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意外なオファー

初日の仕事が終わると再び佐藤に案内されて食堂や浴室に連れて行かれた


決められた時間に受刑者が集まって食堂で食事をするのだが出てきた食事メニューは想像していたより遥かにいい物であった


流石に豪華とまではいかないが栄養価も考えられており味も悪くはない


むしろ母の料理よりも美味しいぐらいである。浴室も綺麗で特に不満はない


多人数で風呂に入るという習慣がなかったので最初は違和感があったがすぐに慣れた


人間の適応能力とは大したものだと自分のことながら感心した。部屋も個室が与えられベッドも綺麗な物であっ


脱獄出来ないよう窓は小さくかなり上方に設置されていて部屋自体は狭かったが


あまり広くても落ち着かないのでこれはこれで悪くないと思える。


部屋にはパソコンが一台設置されてはいるが、当然外部とは繋がっていない完全クローズ状態である


ここに服役している受刑者は皆それなりの技術を持っている人間が多いので


刑務所内からハッキングされたりしたら洒落にならないからだろう、それ故にこの措置は当然ともいえる。


このパソコンは仕事のフォローや知りたい情報、読みたい書物などを申請すればこのパソコンで閲覧できるというものだ


情報にはかなり制限があるものの書物などの要望はほとんどOKで申請を出せば二日後にはパソコンで閲覧ができた


最初は〈ここでの生活もそんなに悪くないのでは?〉と、そんな事を思っていた私だったが


その後で想像もしていなかった苦痛を味わう事になるのである。

 

 私がこの刑務所に服役し始めて一週間が経った。少しずつここでの生活にも慣れ始め


徐々に仲間とのコミュニケーションも取れてきた頃、私に面会に訪れた人がいた両親である。


「少し遅くなってしまったけれど、元気にしている凛ちゃん?」


「凛、少し痩せたか、しっかり食べているのか?」


 こんな私を心配してくれる両親、そう言いながらパパもママも少しやつれた様子で、一気に老け込んでしまった様な印象を受けた。


「うん、私は大丈夫……ごめんね、パパ、ママ、親不孝な娘で」


 自分のせいでどれほど両親に迷惑をかけたかと思うと居た堪れなかった。


「あのね、凛ちゃん……実は私達、離婚することにしたの……」


 二人ともここに来た時からどこか言い出しづらそうにしていたから何となく察してはいた


元々パパとママはあまり仲が良くなかったのでさして驚きはなかったがその離婚を決定づけてしまったのは間違いなく私だろう。


「それでな凛、俺たちはそれぞれ田舎に帰って一からやり直すことにしたんだ


だからここにはあまり来られなくなるかもしれないが、元気でやってくれ」

 

パパの発言には少なからず驚いた、パパの実家は岐阜県の田舎である


勤めている会社は東京だからとても通える距離ではない、ということはつまり会社を辞めたということだ


二十年以上勤めていた会社を辞めたということは、おそらく私の件でクビになったのだろう


だからそのことは恐ろしくて聞けなかった。


「ごめんさない……私のせいで……本当に御免なさい……」


 今まで親に迷惑をかけたことなど一度もなかった。〈凛、お前は自慢の娘だ〉と言ってくれる事がとてもうれしく誇らしかった


両親が歳をとってからこんな爆弾的な迷惑をかけるなど想像もしていなかった


自分がやったことを後悔はしていないがこうして両親を追い詰めてしまったことに涙が溢れてきたのである


そしてそれが両親と会った最後の日となる。

 


 刑務所での仕事はやりがいがありそれなりに充実していた。


どちらかというとコミュ障気味の私にしては仲間とはそれなりにうまくやっている方だと思う


特にサチは元々の性格なのか姉御肌で面倒見が良く、私にもしょっちゅう絡んでくる


カラッとした気さくな性格といえば聞こえはいいのだが、少しガサツで無神経なところがあり


色々と気にかけてくれるのは嬉しいが元々私がこういったタイプの人間を苦手としていることもあり正直鬱陶しくすら感じる。


逆にアケミは仕事以外の事では何も話しかけてはこない。少し冷たく感じるかもしれないが、私のような人間にとってはむしろそれが有り難かった


エミは元々話すのが苦手なタイプなので特に会話をする事はない


時々何か話したそうにしているそぶりを見せるが、どう考えても話が合うとは思えないのであえて気づかないフリをした


こんな所に来てさえもそんな行動しか取れない自分に呆れるばかりである。

 

