ホワイトナイト
「どうしたの、凜?元気ないね?」
「うん、ちょっとね……」
翌日の朝、【マチコン】の結果がどうなったのか、興味津々という顔で私に近づいて来た葵だったが、私の尋常ならざる態度に、何かを感じてくれた様だ。
「昨日の【マチコン】上手くいかなかったの?」
「まあね、相手があまり好みのタイプじゃなかったのよ」
さすがに相手があの〈結城蓮〉だとは言い出せず、破談?になったと伝えるしかなかった。
「そう、じゃあしょうがないね、でも今回ダメでも次があるじゃん
このシステムの良い所は一人ダメでも次々と違う相手を紹介してくれるところだからね、ドンマイ‼」
葵は私を元気付けようと明るく言い放ち、手のひらで私の背中を思い切り叩いた
バチンという乾いた音が教室に鳴り響き、周りの生徒が思わず振り向いたほどだ。いつもならば
〈痛いじゃない、力加減というモノを考えるといつも言っているでしょう‼〉と返すのだが
今日はそんな気にもなれなかったのだ。
「ねえ、凛、本当に大丈夫?」
付き合いが長い葵にはわかってしまったのだろう、私のいつもと違う反応に違和感を覚えた様だ。本当に心配そうな目で私の顔を覗き込んできたのだ。
「本当に大丈夫よ、少し体調が悪いだけ……」
私は無理矢理体調のせいにしてその場をやり過ごした。
昨日葵には〈何でも正直に話す〉と約束したけれど
さすがに相手があの〈結城蓮〉で違法のハッキングによって私と組わせたとは言えない為、胸の内にしまう事にした。
守らなかった彼との約束……それは一年前に遡る
【KOEG】の大会では中二の時から数えて三年連続決勝で彼に破れ、今年こそはと挑んだ大会だった
私は鼻息も荒く雪辱に燃えていた。だがそんな私の気持ちとは裏腹に大会自体はやや盛り上がりに欠けていた
何故なら一年目こそ〈中学二年生対決〉という事で盛り上がったのだが
決勝戦のカードが三年連続同じメンツともなるとさすがにマンネリ化が否めず、賭けの対象としても固すぎて売り上げが下がっていたのである
そして四年目も下馬評では私と彼の力が圧倒的に抜けており、このままでは四年連続で同じ結果になる事が予想された
私は東地区の第二シード、彼は西地区の第一シードなのでトーナメント的に必ず決勝でしか当たらない
このままでは大会自体がドンドン衰退してしまうと考えた大会側はその年から新たな種目を加えた、それが【KOEG団体戦】である。
本来個人戦の【KOEG】を三人一組として、三対三で争う大会だ
この団体戦には予選は無く、出場資格はただ一つ、〈メンバー内に【KOEG】個人戦の出場経験者がいる事〉というモノだ
だから大会出場者を中心に学校の仲間とチームを組む者や、学校、地域の枠を超えその場限りの混成チームを作る者など
各自それぞれの想いを胸に挑んでいた。コレは〈個人戦だと順当すぎて盛り上がらない〉と危惧した大会側が
苦肉の策で開催したモノだが、見ている者達にとっては新鮮で、何より結果がわからないという点で盛り上がった。
もちろん私は団体戦に興味など無い、私の目的はただ一つ〈結城蓮に勝つ事〉それだけだったからだ
そして彼も人とはあまりつるむことは無く、孤高の人間として知られていたので団体戦には出場しないだろうと私を含め、誰もが思っていた。
個人戦が終わり、私はまたもや結城蓮の前に苦汁をなめる結果となった
表彰式も終わり、四度目の準優勝の盾を持ちながら悔しさを噛みしめ、家に帰ろうとした時である。
「ちょっといいか?」
不意に後ろから呼び止められ思わず振り向くと、声を掛けて来たの何と結城蓮本人だった
彼の方から私に声を掛けてきたのである。四年間も戦ってきたがこんな事は初めてであり、私は驚きを隠せなかった
しかし負けた直後、まだ心の整理がついていない時に負かした張本人からの呼びかけ。それに素直に応じられる程、私は大人では無かった。
「何よ、私に何か用?それとも自慢話でもしに来た訳?」
私は敵意全開で激しく睨みつけ、目一杯トゲのある言い方で返した。
「おいおい、試合は終わったのだから、そこまで嫌わなくてもいいだろう。狂犬か、お前は?」
「うっさいわね、何が言いたいのよ、喧嘩売りに来たの⁉」
「違うよ、おっかない女だな、実はお前に話があってだな……」
結城漣の言葉に私は眉をひそめた。
「私に話?一体何よ、今回の敗因でも教えてくれるの⁉」
私にはコイツの終始余裕の態度がとにかく癇に障るのだ。こちらは必死で向かっているのにまるで子供を察すかのようなその態度
話しているだけで段々と腹が立ってくる。
「いいから少し落ち着け、明日【KOEG団体戦】があるだろう、それに出ないか?」
「はあ?」
