運命の不倶戴天
そしていよいよ私の【マチコン】の日となった。
複雑な思いの中で足取りも重く、【マチコン】専用の視聴覚室へと向かう。
今の高校には必ずこの【マチコン専用部屋】というモノが設置されており、個人情報が漏れない様に完全防音された個室の小部屋で行われている
その質素な小部屋はまるで教会の懺悔室の様だと聞いている。
その日の授業が終わった放課後に私は一人その部屋への前へとたどり着いた
校舎の外から他の生徒の声が聞こえる中で、そっと部屋に入るとそこは物音一つしない静まり返った室内
壁には窓も何もない、白い壁に覆われた三畳ばかりの狭い空間の正面に大型モニターが設置されており
このディスプレイで相手とオンライン対話をするのだろう。
異性との恋愛を推奨するシステムだというのにこの部屋には浮ついた空気や華やかさなど微塵も感じられない。
さすが日本政府が主導し学校という教育機関で行われるシステムだけあって必要以上のモノは省いているのだろう
モニターの手前には【マチコン】の手順が書いてある張り紙がしてあるがこんな物を読まなくても複雑な操作は皆無だ
私はそそくさと椅子に座り設置してあるパソコンの電源を入れると、ウィーンというPC特有の軌道音が鳴り響く
そしてすぐさま〈本人確認〉の為の入力画面へと切り替わった。
タッチパネルに、自分の名前と生年月日、そして国民ナンバーを入力
その後、声による声紋認証と眼球による虹彩照合を経てようやく準備完了である、さすがに最高レベルのプライベート情報だけに、セキュリティもかなり厳重だ。
モニターに〈しばらくお待ちください〉の文字が現れ、私は椅子に座ったまま相手が映るのを待った
その時気が付いたがどうやら私は思いのほか緊張している様だ、胸がドキドキして知らない内に手に汗をかいていた
【KOEG】のような大舞台を経験していても、今回の様な出来事とは全く勝手が違う様だ
心なしか喉も渇いてきて待っている間がやけに長く感じた。
時間にして一分半ぐらいだったろう。待っている間、私は葵の指導の元?初対面時にどう話すかを頭の中で反復シミュレーションしていた。
「え~っと、まず挨拶から自己紹介をして、さりげなく相手の事を聞き出す
最初は出身地から聞いて、それから趣味とか好きなモノとかを聞くのだったっけ?相手の人は私の事を知っているのかな?
でも〈私の事、知っています?〉と聞くのも自意識過剰と思われそうだし……
あ~何か、余計に緊張してきた、初対面の男子といきなり意気投合するとか葵のコミュ力凄いな
葵は〈ありのままの自分を出せばいいよ〉と言っていたけれど、私、男子と普通に話すとか絶対に無理だよ……」
すると画面が切り替わり、相手の男性との通信がつながった。私は目一杯の作り笑いと頭の中で構築した
定型文を読み上げようとした、その時である、私の口から出た第一声は……
「げっ‼」
今迄考えていたことが全て頭から吹き飛んだ、可愛さ、女らしさを微塵も感じさせない一言
あまりの事態に頭が真っ白になり思わず言葉を失ってしまったのだ。
〈おいおい、いきなり(げっ‼)は無いだろう、どんな挨拶だよ〉
「うるさいわね、どうしたアンタが私の相手なのよ⁉」
〈一応、俺の事は覚えていてくれたみたいだな〉
モニター越しの彼は意味深な笑みを浮かべてそう言った。
忘れるはずもない。そう、忘れた事など無い。
察しのいい方々にはもうお分かりだと思いますが、私の相手として画面に映し出された人物とは
【KOEG】五連覇中の絶対王者。【ダークプリンス】の異名を持ち私に人生最大の屈辱を与えた男、結城蓮であった。
「いいから答えなさい、どうしてアンタが私の相手として選ばれているのよ‼」
〈そんな事、俺が知るかよ。奇跡的な偶然、運命の再会ってやつじゃないの?〉
「そんな訳無いでしょうが⁉アンタと恋人になるぐらいなら、その辺の野良犬と一緒になった方がマシよ‼」
〈今時、野良犬って。運命の赤い糸に導かれて迎えに来た白馬の王子様に向かって、それはいすぎじゃね?〉
