戦いの前に
「ところで、出場登録の際に私達のチーム名とかどうしたのよ?」
私はふと気になった事を聞いてみた。
「あ?そんなもん適当に付けた、何だったかな……忘れた、その紙に書いてあるだろ?」
私は言われるがまま、さっきの出場登録用紙のコピーに目を移す
するとそこに書いてあるチーム名を見て愕然としたのである。
「な、何よ、コレ……どうしてチーム名が【ダークプリンセス】になっているのよ⁉︎」
私が問いかけると彼は思い出したかのように〈お〜〉と声を上げ、説明を始めた。
「そうだ、そうだ、巷では俺が【ダークプリンス】と呼ばれていて、お前が【電脳姫】と呼ばれているだろ?
だから、その二つを合わせて【ダークプリンセス】にした、悪くないだろ?」
悪びれる事も無く、さも〈ナイスなネーミングだろ?〉と言わんばかりに言い放ったのだ。
「冗談じゃないわよ、コレじゃあ私だけが悪いイメージになっちゃうじゃない‼︎」
「【暗黒姫】の方が良かったか?」
「日本語か英語かの問題じゃないわよ、早く変更して‼︎」
「無理だ、もう提出済みだし今更変更できねーよ、大体名前なんか、どうでもいいじゃねーか」
結城蓮は頭をかきながら、面倒臭そうに答えた。
「良くないわよ。悪役レスラーじゃあるまいし、ワザワザ自分で悪い印象与えてどうするのよ、イメージってものがあるでしょう⁉︎」
「別にいいじゃん、それでも」
「どうしてよ?」
すると彼は冷徹な笑みを浮かべ静かに答えた。
「どうせ俺たちは嫌われ者だしな、ならトコトン悪役に徹するのも悪くねーだろ……」
確かに、主催者側にしてみれば建前上あれこれ理由をつけてはいるものの、この団体戦自体
〈個人戦がイマイチ盛り上がらないから〉という理由で急遽立ち上げたのは明白である
そしてその盛り上がらない原因を作ったのは紛れもなく私達なのだ。
「ハア、もういいわ……ところで何か作戦はあるの?」
もう怒るのさえ馬鹿馬鹿しくなってきた私は、ため息交じりに質問してみる。
「作戦か……目の前の敵をぶちのめす、それだけだ」
あまりにシンプル、そもそもそれは作戦と言えるモノではない、だが何故かしっくりきた。
「悪くないわね、いい作戦じゃない」
「だろ?」
私達は顔を見合わせ不敵に笑った。
しばらくすると団体戦の出場チームとそのメンバー、そしてトーナメントの対戦表が発表された
会場はざわつき、あちこちから色々な話をしているのが嫌でも耳に入って来る
中でも私たち【ダークプリンセス】は話題になっていた。
何しろ【KOEG】個人戦四年連続の優勝者と準優勝者がタッグを組んだのである
本来ならば優勝候補筆頭といわれて然るべきなのだが、二人で出場という事が更に波紋を呼んでいた。
「おい、いくら凄腕同士が組んだとはいえ、二人っていうのはどうなのだ?」
「マジかよ、あの二人が組んだのなら普通に優勝するんじゃね?」
「いやいや、いくら何でも二人じゃ無理だろ⁉︎」
皆それぞれの思惑と感想を述べている、色々と憶測が飛び交う中、結局は〈やってみないとわからない〉という身もフタも無い答えに落ち着いた様だ
私自身、話題の中心になっていることに悪い気はしなかった。
翌日、優勝予想の賭けのオッズが発表された、私達【ダークプリンス】は三番人気の6・4倍
やはり二人だけということが懸念されてのこの配当なのだろう。
私達より人気上位の2チームは個人戦上位入賞者が組んだ混成チームであった。
「ふ〜ん、三番人気か……まあ妥当なところかしら」
結城蓮と共にオッズが表記されている巨大モニターを見上げていると、横から舌打ちする音が聞こえてきた。
「ちっ、一番人気じゃねーのか、まあ、それはそれでオイシイけれど、な」
