天使と悪魔の共闘
会場の大画面に〈オンユアマーク〉の文字が大きく映し出され観客もその瞬間を今か、今かと息を殺して見守っている
そして開始を告げる審判員の右手が上がり、〈Ready〉の声と共に緊張感は最高潮に達する
そして審判委員がその右手を振り下ろすと大画面モニターに〈GO‼︎〉の文字が映し出され私を含めた競技者が一斉にキーボードを激しく叩きはじめた。
(さあ、始まりました【KOEG】団体戦の第三試合、注目の一戦です
まず先手を取るのはどちらか?各者一斉にキーボーを叩く激しい音がここまで聞こえてくるぞ〜
それはまるでピアノの連弾の様だ、美しき協奏曲を奏でるが如くカタカタという規則正しい音がこの闘技場に鳴り響く‼︎〉
この大会では演出上のものだろうが競技者のキーボードを打ち込む手の仕草やその音までも小型カメラや集音マイクで流されている
ここに出てくるような強者は誰もがその道の上級者である為、その動きはまさに〈目にも止まらぬ早さ〉といっても過言ではない。
この大会は世界各国へと中継されているので、この試合中継をリアルタイムで見ている人も少なくない
しかし見ている者のレベルや知識はそれぞれであり、非常に詳しい者から、何となく見ているという者まで様々である
だからこそ色々な視聴者に向けわかりやすく説明する意味も込めて実況者は必要不可欠なのである。
〈ここでこの試合をご覧になっている皆様におさらいをしておきましょう。
この【KOEG団体戦】というのは個人戦と異なり、各プレイヤーの役割というものがしっかりと決められております
三人のプレイヤーはそれぞれ前衛で攻撃担当する【アタッカー】、中盤で攻撃も防御もこなす【ミッドレンジャー】
そして後方で自陣を守る【ディフェンダー】のポジションに分かれております
その布陣は各チームの方針や適正に合わせ、最初から攻撃を二人、防御を一人とする攻撃型布陣
攻撃を一人にして防御に二人回す防御型布陣、そして状況に応じて【ミッドレンジャー】が攻撃に加わったり防御に回ったりする状況対応型布陣に分かれます
今回チーム【トラディション】が選択した戦術はチームリーダー三年生の若林くんがアタッカーのワントップ
二年生の後藤くん、山本くんが守備に回る防御型布陣を選択しました
大会屈指の攻撃力を誇る若林くんならば単独でも暗黒王子の牙城を崩せると判断したのでしょう。
対してチーム【ダークプリンセス】は個人戦の優勝者と準優勝者という両名がタッグを組んだ超強力チーム
しかしチームメンバーは何と二人‼︎この人数のハンデをどう乗り切るのか注目されています
したがって必然的に布陣はアタッカーとディフェンダーが一人ずつとなります
チームワークの結束力が勝利に導くのか?はたまた個人の力量がチームワークを蹂躙してしまうのか?今後の展開を占う上でも、見逃せません‼︎〉
興奮気味に話す実況者、それに連動する様に観客席からの大歓声が巻き起こり
それが我々競技者の背中にヒシヒシと伝わってくる。しかし対戦チームの思いとか観客達の望みとか私にとってはどうでもいいことである
考える事は一つ、ただただ前にいる敵を打ち倒し前進するのみだ。
〈さあ、早くも動きがあったぞ‼︎我らが【電脳姫】がチーム【トラディション】の第一ポイントを攻略
〈攻略完了〉のフラッグが立ち、第一ポイント付近の画面が赤く染まる‼
流石に速い、現役プレイヤー最速の呼び声は伊達じゃない、このまま一気に突っ走るのか‼︎
【トラディション】のディフェンダー二人の表情が苦悶に歪む。
二人がかりの懸命な防御も【電脳姫】の予想外のスピードに戸惑っているのか、なす術もなく攻略されていく
そうはさせじと必死で食い止めるべく踏ん張ってはいるが第二ポイントも陥落寸前、このまま一気に踏み躙られてしまうのか⁉︎〉
「くそっ、速い、何て速さだ‼︎」
「こんなのどうやって防げばいいんだよ、アレが俺達と同い年の女だと⁉︎」
私は持ち前のスピードを存分に発揮し攻略の手を緩めない、普段よりさらに攻撃型に設定調整した【マリー】もいい感じだ。
〈何と、【電脳姫】早くも第二ポイント攻略完了‼︎この速さは何だ⁉︎
【KOEG】のスピード違反、音速をも超えた攻撃になす術もないチーム【トラディション】
赤く染まった第二ポイントの旗がまるで血に染まっているようだ‼︎〉
「くそっ、何なのだ、あの女⁉︎」
「人間技じゃないぞ、何か不正でもしているんじゃないのか⁉︎」
