は、ハンスが内容のペラッペラな言葉をこぼし、アンジェロが毒を吐く。そしてそれを見てルフトが笑う。
大体がこれである。
「にしても毎年思うがすごい人数だよなぁ……。」
「国全体規模だしね。」
「万単位どころじゃねぇんじゃねぇの?」
「それはない。この国の人口、億もいないし。」
「そうなのか?アンジェロはやっぱり物知りだなぁ。」
そうして他愛もない話をしながら、人混みを縫うようにしてようやく広場に辿り着くことができた。
広場の端っこでは、20人ほどの音楽隊が愉快な音を奏でている。
そんな音楽隊も、人が多すぎて辛うじてでしか覗くことができない。
しかも、周りの大人達が大きな声で喋っている分、音楽も微かにしか聴こえない。
そして広場の奥に佇むのが、王の棲む城である。
周辺には、多くの兵士たちが城を守るようにして囲んでいる。
あの中から王が出てくるのだ。
ここまで大層な演出をしないと気がすまないのだろうか。
「うーん…そろそろ王サマが出てくる時間なんだけどなぁ……。」
ちょうどハンスがそう呟いた時______
「静まれ!!」
突然、若い男性の声が広場に響いた。
それと同時に、広場中の話し声がピタッと止んだ。
頭以外の身体全体を被う白銀のプレートアーマーを身に着け、腰には高級感漂う剣が収められている。
さらに胸には数々の勲章が光り輝き、この人物がどれだけこの国に貢献してきたのかが目に見えてわかる。
おそらくは国王直属の近衛兵なのだろう。
「これより、国王陛下が御降臨なされる。拍手喝采でお迎えしろ!」
皆幾度もと手を重ねて音をたてる。
この広場だけでも数万の人がいる。
故にこの人数分の拍手は実に壮観である。
さっきまで愉快な音楽を奏でていた音楽隊は、一転して今度は綺麗な音色の神聖な音楽を演奏し始めた。
するとまもなくするうちに……
「出てきたぞ!」
「ホントだ、国王様だぁー!!」
広場全体が割れんばかりの歓声で揺れる。
それと同時に、城の中からバルコニーに大層な祭服を纏った人物が出て来た。あれが国王だ。
真っ白な布の上に、金色のアクセサリーを幾つも付けている。
もはや自分達には見たこともないような装飾ばかりだ。
「国王様ーー!!!」
「私を!!ぜひ私をーー!!」
戴冠者になりたい国民たちは、王に対して声を荒げ、必死に自分をアピールする。
そんな民たちを横目に、王は口を開いた。
「これより、今年の戴冠者15名を指名する。」
今日だけで何度目だろうか、再び大歓声が広場を包む。
「世界樹より賜った神託から、戴冠者の名を一人ずつ挙げていく。」
そう言って、王はいくらかの文字が羅列した巻子本を出した。
いよいよ戴冠者が指名される……。
広場の国民全員が固唾をのんで耳を凝らす。
「1人目、マリーノ・ステーファノ 」
広場の端から「やったぁ!!」という声が聞こえる。
その周りでは、その男性に向かって拍手が起こった。
「2人目、リベル・ケルレウス。」
「3人目、オメガ・シーブス」
「4人目、________ 」
「5人目、_____ 」
「6人目、__ 」
そういって王は、淡々と名前を呼んでいく。
その名前の中に、知り合いの名前は一つもなかった。
「14人目、サエウム・ラプトール。そして、最後に……」
ついに最後の一人の名前が呼ばれようとしている。
ここにいる誰もが、自分が選ばれることに「もしや」と希望を持っている。
自分も戴冠者の一人になれるのではないか、と。
自分が次代国王になれるのでは、と。
「15人目……アンジェロ・カエルム。」
その言葉を聞いた瞬間、自分の耳を疑った。
そう、あのアンジェロの名前が呼ばれたのだ。
ファーストネームが同じだけの別人などではなく、アンジェロ本人が。
ふと横を見ても、アンジェロは驚愕の表情を浮かべ、目をポカンと開けている。
「……以上を今年度の戴冠者とする。戴冠者には、神域に入る権利を与える。希望者は、明日の日が沈む頃までに我が城、カーナ城に集合せよ。そして神域内で見事、永久の神実を手に我もとへと持ってきた者は、エルカーナで次代国王になる資格を得る、以上だ。これを持ち、戴冠式を終了する!」
王が言葉を言い終わってから、広場の民衆はワラワラと散っていく。
だがそんな中、ハンス、アンジェロ、僕の3人はその場に立ち尽くしていた。
「アンジェロ!!お前戴冠者に選ばれたんだぜ?!」
信じられないと言わんばかりに目を見開いたハンスが、興奮気味に口を開いた。
