脅威の戦略と戦術
私達は二回戦、準決勝と順当に勝ち進み、いよいよ決勝へ進出した、ここまでくると
〈どのチームが私達を倒すのか?〉という空気すら漂ってくる
もちろんそういった空気を一切読まないのが結城蓮という男であり
空気を読んで負けるぐらいならば全員に嫌われてもいいから勝ちたいと思うのが私なのである。
決勝の相手は戦前予想では一番人気のチーム【タイタン】
レベルの高い大阪、愛知、神奈川の代表がチームを組んだという中々のメンバー構成である
しかしここまで来ると私はすでに負ける気がしなかった。どれほど相手が強かろうと、コイツと一緒ならば負けるはずがない、そう思っていた……
〈さて、いよいよ【KOEG団体戦】も残すところはこの一試合のみ、泣いても笑ってもこれが最後です
名残惜しい、終わってほしくない、その気持ちはわかります。実況している私ですらそうなのです
しかし神は無情だ、この一戦で全てが終わる、全てを決する、そう、日本一のチームはどこか?数分後には決まってしまうのです
戦いとは常に残酷、どれほど想いが強かろうと、どれだけ鍛錬を積もうと、戦いという儀式は確実に両者を勝者と敗者に分けてしまうのです
太古の昔から決められている戦いの真理、それは【強い者が勝ち、弱い者が負ける】という絶対の法則
この方程式の前では何人たりとも逃れることはできません
栄光を掴み勝利の美酒に酔いしれるのは一体どちらか?さあ、今、両チームの入場です‼︎〉
実況のアナウンスと共に会場のライトが消され真っ暗になると、その中を無数のレーザー光が飛び回る
突然ド派手な炎が舞い上がり四本の火柱が会場を赤く照らすと観客からはおお~という感嘆の声が上がっていた。
「何、この派手な演出は?仮にも知能を競う大会で、この馬鹿騒ぎはどうかと思うわ」
私は納得いかずにそうつぶやいた。
「それに関しては同感だが、運営側もどうにか大会を盛り上げたいと必死なんだろう
ネットの視聴者数や反応次第で今後のスポンサーの動向も決まるからな、まあ大人の事情ってやつだ」
「確かこの大会の理念は【健全な若者の育成を目的とした援助活動】じゃなかったっけ?」
「どんな事にも本音と立前っていうのがあるからな、そこは仕方がない。
ただ企業側にどういう意図があろうが俺達には関係ねえ、ただ目の前の敵をぶっ潰すのみだ」
気合の入った目でまるで己に言い聞かせるように言葉を発した結城蓮、私もそれに共感する様に無言で頷いた。
そして相手チームの登場と共に会場には軽やかなピアノの旋律が流れ始め、耳馴染みのあるクラシック音楽が鳴り響いた。
「何この音楽、入場曲って事?準決勝まではこんなの無かったよね?」
入場の順番が後の私達は相手側の登場の際に流れてくる音楽に思わず顔をしかめた。
「決勝にたどり着いたチームは入場の際に自分達の好きな音楽を流してもいいって規定らしい
まあプロレスとか格闘技からパクった演出だろう、それにしても相手側のこの曲、どうにも鼻につく選曲だな……」
私も同じ事を感じた、相手チームの入場曲は【ベートーベン ピアノ協奏曲 皇帝】まるで
自分達が皇帝だと言わんばかりの選曲である。
「ところで、私達のチームはどんな曲にしたの?」
ふと疑問に感じた事を問いかけると、結城蓮は悪戯っぽい笑顔でニヤリと笑った。
「もうすぐ流れるから、それまでのお楽しみだ」
何だろう、嫌な予感しかしない……私はモヤモヤとした思いを抱えながら相手チームが入場するのを黙って見守った。
〈さあ入場してまいりました、南側ゲートから登場したのはチーム【タイタン】
ここまで対戦相手に合わせて戦術を変えてきているフレキシブルさは見事の一言
その変幻自在の戦術を持って【ダークプリンセス】の二人も粉砕するか⁉︎
まず先頭を歩くのはチームリーダー尼崎和臣くん、大阪代表の強豪で【ナニワの火の玉ボーイ】と呼ばれています
個人戦では準決勝で惜しくも【電脳姫】の前に敗れましたが
その戦いでは【電脳姫】の陣を第四ポイントまで攻略するという奮闘を見せました
個人戦の雪辱も兼ねて、ここは燃えています、燃え盛っています
ここまで熱気が伝わってきそうな激熱ぶりだ‼今すぐ119番の準備が必要なのか⁉︎
続きまして入場するのは愛知代表、豊田浩一、【リッチ】の異名を持つ強豪プレイヤー
家が国内有数の大企業の御曹司で成績も常にトップ、しかも陸上でも県代表として出場したことがあるというマルチプレイヤー
生まれながらにして全てを持っているという信じがたい男です。
唯一獲り逃した【KOEG】チャンピオンの座を獲得するため、ここにやってきました
ニックネームの【リッチ】の由来は、貪欲に勝利を目指す姿勢から、魔導の追求のため自らをアンデッド化したモンスターの名と
金持ちという意味が混ざり合ってつけられたものだと聞いています
頭が良くて、金持ちで、強い、こんなわかりやすい男の敵がいていいのでしょうか?
