貴方と共に
出所決まってからというもの、どこから聞いたのか知らないが数々の人間が私に面会に来た
それは〈大企業〉と呼ばれる会社の者達による採用の勧誘、早い話がスカウトである。
様々な企業が私に条件を提示し勧誘してきた、しかもその内容は目を疑う程の好待遇だったのである
給料は勿論の事、多額の契約金に加え出所してからすぐに住めるように高級マンションの一室を提供するとか
高級車やブランド品一式、リゾート地の別荘をプレゼントするというモノまであったのだ
コレは高校時代に企業に勧誘された時より遥かに好待遇だ
これならば父の生涯年収を五年待たずに稼げてしまうだろう
そして一番驚いたのはあの【サイバーテクノロジー社】からもスカウトが来たのである
しかもスカウトとして私に会いに来たのはあの雨宮宗一郎
【KOEG】の団体戦の時と例の一夜の時に高い壁として私の前に立ちはだかった【ホワイトナイト】の一人である。
「やあ、初めまして……ではないよね、高垣凛さん」
雨宮宗一郎はフレンドリーな口調で語り掛けてきた。
「今日はどうしても君をスカウトしたくて僕が来た、君にとっては招かれざる客だったかな?」
「いえ、そんな事は……」
私はどう答えていいのかわからず、言葉を濁した。話を聞くと今の雨宮宗一郎は前線を退き後進の育成と【サイバーテクノロジー社】の経営にも携わっている様だ。
「こんないい方は変だけれど君のおかげで会社の上層部にいた一部の良からぬ幹部たちを一掃出来た
皮肉ではなくその点は本当に感謝している。一時期は経営も危なかったけれど今では立て直して以前と同等以上の業績は上げているんだ
君をこんな所に閉じ込めた張本人である僕が言うのもおかしいけれどね
だからこそ君にはその恩返しがしたい。だから君の力を我が社に貸してくれないか?
他の企業が提示したモノより確実に好条件を提供しよう、僕の権限が許す限りの待遇と要望は飲む、どうだろうか?」
私にとって天敵ともいえる人物からの思わぬ提案、だが雨宮宗一郎を含め【ホワイトナイト】の人達に特に恨みがある訳ではない
彼らは幹部の陰謀を知らなかったのだし自分達の仕事をしただけなのだから……
雨宮宗一郎の提示してくれた条件は常識で考えれば悪くないどころか夢のような話である
だがどうしても心の中に釈然としないモノがあった、それが何かはわからない。論理ではない感情的なモノなのだろう
だから返事をすることにためらいを覚え躊躇してしまう。そんな私の様子を察してくれたのだろう、彼は目を閉じ静かに話し始めた。
「すぐに返事をくれとは言わない、一生の事だからね、でも僕は……いや、我が【サイバーテクノロジー社】は貴方が来てくれるのをいつまでもお待ちしています
いつでもいいですから我が社に来る気になったか、他の企業に行く事に決めたらこちらに連絡ください、お待ちしていますよ、では」
雨宮宗一郎はそう言って軽く頭を下げた後こちら側のモニターに名刺を送りそのまま席を立ち、連れていた部下と共に帰って行った。
結局私は就職先をどこにするのか決めかねたまま出所の日を迎えた
他の受刑者には挨拶を済ませ最後の挨拶と手続きを済ませる為に所長室へと呼ばれた。
「いよいよ出所の日になったね、長い間ご苦労様だった。刑務作業とはいえよく頑張ってくれた
君のおかげでこの刑務所の技術レベルは著しく向上したし、君の懲役231年を12年に縮めたという実績は
〈自分も頑張れば刑期が短くなるんだ〉という受刑者の励みになるはずだ
本施設の所長として感謝する。君は元々罪を犯す様な人間ではないからもうここに戻ってくることは無いだろう
これからの長い人生、精一杯頑張ってくれ、以上だ」
最後は何処か温かみのある言葉で送り出してくれた伊藤所長。もしかしたら本当は優しい人なのかもしれない。
「長い間、お世話になりました」
私は深々と頭を下げ最後の挨拶を済ませる、そして用意されていた着替えとある程度のお金を手渡された。
「言い忘れていたが、手続きの関係で君のUSDがまだ届いていないんだ
二日後には届く予定だから届け先の住所を送ってくれるか、二日後にもう一度ここに取りに来てくれないか」
「わかりました、では」
こうして私は十二年ぶりに外に出た。暖かい日差しに肌を撫でる風、周りを見回すと桜並木が続いており、満開に咲き誇る桜が風に乗ってピンク色の花びらを散らせていた。
「うわあ、桜だ……本物の桜を見るなんて十二年ぶりか……」
肩に舞い落ちる桜の花びらを見て思わず頬が緩む。刑務所内にいた頃は外界とは完全に遮断されており
暑い、寒いぐらいしか季節を感じることは無かった。
しばらく足を止めて咲き誇る桜を見ていたら小学生や中学生の時の入学式や卒業式を思い出した
あの頃は両親も仲が良く、私も子供ながら期待に胸を膨らませ次のステージへと歩き出す気持ちで一杯だった
今この桜は自分にとって、〈刑務所を卒業した証〉なのか。
〈新たなる社会への入学〉なのだろか?などと意味も無い言葉遊びを頭に浮かべ自嘲気味に笑った、その時である。
「おいおい、長いお勤めから出て来たっていうのに誰もお迎えなしか?随分と寂しいな」
背中から聞こえてきた声に思わず振り向く、そしてそこに立って人物を見て私は我が目を疑った
そこにいたのはまぎれもなく結城蓮その人だったからである。
「ど、どうして……うそ、何で……」
言葉が出なかった。当たり前である、死んだはずの蓮が目の前に立っているのである
何が起こっているのか理解できない、頭の処理が追い付かない、私は幻でも見ているのだろうか?