「オイシイって、どういうことよ?……って、まさかアンタ⁉︎」
「ああ、俺達の勝ちに全財産を賭けた、だから死ぬ気で頼むわ、お姫様」
結城蓮は真剣だか冗談だかわからないような口調で、嬉しそうに笑みを浮かべる。
「私達、未成年だから賭けは無理なはずじゃない、それに一体いくら賭けたのよ⁉︎」
まさかまさかの大金投入に、私は思わず問いかける。
「まあ、未成年でもやり方次第で賭けることはできるさ、その辺はチョコチョコっとな。
金額は、そうだな……サラリーマンの平均年収の二倍くらいかな?投資だと思えばそれほど大きな金額じゃないだろ」
あっけらかんと発したその言葉に、私は呆れて一瞬、言葉が出なかった。
「そんなリスクの大きい賭けにどれだけ大金注ぎ込んでいるのよ‼
そんなの投資でも何でもないわ、ただのギャンブルじゃない、いっそアンタを破産させる為にわざと負けようかしら」
私は彼の顔を覗き込む様に少し意地悪っぽく言ってみた。ここまでずっとコイツのペースで話が進みマウントを取られっぱなしだったので
ここで一つかましておかないと、どんどんコイツのペースに飲まれてしまう……と思ったからである
これは私にとっては精一杯の抵抗、反撃の狼煙なのだ。だが彼はそんな私をあざ笑うかのように言った。
「お前がそんなタマかよ、負けず嫌いの権化みたいな女のくせに。お前にはワザと負けるなんて事は絶対に出来ない、それこそ賭けてもいいぜ」
まるで私を見透かしているかのような発言、しかしぐうの音も出なかった、全くその通りだからである
私の渾身の反撃の狼煙は彼の一言により一瞬で鎮火されてしまった。
「うぐっ、し、仕方がないわね、全力で戦うわよ、もし負けても恨まないでよ」
「ああ、負けたらな……だが俺的には個人戦以上に負ける気はしねえ」
さりげなく発した彼のその言葉が嬉しくて心躍る自分がいた。
一方的にライバル視していた相手に自分が認められているという事がコレほど嬉しいのかと今更ながら再認識したのである
それと同時に自分のチョロさに腹が立った。もういい、こいつの言葉で一喜一憂している自分が馬鹿みたいに思える、もう試合に集中しよう。
「それにしても、俺達より人気上位のチームの奴らって、そんなに凄いのか?どいつもこいつも全然覚えていないけど」
「個人戦の成績上位者達が組んでいるのだし、事前に団体戦の模擬戦とかもしているみたいよ、団体戦はチームワークも必要だろうし……」
「でもよ、個人戦の成績上位者達って事は、俺かお前に負けているって事だろ?
正直歯応えのあった奴なんかいなかったぞ、誰一人まるで覚えちゃいねえ」
他のチームの事などまるで眼中にないという態度の結城蓮。
この不遜とも言える自信が彼の強さの一つなのだろうとは思うが、昔から〈油断大敵〉という格言もある
相手を舐めてかかって敗北し、歴史から消えて行った人物の何と多いことか。ここは引き締めの意味も込めて、一つ釘を刺しておいた方がいいだろう。
「アンタねえ、それでも誰か一人ぐらいは覚えているでしょう?油断大敵って言葉、知っている?」
すると彼はニヤニヤとした笑みを浮かべ、こちらを見てきた。
「そういえば一人だけよく覚えているぜ、いつも猪みたいに突っ込んでくる女がいたな、そいつだけは油断ならねえと思っているぜ」
「それは誰の事を言っているのかしら?事と次第によっては電撃解散もあり得るけれど」
私は精一杯怒りを抑え作り笑顔で対応した。花も恥じらううら若き乙女に向かって猪とは何事か⁉︎返答次第では暴力すらも辞さない覚悟であった。
「まあ、その油断ならねえ女が今じゃ心強い味方だ、だから大船に乗った気でいる
俺とお前が組んで他の雑魚どもになんか負けるかよ、絶対優勝するぞ」