同じ男として応援したくない、応援したくないぞ‼︎
しかし頑張れリッチ、魔導とお金の力で勝利を掴むことはできるのか⁉︎期待と想像はどこまでも膨らみます‼
そして最後に入場してきたのは、神奈川代表、木本孝明くん
人を惑わすその戦いぶりから【ダークミリオネア】と呼ばれています
個人戦では三回戦で【暗黒王子】に敗れましたが、その戦いは〈究極の暗黒対決〉などと評されました
今回もどのような奇策を用いてくるのか?対戦相手はもちろんの事、見ている我々も戦々恐々だ‼︎〉
対戦相手であるチーム【タイタン】が入場を終え、いよいよ私達の入場である
私は自分の両頬を両掌で叩き、気合を入れた。
「よし、行くわよ‼︎」
しかし、会場から流れてきた音楽を聴いてその気合が全て吹き飛んだのである。
〈プティキュア〜プティキュア〜♫〉
会場もその流れてくる音楽に騒然としていた。
〈何という事でしょう、チーム【ダークプリンセス】の選択した入場曲は【スマイルキャッチ プティキュア】だ‼
2004年から連綿と続いている人気シリーズで、大勢の女児と一部の大きなお友達に圧倒的な指示を受けているプティキュアシリーズ
その中でも評判の高い本作品のオープニングを持ってきました‼
この決戦の場で、何とも舐め腐ったこの選曲は間違いなく暗黒王子の意向でしょう
どこまでも人を馬鹿にする姿勢を崩さない暗黒王子‼
しかしこの【スマイルキャッチ プティキュア】のオープニングは何気に神曲だ
暗黒王子によって汚れた気分になってしまったのは私だけではないでしょう
立ち上がれ全国のプティキュアファンの者達よ、この巨悪の横暴を許してはならない
彼には神の鉄槌という名の罰が下る事でしょう、暗黒王子は大人しく魔界へ帰れ、悪霊退散‼︎魔王滅殺‼︎鬼は外‼︎〉
実況の声を引き金に会場からブーイングが起こる、決勝戦だというのに観客からの大ブーイングと
【スマイルキャッチ プティキュア】の曲に囲まれて入場するという、何とも摩訶不思議な状況に立たされた私は戸惑いを隠せなかった。
「ちぇっ、結局俺は何をやっても悪役かよ、せっかく殺伐とした雰囲気を和ませてやろうとしたのに」
その一言で、私の何かが弾ける、もう考えるより先に彼の胸ぐらを掴んでいた。
「何でこんな選曲にしたのよ⁉︎おかげで私まで赤っ恥をかく羽目になったじゃない‼︎」
「でも、お前も好きだろ?【スマイルキャッチ プティキュア】」
「うっ、そりゃあ、子供の頃は好きだったけど……」
「過去の記事で読んだぞ、〈私は子供の頃、プティキュアになりたくて勉強した〉って」
「それ中学二年生の時のインタビュー記事じゃない、そんなのイチイチ覚えているんじゃないわよ‼私にとっての最大の黒歴史なんだから‼︎」
「いいじゃねーか夢があって、この決勝で勝ったらなれるかもしれねーぜ、プティキュアに」
いつも以上にニヤつきながら、それは嬉しそうに言い放った結城蓮
会場に流れる大音量の【スマイルキャッチ プティキュア】も相まって、私は怒りと恥ずかしさで頭がおかしくなりそうだった
しかしそんな私達の様子を見て実況がトドメを刺した。
〈おっと、どうした事でしょう⁉︎入場途中でチーム【ダークプリンセス】仲間割れを始めたぞ
いや、これは痴話喧嘩なのか?おそらく【プティキュア】を汚したという理由で暗黒王子を許せない【電脳姫】が魂の猛抗議をしているのでしょう‼
わかる、わかるぞ【電脳姫】。僕たちは君の味方だ‼︎過去のインタビューで
〈私はプティキュアになりたい〉と言っていた君の純粋な気持ちは僕達に夢と希望を与えてくれた‼
