出会いと別れ、そして…
それから数日後、映画の制作が始まった様だ。
なぜ私がそれを知ったかというと親友だった葵からの手紙に書かれていたからである
こんな風になってしまった私にも葵は毎月手紙をよこしてくれる
手紙といっても電子メールで送って来てくれた文章を施設側がプリントアウトして私にくれるのだ。
そこに書かれていた内容は映画の撮影の際に〈有名俳優の有賀省吾に会った〉とか
〈私の役をやる女優さんに色々と聞かれた〉とか〈生徒役のエキストラとして出演する事になった〉
とかの取り留めのないモノばかりであったが今の私にはとても嬉しく感じた
というよりこの刑務所での生活の中で唯一の楽しみといっても良く私にとっては心の支えとなっていたのだ。
それから数か月が経ち映画が公開されると葵からの手紙で映画【孤独な戦争】はかなりの好評価でヒットしているとの事だった
〈凄く良かった、感動したよ‼〉と書かれていたが、私
自身その映画を見ていないし、詳しい内容も知らないので何とも答えようがなかった
もしもかなりの再現度で撮影されているのだとしたら気恥ずかしさでコメント何てできないからだ。
映画が公開されていた時は月に二度ほど来ていた葵からの手紙も、徐々に少なくなってきて二か月に一度、三か月に一度と間隔があく様になった
そして一年半を過ぎたころ、葵からの手紙はパッタリと来なくなった。
そして月日は流れ服役して三年が経った頃、葵から一通のはがきが届いた
電子メールの文章をプリントアウトした物ではなく前時代的な紙のはがきである
受け取ったはがきの裏を見てみると、そこにはウエディングドレスに身を包みカメラに向かって嬉しそうにピースサインをする葵の姿があった
そしてその写真の下に一言〈結婚しました〉という報告が書かれていた。
どうやら例のマサシさんとめでたくゴールインしたようである
私はそのはがきに映る葵を感慨深く見つめ思わず呟いた。
「良かったね、葵……」
私はすぐにお祝いの言葉をしたためた。
〈おめでとう葵、友達として結婚式に行けなくてゴメンね、末永くお幸せに〉
簡潔にお祝いの言葉を返した。それを最後に葵との交流は完全に途絶えてしまったのである。
さらに月日は流れ三年が過ぎた。チームの仲間や他の受刑者たちともそれなりに仲良くなり
ここでの生活に馴染んできた頃ある転機が訪れたサチが出所する事になったのである。
「凜、アンタのおかげで随分と早く娑婆に出られることになった本当に感謝している
アンタと仕事をしたおかげで随分と腕も上がったしね、ありがとう……
必ず手紙書くからさ元気でやんなよ、エミやアケミの事もよろしくね、後は任せたよ」
今迄やってきた成果が認められ刑期が五年から三年に短縮された彼女は晴れやかな顔で出所していった
最後までカラッとした挨拶で締めくくったサチ。会った時は茶色かった髪も今ではすっかり黒くなり
歳を重ねたせいか随分と大人っぽくなっていた。私にとって最初は鬱陶しかっただけの存在だったサチが
今では友達か姉の様な存在に思えていていなくなることに寂しさを感じていた
それからサチは約束通り毎月手紙を送ってくれた、それにどれほど救われたか……
後の手紙でサチは出所後、その腕を買われてかなりいいい条件で就職が決まりそこで出会った彼といい感じだと書かれていた
しかし彼とは喧嘩ばかりしていて彼に対する愚痴もしばしば手紙に書かれていた、出所しても性格は相変わらずの様だ。
そしてそれから二年後にはエミの出所が決まった。口下手な人なのであまり喋りはしなかったが
五年も一緒に仕事をしてきたせいで彼女にも親近感の様なモノも芽生え始めていた。
「あ、ありがとう……凜、わ、私は……あな、貴方のおかげで、す、凄く勉強に、な、なった……本当に、ありがとう……」
拙い言葉だったが凄く気持ちが伝わって来た。あのエミが最後は私の手を握り、涙を流して感謝していたのである
彼女は最後まで何度も何度も頭を下げて出所していった。
そして服役して九年を迎えようとした頃、今度はアケミの出所が決まった。
「思ったより随分と早い出所になっちまったよ。これも全部アンタのせいだよ、凜」
そんな言葉とは裏腹に私を見つめる目は優しさに満ち溢れたモノだった。
「私はね、今までアンタとはワザと距離を取って来た……今だから言うけれど私にはアンタと同い年の娘がいてね
距離が近くなるとどうしてもアンタと娘の姿を重ね合わせてしまうからね、悪かったよ……」
ここに来て意外な告白だった。常に堂々としていてあまり感情を表に出さなかったアケミの目には薄っすらと涙が浮かんでいた
そして私をそっと優しく抱きしめ、耳元で呟いた。
「希望を捨てちゃダメだよ、生きていれば必ずいいことがあるはずさ、生きなさい、凛……」
言葉を詰まらせながらも、最後はこちらを振り向くことなくアケミは出所していった。
仲間がいなくなっても日々の生活は続いていく。サチ、エミ、アケミの後釜はすぐに補充され
Aチームのメンバーもドンドンと入れ替わっていった。チーム以外でも罪を犯し入って来る者
刑期を終えて出て行く者、まるで流れのように入れ替わっていく。
今では私よりも年下の人間もチラホラ入ってきており、私はすっかり古株となりこの施設の主の様な存在になっていた
そしてサチ、エミ、アケミの刑期がかなり短くなったことが刑務所内でも評判になり。
〈Aチームには入れれば、早く出所できる〉という噂が流れ、受刑者は皆〈我こそは〉とAチームに入る為に切磋琢磨していた
おかげでこの刑務所内のレベルも飛躍的に上がっていった。
これも所長の狙いなのであろう、大した策士である。
新しく入ってきた者は例外なく私の事を知っていた。おそらく例の映画を見たか噂を聞いているのであろう
だが私は新しく入って来た人間には一定の距離を置いて接していた
元々が社交的とは程遠い性格だし、サチの時のようにあまり距離を縮めると別れる時に辛くなるからである
こうして色々な人との出会いと別れを経験し月日は過ぎて行った。
ここに服役してから十二年が過ぎた時、突然所長室へと呼ばれた。
「囚人番号AS―102、入ります」
部屋のドアをノックし中に入ると、伊藤所長がこちらに背中を向けながら窓の外を見ていた。
「来たか、実は君にいい知らせがあってね」
振り向いた彼の顔は非常に嬉しそうであった。初めて会った時から十二年が経ち
五十歳近くになった彼の髪にも白いモノが混じり始めていた。
「いい話とは何でしょうか?」
突然〈いい話〉といわれても思い当たる事が無いので、何だろう?と思わず問いかけた。
「実は来月、君の出所が決まった」
「は?」
私は耳を疑った、なにせ私の刑期は231年である。少しばかり刑期が短くなったとしてもたった十二年で出られるほど軽い罪では無いのだ。
「どういうことなのでしょうか?」
「どうもこうも無いよ言葉の通りだ。この十二年の間、君が中心となって働いてくれた成果は非常にレベルと質の高い仕事だった
その内容と功績を五人の女神達がかなり高く評価したという事だ。
君は素晴らしい仕事をしたのだ、何も恥ずべきことは無い、胸を張って堂々と出所したまえ、以上だ」
伊藤所長はそう言うとニコリと微笑み小さく頷いた。あまりに突然のサプライズ、正に青天の霹靂である
唐突すぎて嬉しいとか、ホッとしたという感情は無い。何が何だかわからず、只々呆気に取られてしまったのである。