服役してから二週間が過ぎた頃、徐々に苦痛が襲ってき始めた


その正体は〈圧倒的なまでの孤独感〉である。

 

刑務所内の仕事はそれなりにやりがいがあり、規則正しい生活も送れている


仲間ともそれなりにやっており、部屋に帰れば本を読む事ができる……


だが、やはり今までの生活とは違うのだ。無条件で愛情を注いでくれる両親や気のおける友人の存在がどれほど貴重だったのかここに来て初めて思い知った


仕事仲間とは自分から距離を置いている癖に孤独で苦しいとかワガママも甚だしいとは思うのだが


それが私という人間なのだから仕方がないのだ。

 

昼間作業をしている時は気が紛れているのだが、夜一人になりベッドに入ると恐ろしい程の孤独感が襲ってくる


早く眠りに入ってこの思いから逃れたいとは思ったりするが


人間の体はそんな都合よくは出来ていない、むしろ頭が冴えて眠れなくなったりしてしまうのだ


そんな孤独感に耐えきれず自分で自分の体を慰めたりもしたがそれで孤独感が消える事はなかった


自然と涙が溢れ出し毎夜枕を濡らしながらふと蓮とのデートでの会話を思い出した。


〈ウサギ?凜がウサギとか、それどんなボケだよ⁉〈私、寂しいと死んじゃう〉とか言い出すのか、お前が?


ハハハハ腹痛え、最高のギャグだ、ハハハハ」〉という言葉である。それを思い出し、余計に涙が溢れてきた。


「寂しいよ、蓮、寂しくて死にそうだよ……」

 

私は思わずそうつぶやいた。誰もいない静かな部屋で思わず口から出てしまった取り繕う事のない心からの言葉である


そしてその夜も声を殺して泣いた、部屋の小さな窓から見える月だけが私を見ていてくれている気がした。



ここに来てから一ヶ月が過ぎた頃、私に意外な面会者が訪れた。それは見たこともない二人組で


一人は四十歳半ばくらいの眼鏡をかけてやたらニコニコと愛想のいい男性。


もう一人は五十代と思われる髭面の気難しそうな男性であった。


「初めまして、私こういうものです」


 愛想のいい方の男性が名刺を画像で送ってくる。この施設の面会室は受刑者と面会者が特殊なガラスで仕切られており


各方に設置されたタブレット型のモニターで文章の受け渡しや、画像のやりとりをするシステムになっている。


「プロデューサーの方ですか?」

 

モニターに映し出されたカラフルで派手な名刺には〈プロデューサー 名取圭吾〉と書かれていた。


「はい、私プロデューサーをしております名取と申します。こちらは監督の松尾さん


今日お伺いをしたのは他でもありません、実はあなたの事を映画にしたいと思いまして……」


「私の事を⁉︎」

 

突拍子もない話を聞かされ思わず困惑してしまう。何が何だかわからなかった


こんな犯罪者の事を映画にして何が面白いのだろうか?と思ったからだ。


「どうして私なのですか?」


「ええ、あなたの起こした事件は世間にもの凄いインパクトを与えました。


政府の意向で細かい詳細までは公表されてはいませんが、我々が調べたところかなり興味深い事が色々と判明いたしまして


それで〈これを映画にしてはどうだろうか?〉という話が持ち上がったのです


もちろん貴方にはご納得のいただける脚本、配役、演出を約束します。


そして今や日本で一番ともいえる松尾監督にメガホンをとっていただきます、どうでしょうか⁉︎」


 かなり前のめりに話してくる名取プロデューサー。もう二度と刑務所から出ることもないであろう私の様な人間でも


許可を取らなければ勝手に映画を撮る事はできないのだろう。いわゆる権利の問題か……

 