私の怒りは今の一言で簡単に吹き飛ぶ、こんな自分は心底嫌だと思うのだが何故か不思議な心地良さを感じている
それが何なのか、その時の私にはわからなかった。
私の心は大波に揺られる小舟の様に激しく揺れ動き、一喜一憂、紆余曲折しながら平常心を取り戻そうと必死であった
だがそんな事情を大会側が考慮してくれるはずもなく、遂に運命の団体戦が始まった
個人戦以上にド派手な演出とテンションの高い実況に会場は熱気に包まれ、観客も大いに盛り上がっていた。
そしていよいよ我々、チーム【ダークプリンセス】のデビュー戦である
私達が出場するのは第三試合、相手は埼玉県の代表を中心とするとする同じ高校のメンバーで構成されたチームである。
「さあ行くわよ、心の準備は大丈夫?」
「誰に向かって言っている、さあ、軽くぶちのめすぞ‼」
私達が会場に姿を見せると、歓声もより一層大きなものへと変わり、観客の興奮は最高潮を迎えたのである。
〈さあ、一回戦もいよいよ第三試合を迎え観客席も興奮のるつぼと化しております
何故なら次の第三試合は一回戦屈指の好カード、今回開催されたこの【KOEG団体戦】の中でも
最も注目されているチームと言っても過言ではないでしょう
そんなチーム【ダークプリンセス】のメンバーを紹介します。まずは【電脳姫】の異名を持ち、中学二年生にて天才と呼ばれた少女、高垣凛‼︎
四年連続【KOEG】個人戦準優勝の実績を引っ提げてこの団体戦に乗り込んできました
その美しくも恐ろしい電脳の女神が、ここ【KOEG】団体戦会場という名の高天原に降臨
これまでその神々しくも圧倒的な力で男どもを跪かせてきましたが
今回もどれほどの男どもが彼女の前に平伏し、崇め奉ることになるのか注目です‼︎〉
私に対する選手紹介はかなり歪んでいるというか、意味不明な内容であった
正直言わせてもらえれば、〈何この実況、馬鹿じゃないの?〉というのが偽らざる感想である
観客を盛り上げるためとはいえ、悪ノリが過ぎないかしら……
私はそんな不満を感じつつ、ふと横を見ると結城蓮は肩を震わせ、今にも吹き出しそうな顔をしていた。
「中々的確な実況じゃねーか、頼むぜ、美しくも神々しい女神様」
心底面白がっている彼の態度に私の眉は吊り上がる。
「アンタ、私の事を馬鹿にしているでしょう、いい加減にしないと、ぶっ飛ばすわよ」
結城蓮は〈おお怖い〉とばかりに首をすぼめる、しかし悪ノリの実況はまだまだ続く。
〈そしてチーム【ダークプリンセス】のリーダーはこの人
【KOEG】個人戦四年連続チャンピオン、〈ダークプリンス〉の異名を持つ結城蓮‼︎
個人戦で不動の安定政権を築いた絶対王者は、ついに団体戦にまで勢力を伸ばし、その支配下に納めようと画策する
個人で最強はチームでも最強なのか?それを証明するため
再び【KOEG】の世界にて恐怖政治を行おうと企む冷酷無比な暴君が、今、魔界から召喚されました‼︎〉
この実況に観客席からは歓声とブーイングが入り混じった凄まじい大歓声が巻き起こり会場が揺れている様な錯覚さえ覚えた
嫌でも耳に入って来る大音量で耳が痛くなりそうだ、だが当の結城蓮は複雑な表情を浮かべ、やや戸惑っているようにすら見えた。
「えらい言われ様だな、悪役になるだろうとはある程度覚悟していたが、これはいくら何でも……って、おい、お前、なに笑っているんだよ」
「だって……アンタ福岡じゃなくて魔界から来たんだ?……プッ、ちょっとこっち見ないで、笑えて戦いの前に気合が削がれるから」
私は笑いを堪えるので必死だった、気合が削がれてしまったのは事実だが
逆にリラックスできたのでプラスマイナスゼロといったところか。