言っている意味が分からなかった、団体戦など最初から全く興味はなかったし
そもそも一緒に戦うチームメイトもいないので出場登録もしていない
コイツも団体戦には興味が無いだろうと思っていたので、少し意外だった。
「私、団体戦には出ないわよ、そもそもチームメイトがいないし出場登録もしていないわ。そんなのでどうやって出るのよ?」
この質問は当然である、というかコイツは何が言いたいのか、私にはサッパリわからない。
「大丈夫だ、チームメイトならばいるし。登録もしてある」
「だから、それはアンタの話でしょ?私はチームメンバーもいないし出場登録もしていないって言っているの
何でそんなことがわからないのよ、頭おかしいんじゃない⁉」
私は散々彼を罵倒し吐き捨てる様に言い放つと、そのまま背を向け立ち去ろうとした
なぜ彼が私に話しかけてきたのかはわからない。
だがもしそれが、同情とか、哀れみ、気遣いという類のモノだったらと思うと私の自尊心が許さなかった。
〈もうこれ以上惨めな思いはたくさんだ〉という思いが頭の中を駆け巡る
コイツと話していると悔し涙がにじみ出てきそうだからだ
でも宿敵の前で涙を見せるなど私のプライドが許さない、コイツに泣き顔を見られるぐらいなら裸を見られた方がまだマシだと思えた
負けず嫌いもここまでいくとただの病気である。そんな事はわかっている、頭では理解している
しかしわかっていても変えられないのが私という人間なのだ、全く愚かさもここに極まれりといったところか。
「最後まで話を聞け、お前は俺と組んで団体戦に出るんだ‼」
彼の言葉に思わず振り向く。
「はあ?何を言って……」
「だから何度も言わすな、俺とお前でチームを組んで出場するんだよ。ホレ、出場登録は俺がやっておいた」
結城蓮は私に見せつける様に一枚の紙を差し出した。私はそれを奪い取る様に手に取るとそこに書かれている内容をマジマジと見つめる
それはまごう事なき出場登録用紙のコピーであった。しかもご丁寧に私の名前まで書かれているのである、私は我が目を疑った。
「何よ、コレ……私、こんなの書いた覚えは無いけど……」
「そりゃあそうだ、俺が書いたのだからな」
〈それが何か?〉とでもいう様な口調で、あっけらかんと言い放つ結城蓮
私は一瞬唖然として言葉を失うがハッと我に返り、思わず彼の胸ぐらを掴み激しく詰め寄った。
「何勝手なことしているのよ‼アンタ頭おかしいんじゃないの⁉」
「だって、こうでもしなくちゃ、お前、出てくれねーだろ?」
「出る、出ない以前に人間としてやっていい事と悪い事の区別がつかないの⁉」
訳がわからなかった、何故だかわからないがコイツは団体戦に興味があるらしい
でもなぜ私と?しかも本人の承諾なしで勝手にエントリーとか意味不明もいい所だ
混乱する頭で必死に考えてみたが、どうしてもわからなかった。だからこそ何故こんな事をしたのか、聞く必要があった。
「どうしても団体戦に出たかった、だからお前をメンバーに加えて出る事にした、それだけだ」
「説明になっていないわよ、そもそもどうして私なのよ⁉団体戦に出たければ他の人を誘えばいいじゃない
勝手にエントリーとか、何を考えて……」
私がそう言いかけた時、彼は顔をグッと知被けてきて真剣な表情で語り始めたのだ。
「お前しかいないんだよ‼」
「は?な、何を言って……」
「だから、俺がチームとして組んでもいいと思える人間はお前しかいないんだ、それぐらいわかれよ‼」
〈わかれ〉と言われてもそんなのわかる訳がない。しかも男子からこれ程真剣に〈お前しかいない〉とか
まるで愛の告白である、だが私の心は激しく揺さぶられた。
この男に勝ちたくて、勝ちたくて、どんなに必死に頑張っても、どうしても届かない相手
それがこの目の前に居る結城蓮という男だったからだ。
しかしこちらが一方的にライバル視しているだけで、もしかしたら彼にとって
私など取るに足らない相手だと思われているのではないだろうか?という思いがずっと頭の片隅にあった
だから彼に同等の人間と認めてもらっているというこの告白はある意味私の心を激しく揺さぶった、嬉しかった
先程までの悔しい気持ちは何処かに吹き飛び、飛び上がりたくなるほど嬉しかったのである
我ながら何というチョロさだろう。だがこの男にそれを知られる訳にはいかない
間違っても私が喜んでいるとか悟らせてはいけないのだ
私は思わずニヤケそうになる顔を必死で隠し、視線を合わせない様にプイっと横を向くと、精一杯平静を装って問いかけた。
「ど、どうしてそこまで団体戦にこだわるのよ。こう言っては何だけど、団体戦は大会を盛り上げる為だけのいわばオマケでしょ?