「おいおい、人をお化けみたいな目で見るのは止めてくれ、一応足は付いているぜ」
おどけた感じで自分の足を指さしてニヤリと笑った。この声、この言い回し、歳を重ねてはいるがまぎれもなく結城蓮だ
間違いない、いや間違えるはずなどない、でもどうして……
「アンタ死んだんじゃ……」
「いや、死んでいないからここにいるのだろう?」
「じゃあ、私を騙したの⁉」
「そんなつもりはねーよ、俺のやった事は捕まれば死刑確実の重罪だ、死ぬと思って凜に伝言を残したのは事実だよ
でもよく考えてみろよ、お前だって死刑確定級の罪を犯したにも関わらずこうやって十二年で出て来たじゃねーか
同じ事が俺にも起こっているとは考えなかったのか?」
「あっ⁉」
蓮に指摘され思わず声をあげてしまった。考えてみればそれもそうだ
私が死刑にならずに出所してこられたのならば蓮にも同じ状況が起こっていた事は十分に考えられる。
そもそも人一人を社会から抹消するなんて離れ業はあの女神達の協力なしでは行えない
蓮が単独で犯行に及び捕まった時、連中はその身柄をどうするかを五人の女神達に託したのだ
そして女神達の結論は私と全く同じ扱いにしたのだろう。私との違いはマスコミなど公に報道されなかったというだけなのだ
つまり蓮は【青梅刑務所】の男性刑務所に収監されていたのだろう
蓮は私の居た刑務所から2kmくらいしか離れていない施設にずっと服役していたという事である
それを知った瞬間、全身から力が抜けその場に座り込んでしまった。
「私は一体、何の為に……」
「おいおい、そんなに俺に死んでいて欲しかったのかよ」
「違うわよ、そんなこと言っていないでしょ‼ただ、少し混乱してしまって……」
私は座り込んだまま蓮の顔を見られずにいた、〈蓮が生きている〉
という可能性に自分の考えが及ばなかった事に気恥ずかしさと自己嫌悪を感じていたからである
そして生きていてくれた事は凄く嬉しいのだが、今更どういう顔で接すればいいのか当惑していた。
「立てよ、凜、随分と長い年月が経ってしまったがようやく会えたんだ、もっとよく顔を見せてくれよ」
すねているような状態で座り込んでいる私に蓮は優しい言葉で右手を差し伸べてくれた
ただでさえ困惑しているというのにそんな優しい言葉を掛けられたら益々どう接していいのかわからなくなってしまう
しかしここで座り込んだまま頑固に抵抗し蓮が呆れて帰ってしまったら元も子もない
私は必死で平静を装い蓮の右手を取り何とか立ち上がった。
「ご機嫌は直りましたか、お嬢様?」
この皮肉めいた言い回しは相変わらずである。近くでよく見てみると蓮は随分と大人っぽくなっていた
どことなく少年っぽいあどけなさの残る顔つきだったのが、すっかり男性の姿になっている
細身だった体つきも今ではガッチリしていて私は気恥ずかしさでまともに目を合わせられないでいた。
「止めてよ、もうすぐ私三十歳になるのよ、お嬢様って年じゃないわ」
どうしてこんなセリフしか出てこないのだろう、十二年も経ったのに自分の成長の無さに呆れるばかりである。
「でもアラサーには見えないぜ、それとその髪型似合っている」
「何よそのセリフ、ホストじゃないんだから持ち上げたって何も出ないわよ」
今の私の髪型は学生時代のロングストレートではなくショートボブにしている
自分にはイマイチ似合っていないのでは?と思っていただけに蓮の言葉は私の心に突き刺さった
もちろん心の中では大喜びのパレード状態である、しかしこんなキザなセリフをサラッといえる様な人じゃなったはず
私が服役していた十二年の間に色々な女性と付き合ったのだろうか?
