第一章/第3話:降臨の儀
『世界樹には神が棲む』
それはエルカーナに古くから言い伝えられている言葉だ。
エルカーナの国民たちにとって世界樹はもはや神のように崇められている。
王族は世界樹の加護を受けし、神の代弁者として代々受け継がれてきた血族である。
故に国民たちからは王も世界樹と同様に、神聖な存在として崇め祀られていた。
王は神聖な存在として扱われるため、滅多なことでは国民の前には姿を見せない。
それこそ、大樹祭のような大きな祭りの時くらいしか、民衆が王を拝む機会はないのだ。
そんな特別な瞬間のためにも、王が公衆の面前に出るための大掛かりな執り行いが存在する。
それは、大樹祭初日の午後5時、日が沈み出す頃合いから行われる。
国王が国民の前に降臨するための、「降臨の儀」。
実際には国王はその日中には姿を見せず、2日目の戴冠式にて、ようやく姿を現す。
国民の前に現れるというだけの活動でさえ、日を跨いでまで前準備をする程に国王は特別な存在なのだ。
降臨の儀とは、カーナ城(国王の棲む城)の直ぐ側にある、ラトス広場という国で最も大きい広場にて国民達が集まり、その年の捧げ物を火で焚き、天に貢ぐという儀式である。
大樹祭の恒例行事の一つとして、多くの国民が参加するイベントだ。
民衆の間でも、大きな賑わいを見せる。
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辺りがだんだんと淡黄色に染まり始めた頃____
「降臨の儀、今年は何捧げようかな〜…。」
「あー…あと1時間くらいで降臨の儀か。ルフトは去年、何を捧げてたっけ?」
「えっと……なんだったっけ?」
はてな、と首を傾げるルフトに、アンジェロは去年のことすら覚えていないのか、と呆れてため息をつく。
「あ!そうだ、四つ葉のクローバーだ!」
「いやいや、それ捧げ物になってないだろ。」
「捧げ物なんて何でもいい、って言ったのはアンジェロだろ?」
「あれ?そんな事言ったっけか…?」
「お前も忘れてるじゃねぇか」とルフトは心の内で思ったが、後々めんどくさそうなので、言葉には出さなかった。
アンジェロは極端な負けず嫌いである。
何かしら反論した暁には、ルフトには理解できない難しい語を淡々と並べて論破してくることだろう。
「見つけたぁ!」
突如2人の後ろから、聞き覚えのある甲高い大声が聞こえた。
振り向くとそこには、頭に大きなタンコブをかかえたハンスの姿があった。
「探したぜ、2人ともぉ!お前ら、俺が親父に連れてかれるとき、庇いもしねぇでどっか行っちまうんだもん。」
ハンスの目には、若干の涙が含まれているように見える。
それは拳骨をくらったからなのか、友達に見捨てられたからなのか、はたまたその両方が原因なのか。
いずれにせよ自業自得なのには変わりがない。
「だから俺、しっかり警告したじゃねぇか。」
「ぐぬっ…まぁいいや。そろそろ降臨の儀が始まるころだし、一緒に行こうぜ。」
「「おう!」」
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ラトス広場の真ん中に設置された、どデカい焚き火へ向かって、長い長い列が伸びている。
空いた酒瓶や何かしらの紙くずが足元に散乱している街中とは打って変わり、ゴミを探す方が大変だと感じる程に広場は綺麗に整備されていた。
だが、相変わらず大人たちの酒臭い匂いはあたりに漂っている。
誰を見ても大人は皆、顔を真っ赤にして酔っ払っている。
そんな中1時間半ほど並んで、やっと焚き火が見えてきた。
その列の先で、人々が焚き火の中に次々と何かしらの物を投げ入れていく。
「お、そろそろ順番回ってくるな!あ、そういや2人は今年の捧げ物、何にするんだ?」
「僕はこの前土手で拾った綺麗な石。すごく綺麗だから、ほんとはこれも捧げたくはないんだけどね。」
そう言ってルフトは、緑色の透き通った綺麗ながらも、探せばそこら中にありそうなありきたりな石をポケットから取り出した。
「ただでさえ石が捧げ物だなんてしょぼいってのに、それすらケチってたとかどんなだよ。」
「うるさいな!僕は何かを捨てたりするのは苦手なんだよ!僕には何かを捨てろって言われても、選べる勇気がないんだ…。」