名声とか賞金とか個人戦に比べればずっと小さいし、個人戦王者の貴方がそれにこだわる理由がわからないわ」
個人戦の絶対王者である彼がそこまで団体戦にこだわる理由が全くわからなかった
それ故に純粋に疑問をぶつけてみたのだが、結城蓮はヤレヤレとばかりにため息交じりに答える。
「名声とか賞金とか、そんなモノはどうでもいいだろう?お前そんなモノの為に大会に出ていたのか?」
「それは違うけれど……」
ここで〈アンタに勝つために出ているの、決まっているでしょう‼〉とは言えなかった。
「俺も団体戦には興味なかったのだが、実は面白い情報を耳にしてな」
彼はいつもの薄ら笑いを浮かべ、意味深な口調で話し始めた。
「面白い情報?一体何よ」
「この団体戦の優勝チームはエキジビションマッチとして【ホワイトナイト】と戦えるんだ」
「うそ、それ本当?」
私は思わず彼の顔を見て聞き返した。【ホワイトナイト】とは
この【KOEG】の主催企業である【サイバーテクノロジー社】が誇る〈ホワイトハッカー〉達の事だ
〈ホワイトハッカー〉とは、サイバー犯罪への対処など、知識や技術を善良な目的の為に利用する者達の事であり
IT関連の技術を駆使し不正アクセスやプログラムの破壊を目的とした〈ブラックハッカー〉、いわゆる〈クラッカー〉と呼ばれる人間達とは対極にいる者達の事である。
「嘘じゃない、普段あまり表に出てこない【ホワイトナイト】共がこんな表舞台に出てくるんだ
こんな機会はめったにないだろう、戦ってみたいとは思わないか?」
彼は目をギラつかせ嬉しそうに語った。私も思わず息を飲む
【サイバーテクノロジー社】の誇る【ホワイトナイト】とは各国から好待遇でスカウトして来た凄腕のハッカー集団である
中でもブルクハルト・ハイネマン、李明星、雨宮宗一郎の三人はとくに有名で
〈女神アウクソーを守る三人の白き騎士〉という意味を込めて【ホワイトナイト】と呼ばれているのである。
「でも、団体戦には三人必要でしょ?もう一人はどうするのよ」
「そんなのはいねーよ」
「は?いないって、どういう……」
「だ・か・ら 俺達二人だけで戦うの、そもそも同世代で俺達レベルの人間が三人もいるかよ
無理矢理低レベルの奴を加えたところで足手まといにしかならないし、居るだけ邪魔だ。
ボンクラ共が相手ならちょうどいいハンデだろ」
結城蓮は不敵に笑った。何という自信、不遜とも思える発言だが彼にはそう言えるだけの実力がある。
そんな彼に私が同列として認識されているのが嬉しかった、誇らしくすら感じた
それに今迄、倒すべき目標としてし見ていた結城蓮と一プレイヤーとして共に戦ってみたいという思いはあった。
そして世界最高峰といわれる【ホワイトナイト】の力がどれ程のモノなのか
今の私の力ででどれ程通用するのか、この身で確かめてみたいという願望は私にもある
そう考えるとこの男の誘いを断る理由は何処にもなかった。
「わかったわ、その話、乗ってあげる」
私の返事に彼は思わずニヤリと口元を緩めた。
「そう来なくちゃな、面白くなってきたぜ」
こうして私は宿敵ともいえる結城蓮と一時的とはいえ共闘することになったのである。
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