蓮も私と同い年だからもうじき三十歳を迎えるはずだし、年齢的な事を考慮しても複数人の女性と付き合っていたとしても何の不思議も無い、でも……
「で、今、蓮は何をしているのよ?」
これ以上を心の動揺を悟られたくなくてやや強引気味に話題を逸らす。
「今は起業の準備をしている、だから色々とバタバタとしていてその関係で凜の出所する時間にも少し遅れた
何せ俺が出所したのも一か月前だしな。お前が呑気に桜を見ていてくれたおかげでギリギリ間に合ったよ」
そうか、蓮が出所したのも今から一か月前か、なら複数の女と付き合っていたという事実は無さそうね……
それを聞いて少しホッとしたが私は感情がすぐ顔と態度に出てしまう
それ故にまたもや蓮から顔を逸らしてワザと不愛想な言葉で返した、つくづく面倒臭くて可愛げがない。
「企業?アンタ会社を起こすの?へえ~蓮が社長さんになるんだ……何か似合わないわね」
「うっせーよ、俺は人に使われるとか性に合わないからな、だから自分でやる事にした」
「そうなんだ、それはそれで凄いわね……って、そういえば、どうして私の出所の事知ったのよ?しかも日時まで⁉」
「ああその事か。実は凜の出所の事を俺に知らせてくれた人がいて俺に知らせてくれたんだ」
何よ、それ?私の出所を知っているのはごく一部のはず、一体誰が?
「誰の事よ、全然見当がつかないけれど?」
「え~っと、確か〈石黒幸恵さん〉という人だ、三日前に俺に連絡があった」
サチだ⁉そういえばサチとエミ、アケミにだけは出所の知らせを送っておいたのだ
エミとアケミからは〈出所おめでとう〉の言葉をもらったがサチからは返事が無かったので少しだけ気にはなっていた
サチは蓮の事を調べてくれてワザワザ蓮に知らせてくれたのだ。
「その〈石黒幸恵さん〉から凜に伝言がある」
「伝言、何?」
「〈私からの出所祝いだ、十二年分の鬱憤を彼氏に癒してもらえ〉だってさ」
いかにもサチが言いそうな言葉だ、本当におせっかいで、世話焼きで、無神経で優しい私のお姉さん……
本当にありがとう、サチ。
「いい人みたいだな」
「うん、凄く良い人、改めてお礼をしなくちゃ……」
刑務所で知り合った人たちだったが、根はいい人ばかりであった
世の中そう捨てたものでは無いとしみじみ感じた。
「と、ところでさ、凜はもう就職先を決めたのか?出所前に色々な企業が勧誘してきただろ?」
そうか、蓮が出所の時も色々な企業が勧誘に来た様だ。それも当然と言えば当然である。
「うん、まあね……色々来たわ、どこも凄い条件を提示してくれたけれど、正直決めかねていて……少し迷っているわ」
すると、蓮は頭をかきながら少し照れ臭そうに話し始めた。
「一緒にやらないか?」
「は?」
「だから、その……俺と一緒に会社をやらないか?って、言っているのだよ」
今度は蓮の方が私から目を逸らし照れ臭そうに話している。よく見ると少し耳も赤くなっていた
そうだ、これが私の知っている結城蓮という男だ。普段は皮肉交じりの軽口でおちゃらけた雰囲気で喋るのに
肝心な時には照れてしまう、シャイな一面を持っている。ああ、変わってない、やっぱり私の知っている蓮だ……
「その……他の企業みたいに、高級マンションだの高級車だのは用意できないし
給料は成功報酬という形になるけれど、できる限りのことはするつもりだ……どうかな?」
拙い言葉ながらも蓮の熱意は伝わって来る。私的には〈お前が必要だ、俺と来い‼〉と言ってくれればホイホイ付いて行くというのに……
その時、私は一つ思いついた事があった。
「別に高級マンションだの高級車だのはいらないわ、高級マンションとか一人で住むには広すぎるだろうし
車の免許も持っていないから高級車とか正直どうでもいい
でも一つだけ条件があるわ、どこの企業も提示してない条件を貴方が飲んでくれたら考えるわ」
意味深な発言にさすがの蓮もゴクリと息を飲み、改めて問いかけてくる。
「その条件とは、何だよ……」
思いの外真剣な表情の蓮を見て逆にこちらが照れ臭くなってきた
仰々しい言い方をしてみたモノのそれ程大げさな要求をするつもりは無かったからだ