〈その【ダークプリンセス】に対抗するのはこのチーム【トラディション】
埼玉県立大宮学園の生徒達で構成された三人です
第一回【KOEG】王者、雨宮宗一郎をはじめ、数多くの優勝者、準優勝者を輩出してきた超名門校
埼玉県予選を勝ち抜くよりもこの学校の代表に選出されることの方が難しいと言われる伝統校です
しかしそんな名門校もここ四年間は入賞止まりに終わっています、その原因を作ったのが目の前にいる二人なのです
個人戦で【電脳姫】と【暗黒王子】の前に苦渋を舐めさせられてきた伝統校がまたとないリベンジの機会を得たのです
チームリーダーは【大宮の突貫小僧】の異名を取る若林輝‼︎
個人戦では三回戦で【電脳姫】の前に惜しくも敗れましたが、その攻撃力とスピードは大会屈指と言われております
メンバーも同じ学校の生徒だけにチームワークではどのチームにも負けないと豪語する若林くん
個の力が強いチームが勝つのか?それともチームの結束力が勝敗を分けるのか?色々な意味で注目の対戦となっております‼︎〉
この悪ノリのテンションには正直付いて行けないが、実況の言っていることはあながち間違いではなかった
個人的な力であれば私達が圧倒しているだろう。しかしこれは団体戦、しかも私達は一人少ないのだ
それを考慮したのか、戦前予想では我々が三番人気の6・7倍に対し、相手は四番人気の8・4倍
この試合は今後の行く末を占う一線といっても過言ではないだろう。
私は手に持っている相棒の【マリー】をぎゅっと握りしめ、小さな声でつぶやいた。
「今日も頼むわよ、マリー」
支援型のAIは手のひらサイズの平らな長方形、昔のスマホと呼ばれるデバイスと大きさも形も酷似している
それを本体のPCにUSBケーブルで接続すると赤いランプが点灯する、それはまるで〈いつでも準備OKよ〉と語りかけてくれているようだ
今回の団体戦に応じて相棒の【マリー】も少し調整を加えた。
普段は個人戦だけに、守備も攻撃も一人でやらなければいけない為、そういった設定にしているのだが
今回は団体戦、私は攻撃に専念できる為、調整も自然とより攻撃的へとシフトした
ただでさえ攻撃重視の設定にしてあるのに、今では〈超攻撃特化型〉という尖った仕様にしてある
調整の設定には少し時間がかかるので昨日の個人戦終了後、自宅に戻り慌てて行った
全ての調整が終わったのは深夜というより朝方だった、おかげでやや寝不足である
しかし防御を無視して暴れ回れるのだから私も【マリー】もまさに水を得た魚、といったところである。
「よし、こっちも行くぜ、【アビゲイル】‼︎」
結城蓮が私と同様、支援型AIをPCに接続し、相棒に向かって話しかけている
彼の相棒は【アビゲイル】、今回の団体戦の為に私と同様、防御重視の仕様に変更してある。
【アビゲイル】という名前の由来は、十七世紀のアメリカで起きた〈史上最悪の魔女裁判〉と呼ばれている
【セイラム魔女裁判】の原因を作った少女、アビゲイル・ウィリアムスから付けたらしい
このアビゲイルという少女は若干十二歳であるにもかかわらず、村の人間を次々と〈コイツは魔女だ‼︎〉と告発し
裁判にかけさせ、何人もの人間を刑務所送りや処刑に追い込んだという恐るべき少女である
なぜそんな子から名前を取ったのかは知らないが、いかにも彼らしい、悪趣味極まりないネーミングセンスだ。
いよいよ試合開始が近づき、嫌でも緊張感が高まる、会場の観客は息を飲んで試合開始の合図を待っていた
この程よい緊張感は最近の個人戦では味わえないでいた、久しぶりの感覚を味わえることがどこか嬉しかった。
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