「あぁ…俺自信も信じられないぜ。」
「よかったじゃん、アンジェロ。国王になるチャンスが貰えたんだよ…?」
「あぁ……そうだな……。」
「どうしたんだよ、浮かない顔して。まさかまた神域に入りたくないとかって言うんじゃないだろうな。」
「いや……うん……ちょっと気持ちの収拾がつかなくてさ。」
「でもさハンス、アンジェロが神域に入ったら、しばらく会えなくなるんだよ?ましてや、神域に入って出てきた人なんていないのに……。」
「大丈夫だろ。アンジェロなら、ずっと天国に居たいー!って言うこともなくしっかり戻ってきてくれるだろ。」
「まぁなにはともあれ、選ばれちまったものはしょうがない。入るしかないよ、神域に。」
「おぉ!ホントは俺が入りたいところなんだけど、俺は選ばれなかったからなー……。くぅー!羨ましいぜ!!国王になったら、俺を楽させてくれー!」
「ははは、考えとくよ。………そうか、これでハンスと会うのが最後になるかもしれないのか……。」
「まぁな。」
珍しくアンジェロが感傷に浸るように空を見あげる。
「だから……今日はめいいっぱい遊ぼうぜ。」
「おう!」
「うん!」
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あの後、3人で屋台を回りまくった。
食べまくって、走りまくって、笑いまくった。
アンジェロは戴冠者として選ばれたために、「おう!戴冠者に選ばれてた少年じゃねぇか!!」と声をかけられることも多かった。
そしてその誰もがアンジェロに羨望の眼差しを向ける。
ハンスはなんでお前が嬉しそうなんだと思うくらいに、まんざらでもない顔をしていた。
だが、僕は少し複雑な気持ちになった。
友が旅立つということに、言葉では言い表せない淋しさのような、侘しさのような、そんな気持ちを抱いてしまう。
これからもう一生会えないかもしれない。
そういった不安に、胸の心臓をギュッと掴まれるような感覚に襲われる。
せめて笑顔で見送ろうと、最後になるかもしれない思い出をせめて宝物になるようにと、アンジェロとの時間を思いっきり楽しんだ。
やがて日が暮れ、空が暗くなった頃……
「今日は……いや、今までありがとう。ハンス、ルフト。」
「あぁ、こちらこそ。」
「絶対戻ってきてね。」
「うん、頑張るよ。」
「………」
しばらくの沈黙が流れる。
「次また会おう」
その言葉を声に出そうとしても、自分の中の疑念がそれを抑え込んでしまう。
すると ______
「絶対……絶対戻ってこいよ!!次、また会う時までに、俺のこのどうしようもない頭、どうにかしとくから!お前に指摘されないくらい、賢くなってお前のこと見返してやるから!!」
ハンスは目も耳も、顔全体を真っ赤にしながら、涙声でそうアンジェロに叫ぶ。
「……はははっ。無理だろ、そんなの。」
「あんだとぉーー!!」
「ははははっ……!!」
これだ。
この流れだ。
これがいつもの会話だ。
そして最後になるかもしれない会話。
「まぁ……期待はしといてやるよ。」
「おう!」
「じゃあ……またな!」
そうして、僕ら3人の会話は終了した。
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「ただいま……」
今日もまたいつもの家に帰ってきた。
だが明日からはアンジェロはいない。
そうして感傷に浸っていると……
「ルフト!!」
突然、母が声を荒げて駆け寄ってきた。
どうやらただ事ではなさそうだ。
普段は温厚な性格の母が、こんなにも焦りを表情全体で体現したことなど滅多にない。
「お父さんが……お父さんが!!」
「お父さんに何かあったの?!」
僕と母は大慌てで2階の寝室へ駆け上がった。
そこには、苦しそうに横たわる父の姿があった。
「ル……フト……」
そういって父は身体を起こそうとする。
か細い声で僕の名を呼ぶ父を、母は急いで寝かしつけた。
「動いちゃだめよ。動くと身体に毒だわ。」
父の首筋には、青黒い痣が伸びている。
「こ、これは…?」
「分からない……夕飯の準備をしてたら急にお父さんが倒れて……。」
「お父さん、今日戴冠式の城の警備だったんじゃ……?何か心当たりないの?」
父は静かに首を横に振る。
「とりあえずルフト、近くの広場の井戸から水汲んできて!!」