ノリノリの名取プロデューサーとは裏腹に私はどこか釈然としないまま返事を決めかねていると名取プロデューサーは再び資料を送ってきた。


「これが本作品のプロットです。配役には今旬の若手女優〈朝倉美鈴〉を起用します


周りの配役も演技力重視で選んでいますし何より松尾監督が脚本、演出までも担当してくれるというのです


素晴らしい映画にすることは保証いたします、どうでしょうか?」

 

どうでしょうか?と言われても返事に困ってしまう。とりあえず向こうが用意したプロットを読んでみるとその内容に驚いた、よく調べている……


私は誰にも話していないのにどうしてここまで知っている?という内容まで書かれていたのである


だが一点だけどうしても納得できない点があり、そのことを告げる。


「映画制作自体はやっていただいても構いません、この資料を見ただけでもあなた方の熱意は十分伝わりました


でも一つだけ訂正していただきたい点があります」


「どういったところでしょうか?」


名取プロデューサーが愛想のいい笑顔で問いかけて来た。


「私の犯行動機というか人物像です。私はこんな立派な人間じゃありません


ここに書かれているような〈日本の事を考えて〉とか〈未来の人達の為に〉とか


そんな高い志を持ってやったわけではないのです。これだけは訂正してください、それが条件です」


私がそう告げると名取プロデューサーは少し意外な顔を見せた。


「いや、しかし映画には見ている人達の印象というものもありますし


何よりあなたのやったことを正当化する為にもこういった多少の演出は致し方がないと思うのですが……」


いかにもやり手のプロデューサーといった感じの言い分である。


「私は自分がやったことが正当であるなんて思った事はありません


ですからここだけは訂正してください、それだけは譲れません、この条件を飲んでいただけないのであれば、この話は

なかったことにしてください」


 私は相手にそう伝えるとそのまま席を立つ。先ほどまで愛想の良かった名取プロデューサーが困った様な表情を浮かべる


その時、それまで腕を組みながら何も話さなかった松尾監督が突然口を開いた。


「一ついいですか高垣凛さん、あなたが今回の事件を起こした真の理由をお聞かせください」

 

突如物静かな低い声で問いかけてきた松尾監督。口調は穏やかだったがその目はまるで私を射抜く様な鋭いモノであった


私は立ち上がったままもう一度座る事はせず、二人に背中を

向けた姿勢で答えた。


「私……悔しかったんです、私の見つけた〈ファントムシステム〉を使って悪い事をしようとしている奴らがいる


そしてそれを見つけた蓮を殺した奴らが……自分のやる事が法的にどういうものか分かってはいました


でも蓮を殺した奴らが今後のうのうと生き延びて私腹を肥や

しているかと思うと我慢できなかった……


このまま何も知らなかったフリをして生きて行く方が賢い生き方だとは思います


でも蓮のことを忘れて、無かった事にして生きていくなんて私にはできなかった


そんな事をしたら将来、絶対に自分自身が許せなくなる。


そんな重い十字架を背負って一生後悔しながら生きていくぐらいなら、たとえ死刑になっても私は……」

 

これ以上は言葉が詰まって言えなかった、感情が押し寄せてきて言葉にならなかったのだ。

 

しばらくの間、面会室に沈黙の重い空気が漂う、私も動けないまま何も言わず立ち尽くしていた


そんな時、再び松尾監督が口を開いた。


「お気持ちはよくわかりました。あなたの意向に添える映画づくりをすることを約束します」

 

松尾監督は静かにそう言うとそのまま席を立ち面会室を出ていった。


「ちょ、ちょっと待ってください松尾監督⁉︎」


 突然部屋を出て行こうとする松尾監督を見て名取プロデューサーも慌てて後を追うように部屋を出て行った


こうして私の事を取り上げたドキュメント映画は【孤独な戦争】というタイトルで制作される事となったのである。


 

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