私の攻撃の前に的外れな恨み言を口にする相手、そう、今の私は攻撃のみに集中できる分だけ絶好調と言ってもよかった
それは裏返せば後ろには結城蓮がいるという安心感であった。
〈早くも第二ポイントを攻略したチーム【ダークプリンセス】着実にリードを広げていくぞ
一方で攻める若林選手は中々第一ポイントを攻略できない
大会屈指の攻撃力を誇る【大宮の突貫小僧】も暗黒王子の前では手も足も出ないのか⁉︎〉
「この俺がまだ第一ポイントをクリアできないだと、馬鹿な⁉︎」
焦る若林選手の表情を見て愉悦に浸る結城蓮、その姿はまさに暗黒王子そのものであった。
「どうした、どうした?まだ第一ポイントすら攻略できないのか?後ろの後輩どもが涙目になっているぜ、クックック」
その邪悪とも言える笑みが大画面にアップで映し出されると、観客から一斉にブーイングが起こる。
〈どうした事でしょう、今観客席から一斉にブーイング、しかしそれも致し方ないことでしょう
この男の邪悪な笑みはもはや人間のものでは無い、人の苦しむ姿を見てそれを力に変えるという、まさに悪魔の所業
魔界の闇に引き摺り込まれもがく若林選手、この世に神はいないのか⁉︎
冷酷無比な暴君の前に敗れ去ってしまうのか‼︎、立ち上がれ若林、戦え若林、我ら人類のために目の前の悪魔を倒すのだ‼︎〉
どう見ても公平性に欠く、悪ノリ以外の何者でもない実況だと思うのだが、誰もこの実況を咎める者はいなかった
それどころか皆、喜んでこの実況を支持したのである、いつの間にか会場からは〈若林コール〉が起き
〈がんばれ大宮学園‼︎〉という声援もちらほら聞こえてきた、どうやら私たちは本格的に悪役として認識された様だ。
〈皆の声援を受け、ようやく第一ポイントを攻略した若林選手
しかし【電脳姫】はすでに第三ポイントの攻略を完了し、第四ポイントの攻略を始めているぞ‼︎
その獰猛かつ貪欲な激しさは正に肉食獣のそれであり、最強の捕食者として食物連鎖の頂点に立っている証拠なのか⁉︎
もはやその姿は最強の恐竜ティラノサウルスのごとし、凶悪で無慈悲な顎を大きく広げ全て食らいつくしていく‼
そんな最恐暴君【電脳姫】に対し、必死で守る【トラディション】のディフェンダー二人
しかし純白のドレスを身に纏った美しき猛獣はその喉元に容赦なく牙を突き立てる
その圧倒的な暴力の前に命乞いなど無意味なのでしょうか⁉
まるで〈貴様らは私の餌としての価値しかない〉と言っているようだ‼︎〉
実況のノリに観客のテンションも上がっていくのがわかる
だがこちらにしてみれば不快の一言である。何を勝手なこと言っているのよ
アイツの悪口ならいくら言ってもいいけれど、私にまでとばっちりが来るのは本当に迷惑だ
特にあの実況の男、調子に乗って言いたい放題、試合が終わったアイツの個人PCにウイルス送り込んでやろうかしら……
私がそんな事を考え少しイラついていると、その瞬間、突然私の顔が大画面のアップで映し出された
突然の事で少し戸惑ったが、これ以上誹謗中傷を受けるのも釈然としないので
私は仕方がなく愛想笑いと苦笑いを組み合わせたような微妙な笑みを浮かべると、観客席から何故か〈おお〜〉という歓声が上がった。
〈凶悪獣の微笑みに心癒される愚か者共が感嘆の声をあげる
かく言う私も激しく心を動かされました‼美しさは罪、この慈愛に満ちた笑顔の裏に死神の鎌を隠し持っている破壊の天使が今ここに降臨だ‼
この美しさのどこにこれほどの強さが隠されているのか【天は二物を与えず】という諺があるが
神よ、あなたはこの女性には何物を与えたもうたのか、生物の頂点に立った女帝、歩くカースド制度、神のエコ贔屓とでも言えばいいのでしょうか⁉︎
こんな彼女の攻撃を前にしてどうやっても止められない【トラディション】のディフェンダー達
もはや涙を飲んで受け入れるしかないのか⁉︎理不尽もここに極まれり
圧倒的な力と美貌を持つ天使の前に、もはやただの人間である我々には手を合わせ、受け入れる以外の選択肢はないのだろうか‼︎
そんな彼らにどんな言葉をかければいいのであろう。彼女の相棒AI【マリー】の名前は
マリー・アントワネットからつけられたと聞いています。
そんな彼女ならマリーの様にこう言う事でしょう、【才能が無いのなら私の靴を舐めればいいじゃない】と‼︎〉
興奮気味でまくしたてる実況に先ほど以上に盛り上がる観客達
これは私にとって風評被害の類だろうと思うのだが、何らかのハラスメントで訴えれば勝てるのではないだろうか?