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空が雲で覆われて、星なんて見えやしない。
そんな空の下でバケツを持って僕はとにかく走った。
ようやく井戸に着き、急いで水を汲む。
父は何かの病気なのだろうか。
あの黒い痣は一体なんなのだろうか。
「呪いだよ。」
聞き覚えのある声が後方から聞こえた。
振り返るとそこには、今朝出会った占い師が立っていた。
「呪い?どういうことですか?」
「呪いは呪いだ。貴様の父は何者かに呪われたのだろう。とても強力な呪術だ。術をかけた本人にしか解くことは叶わんだろう。」
呪い……どおりであの痣だ。
いや、待て……
「どうしてそんな事がわかるんですか?そもそも、なんで僕の父が危険な状態にあると知っているんです?」
「ふむ、占い師をなめるなよ。そんな事すべてお見通しさ。」
この占い師からは、いつだって怪しい匂いがプンプンする。
だが今無駄な詮索をしても意味はない。
「父を……僕の父を救う方法はありますか?!」
「ふむ、その質問を待っていた。方法は一つだ。」
「方法……というのは?」
「ふむ、それは……永久の神実だ。」
永久の神実……この国中の国民全員が知っているものの、それを見た者は一人もいないという樹の実だ。
もちろんそんな物神域の中にしかないだろう。
だからこそ、戴冠者というものが存在する。
神域には戴冠者しか入れない。
「そんなの手に入るわけないじゃないか!!僕は戴冠者に選ばれなかった!!神域に入れないんだよ!!それとも来年まで待てって言うのか?!このままじゃ父さんは死んでしまうのに!!」
「簡単な話だ。ヘヴンズゲートをくぐればいい。」
だからそのゲートがくぐれないんだって…!
ヘヴンズゲートがどんなものかも知らないのか、この占い師は!!
「今、ゲートがくぐれないと心のなかで思っただろう?」
「な、なんで……」
「ふむ、もう一度言おう、私は占い師だ。その程度、すべてお見通しさ。ただ私が言えること……それは、とにかく一度門に行けという事だ。もちろん、その前には父と母にしっかり挨拶してからな。」
「入れる…のか……?」
「ふむ、行けばわかる。」
「けど万が一もし入れたとして、実を探してるうちに父はどうなる?」
「案ずるな。父にこれを渡せ。これでしばらくは持つだろう。」
「これは?」
「私が特別に調合した薬だ。」
「そんなことまで出来るのか。何でもありだな、あんた。」
「ふむ、この方が貴様にとっては好都合だろう?」
「まぁ……そうだけど。」
そもそも呪いって、薬でどうにかなるものなのか?
「でもなんでここまで僕の事を気遣うんだ?」
「ふむ、面白そうなのでな。ただの興味本位だ。」
「またそれか。今朝もそんなこと言ってたけど、結局大したことなかったじゃないか。」
「はははっ!言ってくれるじゃないか。それもそうだな。」
こんな状況で笑っていられるのはお前だけだぞ、占い師。
こっちは急を要してるんだ。
「ふむ、小僧。今朝言った貴様の未来占いの結果だが……あれは嘘だ。現に今、厄事が起きてるだろう?」
「あとから言われてもな…。口では何とでも言える。」
「ふむ、ずいぶんと生意気になったものだな。この大予言者モイラを前にして。」
大予言者モイラ……噂では聞いたことがある。
未曾有の大地震を予見し、国王にそれを伝え、見事それを当てて見せたとか。
そのおかげで被害は最小限にとどまったという。
その功績が称えられ、国王から「大予言者」を名乗ることを許された人物。
それがこの占い師だと言うのか……?
しかし話によるとあれは30年程前の出来事のはずだ。
その話が本当だとすればこの占い師、一体いくつなんだ?
「おい貴様。今失礼なことを考えていなかったか?」
「ま、まさか…!」
「………ふむ、まぁいい。私から言えることはこれで全てだ。さっさと行くといい。」
僕はバケツとクスリの入った小さな袋を持ち、全速力で家に帰った。
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「さて、貴様の運命、どう転ぶかな……?」
ちなみにですが、エルグリンドは島とは言ったもののかなり大きい島です。(大陸という言い方でも正しいかも)
エルグリンドは円形状の島ですが、直径は北海道の先っぽから沖縄くらいです。
なので日本全体がすっぽり入るくらいですね。
そんな島の大部分を覆う世界樹ですから、まぁそりゃデカいですね。