真剣な目でこちらの条件提示を待っている蓮に対し少し後ろめたさを感じた私は思わず顔を伏せた
そして上目遣いで蓮を見上げギリギリ聞こえるくらいの声でボソリと呟いた。
「あの……もう一度、私と卓球してくれる?」
私の条件提示があまりに想定外だったのか、蓮は一瞬呆気に取られて固まっていたがすぐさま我を取りもどし、パッと表情が明るくなる。
「お、おう、そんなのでいいのなら……ていうか、こっちからお願いしたいぐらいだ、じゃあ来てくれるのか⁉」
満面の笑みを浮かべ珍しく前のめりに来る蓮、こんな彼を見るのは初めてだ
もちろん返事はOKなのだがここで素直に首を縦に振らないのが私という人間なのだ
というかこの状況をもう少し味わいたいという気持ちが強く心を支配したのである。
「ど、どうしようかな……少し考えさせて」
私はワザと蓮に背中を向けて意地悪を言ってみた、何故背中を向けたかというと
今、表情を見られたら顔のニヤケが止まらない事がバレてしまうからだ
考えれば考える程心が躍る、事の経緯はどうあれ〈あの結城蓮が私を必死に口説いている〉のである
もう気分的には踊り出したくなるほどウキウキしているのがそれを必死に隠して〈焦らすだけ焦らしてやるぞ‼〉と考えていた、我ながら本当に性格が悪いと思う。
「凛、ちゃんとこっちを見て話せよ‼」
さすがにしびれを切らせたのか、蓮が強い口調で語り掛けてきた。ヤバい、さすがに調子に乗りすぎたか?
私は恐る恐る振り向いたが蓮は怒ってはいなかった、今まで見た事も無い優しい笑みを浮かべそっと右手を差し出したのである。
「俺は凜と一緒なら世界中を敵に回しても負ける気がしない、だから一緒に……」
満開の桜が舞い散る中、天使のような笑顔で手を差し伸べてくれた蓮
それはまるで映画のワンシーンの様であった。胸に熱いモノが込み上げてきて心が幸福感で満たされる
本当に生きていて良かったと心から思える瞬間だった。
私は考える事も無く本能で蓮の差し出してくれた右手を取った。男っぽくない柔らかい手
それが余計に現実感を際立たせ、夢ではない事を教えてくれた。
春の風が二人の頬を優しくなでる、舞い落ちる花びらがまるでライスシャワーの様に祝福してくれている様だ
涙が溢れて視界が歪む、感情が溢れてきて言葉にならない、もうこのまま時間が止まってしまえばいいのに……
「一緒に……来てくれるか?」
蓮は私の手を握り優しく語り掛けてくる。もう脳は完全に活動を停止し何も考えられない中で私の口は自然に動く。
「はい」
その後、感情の赴くまま蓮に抱き着き思い切り泣いた。状況的には十二年前と同じだが中身はまるで違う
嬉しくて、嬉しくて仕方がない。そして私達は唇を重ねた。
今度はバーチャルじゃない本当の口づけ……涙が止まらなかった
この時私は初めて知ったのである。人間は嬉しくても涙が出るという事を。
この作品は〈主人公がハッカーという話を書いてみたい〉という何となくの発想から作った話です。しかし私自身IT系というかパソコン関係は全くの無知でエクセルすらまともに扱えないというパソコン音痴っぷりなのでこの作品はハッカーの資料を調べまくって書いたものです。色々とアラや不備が目立つとは思いますが、そこはいつものごとく生暖かかく見守ってくれると嬉しいです。物語の話として主人公が政府関係のAIコンピューターにハッキングし終盤には刑務所にぶち込まれるという筋は決まていたのですが、思いの外重たい話になってしまいました、そこで気分を害された方は申し訳ありません。すべて私の力量不足によるモノなのでご容赦ください。次作は完全なギャグコメディなので作風は全然違いますがよろしければまたお付き合いください、では。
頑張って毎日投稿する予定です。少しでも〈面白い〉〈続きが読みたい〉と思ってくれたならブックマーク登録と本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです、ものすごく励みになります、よろしくお願いします。