「アンタと私のどこに赤い糸が結ばれているのよ、おかしなこと言うとぶっ飛ばすわよ‼」
〈ぶっ飛ばすって、福岡まで来てくれるのか?それならそれで歓迎するけど〉
「アンタが来るのよ、リニアで来れば一時間で来られるでしょうが‼」
〈ぶっ飛ばされる為にワザワザ東京まで行くのか?どこのマゾだよ。
しかも白馬じゃなくリニアに乗って行く王子様とか意味不明だろ〉
「誰が白馬の王子様よ、アンタは私にとってそんな上等なモノじゃない、不倶戴天の敵よ‼」
興奮気味にまくしたてる私とは対照的に、終始余裕の笑みを浮かべながら淡々と話す結城蓮。その余裕のニヤケ顔が私を更に苛立たせた。
「いくら今が少子化の影響で対象となる学生の数が少ないとはいえこんな偶然ある訳ないでしょう‼
大体アンタ、私が相手だと知っても全然驚いていないじゃない、どういう事か説明しなさいよ‼」
〈さすがに鋭いな、確かにこれは偶然じゃない、運命ではなく必然だ〉
「そんな抽象的な言い回しはいいから、どういうことか説明を……って、アンタまさか?」
私が何かに気が付いたそぶりを見せると、結城蓮は画面の向こうでウインクしながら口に人差し指を当て
〈それ以上喋らないで〉という仕草をした。間違いない、コイツ【マチコン】システムにハッキングを掛けて私とのマッチングを組ませたのだ……
なんというヤツだ。一歩間違えば、いやこれは間違いなく犯罪である。
その事を悟った私が呆然としていると、結城蓮は嬉しそうに話しかけてきた。
〈相変わらず、察しが良くて助かるよ〉
「アンタ、自分のやった事がわかっているの?大体私の個人IDをどうやって知ったのよ⁉」
〈ああ、それか、三日前にネットで面白いスレッドを見つけて、それで、チョチョッとね〉
「まさか……私のファイアウォールを破ったの⁉」
〈中々堅固な障壁だったけれど、俺に破れないファイアウォールはない、知っているだろう?〉
そうだ、【KOEG】の時でも、私が築いた鉄壁の障壁をコイツだけは難なく突破して来るのだ
過去の苦い思い出が蘇って来る、私は思わず画面の【キャンセル】ボタンをタッチし、強制終了をしようとした。
〈ちょっと待った‼〉
そんな私の行動に慌てて待ったをかける結城蓮。
「何よ、アンタと話す事なんか、もう無いわ」
〈相変わらず短気な女だな、少し落ち着けって〉
「落ち着いているわよ、落ち着いているからアンタの顔を見てムカついているんじゃない‼」
〈相変わらず、言っている事が滅茶苦茶だな。中二の時から全然成長がないな、お前は〉
「切るわよ」
〈スマンスマン、思わず本音が出ちまった〉
「謝罪の意味を知らない様ね。さようなら、もう二度と会う事も無いでしょう」
私が【強制終了】のボタンをタッチしようとすると、再び画面から声が聞こえてきた。
〈ちょっと待った、もう一度だけ会えないか?〉
どことなく切羽詰まったその物言いは結城蓮らしからぬセリフであったが、向こうの意図などどうでもいい
只々不快だった私はその言葉に聞く耳を持つことも無く、やや呆れ気味に答えた。
「この話の流れでどうしてそんな言葉が出て来るのかしら?普通人にものを頼むときはもう少し謙虚な姿勢を見せるのではなくって?
そもそもなぜ私が貴方に会わなきゃいけないのよ。脳に
ウイルスでも回っているの?」
〈今年、お前は約束を破った……〉
結城蓮は珍しく神妙な面持ちで語り掛けてきた、その一言が私の胸に突き刺さる。
「約束って……そ、そんなのアンタが一方的に言っていただけじゃない」
〈でも俺は信じていた、お前を待っていた、でもお前は来なかった……〉
「だから、私は約束していないと言ったじゃない、一方的な押し付けを約束とは言わないわ」
そういいながら私は思わず目を逸らした。確かにコイツが一方的に押し付けてきた約束ではあるのだが
私はその約束を守らなかった。その後ろめたさが私の心を苛む。私は結城蓮からの約束から逃げた、そう逃げたのである……
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