「でもいつかは、そんな選択を迫られる時が来るかもしれないだろ?その時もお前はそうやって御託を並べるのか?ていうかルフト、あんまり捧げ物の事を捨てるなんて言い方で言うなよ。」
「まあまあ、アンジェロ。いいじゃねぇかそんなこと。」
「そういうアンジェロは何を捧げるんだよ?」
そういってルフトは不満げな顔でアンジェロに問いかけた。
「俺は昔から使ってる羽ペンだな。これを期に新しいペンを買ってもらうんだ。」
「へぇ、随分と使い古したペンだなぁ…。」
そこには、これまで一体どれほどの文字を書いてきたのだろうと思ってしまうほどの、良い意味で薄汚れた古いペンがあった。
嫌味を言うつもりが、思わず感心してしまい、ルフトは少し悔しい気持ちになった。
アンジェロは昔からそういう節がある。
昔から本を読んだり、勉強したり……いわゆるクソ真面目である。
「なんかつまんねぇの。」
「つまんなくて結構。別にお前らに面白がってほしくて選んだわけじゃない。」
アンジェロは口ではそう言ってるが、心の内では割とムカついたのであろう。鋭い眼光でハンスを睨む。
「つれないねぇ…。」
そうこうしているうちに、どんどん列が回ってきた。
ー ボッ ー
自分の身体よりも大きな炎の中に3人は各々、物を放り込んでいった。
「そういえば、ハンスには何を捧げ物に選んだのか聞いてなかったな。」
「んー?俺は……親父のパンツ。」
コイツやりやがった。
「拳骨いれられた腹いせで親父のパンツ全部燃やしてやったぜ!」
なんて馬鹿なやつだ、と2人とも顔を見合わせて深いため息をつく。明日にもなれば、ハンスの頭にはもう一つタンコブが増えていることだろう。
そうして3人の降臨の儀は終了した。
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その後3人は解散し、各々の家に帰っていた。
「ただいま~」
「あら。おかえりなさい、ルフト。ずいぶんと遅かったけれど、お祭りは楽しんでこれたみたいね。」
「それがさ〜、ハンスのやつが……」
「はいはい、祭りでの話は後で聞くから、ちょっとお皿出してくれない?」
「はーい」
今晩は大樹祭ということもあり、いつもより豪華なメニューの夕食が食卓に並んでいた。
母が裏庭で作った野菜をふんだんに使った具沢山シチュー、近所のパン屋のレノンさんから買ったミッシュ、綺麗な焦げ目がついたカリカリのストリーキーベーコンに、山羊のミルクから作られたチーズ。デザートには、ブドウにリンゴにクッキーまで。
どれもいつもの夕食には出ないものばかりだ。
いつものメニューはというと、何種類かのビーンズの入ったチャウダーにパンを付けて食べる、くらいのものだ。(たまに父が獲ってくる魚が出たりもする)
「やっぱり大樹祭の日のご飯は豪華だね。」
「そりゃ年に1回しか来ないお祭りだもの。大切にしないとね。」
母は料理好きである。だが、我が家はお世辞にも裕福とは言えないような家庭だ。
そのため、節約節約と家計を回す過程で母は思うように料理の腕を振るえない日々が続いていた。
その分、大樹祭は惜しみなく盛大に料理ができる名目として、母の一つの楽しみになっている。
もちろん、それは自分にとって悪い話ではない。
むしろ大歓迎だ。
ただ大樹祭終了後にちょっぴり父の労働が厳しくなるくらいである。
「あ、そういえば父さんは?今日も夜勤?」
「ええ。今日は遅くまで城周辺の警備をさせられるみたい。だから帰ってくるのは明日の朝だろうし、今日の夕食は私たち2人だけね。まぁ明日は休みを取らせてもらったらしいから、一日中家にいるんじゃないかしら?」
「そっか。明日は3人揃って食べれるんだね」
父は国の軍隊に勤めている。
職業がら、次の日まで帰ってこないなんてこともしばしばあるのだ。
ルフトには兄弟もおらず、父母とルフトの3人で暮らしている。
故に、そのうちの一人でも欠けるとなんとも寂しい食卓へとなってしまう。
その後、なんだかんだ母と他愛もない会話をしながら、机に並んだ御馳走を平らげた。
そうして大樹祭1日目が終わりを迎えた。
物語はまだまだ始まったばかりです。
今後の展開にご期待ください。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。