さあ、今こそなるんだ、プティキュアに‼君のスマイルにキャッチされたい男共はこの地球上に星の数ほどいるぞ‼︎〉
何で実況までその事を知っている……しかもとんでもない感じで世間に伝えているじゃない
それはあくまで〈子供の頃そう思っていた〉というだけの話で
今の話し方だと私はこの年になってまでそう思っているみたいに聞こえるわよ
そんなのただの頭のおかしい痛い女じゃない‼しかもご丁寧に世界中に私の黒歴史をバラすとか……
もう表を歩けない、お嫁にいけない、死にたい……
会場は爆笑と苦笑と失笑という各種の笑いが入り混じり、異様な雰囲気になっている
そして突然巻き起こった〈プティキュアコール〉で凄まじく盛り上がっていた
どいつもコイツも悪ノリしやがって、全員殺してやりたい……
そんな異様な雰囲気の中、結城蓮は周りを見渡しながらやや呆れ気味に語りかけてきた。
「何か知らねーが、盛り上がってきたな、俺と違ってお前は応援してもらえて良かったな、これならお前も……」
彼が言葉を言い終わる前に私は激しく睨みつけ、怒気と殺意を込めて言い放った。
「それ以上言ったら、私、何をするかわかんないわよ、命が欲しかったら、それ以上何も言わないで」
「お、おう……わかった……」
私達は殺伐とした空気の中で決勝の舞台へと立つ、すると対戦相手が不意に話しかけてくる。
「何や、自分らおいしいところ全部持っていきおって」
「もう、僕達の入場を覚えている人間は誰もいないじゃん」
「入場時点のパフォーマンスでは完敗だね、でも本番は勝たせてもらうがね」
対戦相手の選手達がそれぞれこちらに話しかけてきたが、私はあえてスルーした
この空気の中で今、口を開いたらとんでもない暴言を吐いてしまう恐れがあるからである
もちろんこの馬鹿騒ぎが私の本意とはかけ離れたモノであることは言うまでもない。
「それでは【KOEG団体戦】の決勝を行います、双方準備はいいですね?」
審判員の確認に私たちは無言で頷く、相手側の表情が妙にニヤついているのが気になるが
どうせハッタリだろうとタカをくくっていた、しかし大画面に【オンユアマーク】の文字が映し出され
今にも試合開始という時、急に会場がざわつき始めた。
「何だよ、アレ?」
「あんなのアリなのか?ていうか勝負になるのか?」
「【タイタン】の奴等、とんでもない事を思いついたな」
会場の観客は皆戸惑っている様子であった、もちろん私と彼もそれを見て愕然とする
それはモニターに映し出された相手側の布陣があまりにも意表を突いたモノだったからである。
チーム【タイタン】がとった奇策とは、三人全てがアタッカーとして前衛にまわり
守備陣はゼロというとんでもない布陣だったからである。
「ちょっと、待ってください‼︎」
私は思わず審判員に声をかけた。今正に試合開始の合図を出そうと思っていた審判の人は突然のストップに困惑している様であった。
「どうしましたか?」
私の急な中止を求める声に戸惑う審判員、思わずこちらに向かって問いかけてきた
どうやらこの審判員の男性は【KOEG】という競技をそれほど理解している訳ではない様だ。
「対戦相手のこの布陣は三人が三人ともアタッカー、つまり攻撃特化型のポジションをとっています
しかし前の試合で対戦相手の豊田選手はディフェンダーをしていたはずです
準決勝からこの決勝戦まで僅か30分足らず、時間的に支援AIをディフェンダーからアタッカーへという大幅な調整が出来たとは思えません
となると豊田選手は先程とは別の支援AIを持ち込んでいるのではないでしょうか?