〈さあ、第五ポイントを攻略した【電脳姫】、残るは本陣ただ一つ
このまま終わってしまうのか【トラディション】‼︎名門校の伝統と誇り、そして男の尊厳を賭けて守り切りたいところですが
そんな思いをあざ笑うかのように男共を踏み躙り、幾多の屍を乗り越えて天守閣への階段を駆け上がって行く【電脳姫】
その美しくも凛々しい姿は【現代の巴御前】とでも言えばいいのか
振り下ろされる刃はもはや攻撃ではなく、洗礼だとでも言うのでしょうか⁉︎
もはや彼女の前に抵抗など無意味なのか⁉しかし名門の意地にかけて必死に食い下がる【トラディション】のディフェンダー達
だが【トラディション】側のアタッカー、若林選手はまだ第二ポイントを攻略中
その差は歴然、ここから奇跡は起きるのか?神はこの世にいないのか‼︎〉
実況を聞いた若林選手は唇を噛み締め、二人の後輩に檄を飛ばす。
「耐えろ、何としても耐えるんだ‼︎」
しかしその声も虚しく、二人の後輩達は顔をくしゃくしゃにし、無念の表情で答える。
「すいません、無理です‼」
「申し訳ありません、若林先輩‼︎」
次の瞬間、【トラディション】の本陣が真っ赤に染まり、大画面に〈完全攻略 コングラッチレーション〉の文字が浮かぶ
大画面の両脇から派手な火花が上がり私達の勝ちを告げる声が響き渡った。
〈勝ったのはチーム【ダークプリンセス】‼︎やはり強かった、いや強すぎた〜‼︎
もはや人間では太刀打ちできないのだろうか、二人という人数的なハンデをものともせず
圧倒的な力で優勝候補の一角といわれたチーム【トラディション】をねじ伏せました
このまま個人戦同様、この二人が勝ち進んでしまうのか⁉
この二人による暗黒の恐怖政治は未来永劫続いてしまうのでしょうか?
それともそれに待ったをかける勇者チームが現れるのか、いて欲しいと思うのは私だけでしょうか⁉︎乞うご期待です‼︎〉
会場の興奮が冷めやらぬ中、試合を終えた私は天を見上げて大きく息を吐いた
やっと一戦終わっただけだが、個人戦より少し疲れた気がした
やはり二人を相手にしたのは脳にそれなりの負担を与えていたのかもしれない
私はもう一度〈ふう〉と大きく息を吐き、【マリー】の繋がっているUSBケーブルを引き抜いた。
「お疲れ、さすがだな」
後ろを振り向くと優しく微笑む結城蓮が立っていた。
「それほど疲れてはいないわ。それにして私達、思った以上に悪役扱いね」
「お前はまだマシだろ?俺なんかまるっきり悪魔扱いじゃねーか。あの実況者、俺に何の恨みがあるんだか」
ため息交じりに文句を言う結城蓮、その姿がどことなく可笑しく、思わず笑いそうになる。
「アンタに恨みを持っている人間なんて吐いて捨てるほどいると思うけれど」
「そりゃあ、お互い様だ」
私達はお互いの顔を見合わせて笑った、何だろう、個人戦で勝ち上がる充実感とは違う、何か別の心温まるような嬉しさを感じていた。
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