でしたらそれは明確なルール違反でありレギュレーションに反すると思うのですが⁉」
私の指摘に審判員の男性の表情が強張る、試合開始直前、まさかのレギュレーション違反の指摘に、どうしたらいいのか戸惑いを隠せない様子だ。
「どうなのだね、豊田選手?」
審判員は思わず豊田選手に問いかけた。
「言いがかりですよ、僕は第一試合から同じ支援AIを使用しています、何でしたら調べます?」
豊田浩一は余裕綽々と言った様子で答える、それを受けて審判員は私の顔を覗き込む様にこちらを見てきた。
「嘘言いなさいよ‼こんな短時間でディフェンダーからアタッカーへのシフト設定何てできる訳無いじゃない‼」
「それが出来ちゃうんだな、俺には、なにせ俺のバックには親父の会社が付いている
世界一の車メーカー、【TOYODA】の優秀なエンジニアたちの腕を持ってすれば、20分もあれば、完璧な調整が可能なのさ」
悪びれる事も無く、堂々と言い放った豊田浩一、あまりの発言に私も審判員も呆気に取られてしまった。
「ちょっと、待ちなさいよ‼支援AIの調整に他人の力、しかも企業の力を借りるとか有り得ないじゃない
AIの調整は選手自身がおこなうモノって、常識でしょう⁉」
私の激しい抗議に対し、豊田浩一はどこ吹く風と言居た様子で薄ら笑いを浮かべている。
「君の常識はそうかもしれないけれど、僕の常識は違うというだけさ、認識の違いだね
そもそもルール規定にそう書かれていない時点でレギュレーション違反には相当しない、そういうモノだろう?」
確かにルールには載っていない、そもそも個人戦では最初に設定したAIを途中でいじる事は禁じられている
しかし団体戦では戦いによって作戦を買えるチームもある為、途中で調整をすることが認められているのだ
しかしそれは試合の合間の僅かな時間に微調整する程度のモノであり
大幅な変更など無理だろうという定義の元に成り立っている
まさか大企業のエンジニア軍団による大幅な調整の変更など完全な想定外だ。
「どうなのですか審判員?これはレギュレーションに違反しますよね⁉」
突然のハプニングに審判員も困惑していた、そしてルールの確認と今後の対応をどうするのか?
という事を協議する為、大会本部のある事務所に一旦引き上げていった。
決勝戦開始直前にまさかのトラブル、何の説明もされていない観客は次第にざわつき始めた。
「おい、一体どうなっているんだ‼」
「何が起こった?【タイタン】のあの布陣がルール違反なのか?」
「どうして説明も無いのだよ、運営側は何をやっているんだ⁉」
先程までのほのぼのとした雰囲気は何処かに吹き飛び、一転して会場には険悪なムードが漂い始めた。
「ねえ、さすがにこれは認められないわよね?」
正式な判定を待っている間、私は気持ちを切らさない様にしながら、ふと彼に問いかけた。
「どうかな、おそらくだが黙認されるだろう……」
「そんな、馬鹿な、そんな滅茶苦茶が通る訳が……」
私がそう言いかけた時、ようやく協議が終わったのだろう
審判員がマイクを持って帰って来ると、会場に向かって説明を始めた。
「ただいまの中止について説明いたします、チーム【ダークプリンセス】側から、豊田選手の支援AIの調整について指摘があったのですが
大会本部と審議した結果、ルール上で禁止されていない以上、規定内という事で問題なしと判断し競技を続行します‼」
とりあえず中止という事は無くなり、観客も事情を把握できないまま、大歓声で試合続行を歓迎した。
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