儚き友情
「ねえ聞いてよ、凛。マサシったらねえ……」
我が親友、葵が【マチコン】を受けてから三日間というもの毎日この手の話を聞かされ続けている
相手の事がよほど気に入ったのであろう、【マチコン】終了後の二日後には早速彼と仮想空間にてデートをしたらしく
気がついたらもう相手の男性を下の名前で呼んでいた。
もちろんデートコースは【ディスティニーランド】だったようで
スプラッターマウンテンがどうとか、パーさんのハニーゲットでどうだったと、実に興味浅い話を延々と話し続けていた。
「それでね、二人で見たエキサイティングパレードが素晴らしくて、もう本当に夢のようだったわ……
今度はマサシと夏祭りの花火を見に行くつもりよ……って、聞いているの、凛?」
「はいはい、聞いているわよ。面白くはないけれど……」
思わず本音が出てしまった、しかし貴重な昼休みを葵のノロケ話だけで済んでしまうのも何か釈然としなかったので仕方がない。
「友達がいのない人間ね、凛は、親友ならそこはこう、何というか……親身になって聞いてくれてもいいんじゃない?」
「悩みとか相談ならもちろん真剣に聞くけれど、ノロケ話を聞かされている人間からすると、〈ハイハイそうですか、お幸せそうですね〉という感想しかないわよ」
すると葵は軽くため息をつき、目を細めて私を見てきた。
「友達の恋バナを黙って聞き、その幸せを共に喜ぶのも友情の証だよ、凛はその辺を全然わかっていないわね」
何それ、聞いたこともない理屈ですけれど?それは話している側にとって随分と都合の良い拡大解釈だな……と思った
まあしかし今の葵に何をいっても無駄だろう、脳の中がピンク色に染まっているのが透けて見えそうだ。
そしてもう一つわかっている事がある、それは今私達が見ているこの月面の光景が私にはもうすぐ見ることができなくなるという事だ。
男子の中には〈彼女より男の友情を優先する〉という人間が稀にいると聞くが、その理屈は女子には当てはまらない
なぜなら女子は彼氏が出来ると100%彼氏を優先するからである
これは女性の本能とでもいうべきモノなのだろうか?生物学には詳しくないのでその辺りはやや不透明だが
少なくとも私の知る限り、女性で愛情より友情を取ったという事例は聞いたことがない
ましてや葵は少女漫画脳である、彼氏の為なら何の抵抗もなく平気で私を切り捨てるだろう。悲しきかな、女の友情……
「それはそうと葵、早くお弁当食べないと昼休みが終わっちゃうよ」
「おっといけない、私の壮大なスペクタクルロマンスに熱弁を振るいすぎたか……
そういえば今日の凛のお弁当は手作りじゃないのね?」
葵は私のお弁当を覗き込むように見ながらそう言った、気を散らしていてもそういう所は見逃さない、これも葵の女子力の高さというヤツだろうか?
「うん、今日はママが仕事で忙しいとかで、学校弁当よ」
【学校弁当】とは、昼休みの二十分前までにUSDで注文しておけば
好みの弁当を指定の場所にドローンが運んでくれるという優れたシステムだ
正直ママが作る弁当よりこっちの方が美味しいし、おかずも好きに選べるから私としてはこちらの方が何かといいのだが
〈お弁当はなるべく私が作る〉というママのよくわからないこだわりによって私は毎日お弁当持参で登校する羽目になっている
しかしママの作るお弁当は〈昨夜の食事の残り〉とか〈冷凍食品をただ詰め込むだけ〉といったモノがほとんどで
〈私が作る〉というママの主義にいささか異論を唱えたいところではあるが、当人には何か確固たる信念があるのだろう、知らんけど……
私の両親は平成生まれではないとはいえ、令和一桁生まれ、年配者特有の頭の柔軟性がやや足りないという症候群なのかもしれない。
「ほういえふぁふぁあ、凛ふぉ、ふぉひぃこんで……」
葵はお弁当を口一杯に詰め込み、リスのように頬を膨らませながら喋りかけてきた。
「食べながら喋るとか止めなさい。そんな姿を見せたら、マサシさんに嫌われるわよ」
すると葵は慌ててお茶で口の中の食べ物を流し込み、〈ふう〉と一息つくと、再び話し始めた。
「大丈夫よ、こんな姿はマサシの前では見せないから。よく覚えておきなさい凛
男って生き物はね、女子に対して淡い幻想を抱いているの、だからその夢を壊すような行為は厳禁よ、それが恋愛成就の秘訣、わかった?」
たった三日前に知り合ったばかりの間柄なのに、もはや恋愛マスターのような口ぶりでマウントを取ってくる葵
ほんの数日前には〈ありのままの私を好きになって欲しい〉と言っていたのに、その主張とは真逆の発言である
しかし葵自身その事はすっかり忘れているようで、〈百年前からそう思っていましたが、何か?〉といった雰囲気を出していた
そこをイチイチツッコまないのが友情を長引かせる秘訣なのだろう
そんな彼女の夢は〈将来は可愛いお嫁さんになりたい〉とか言っていたが、この頭の切り替えの早さは寧ろ政治家に向いているのではないだろうか。
「で、その恋愛マスター様が私に何を言いたかったの?」
私はジト目で葵を見つめ、問いかけた。
「そんな恋愛マスターって、照れるなあ……」
葵は照れながら頭をかいていた。どうやら恋愛による脳内麻薬の作用なのか、今の彼女には皮肉も通じない様だ
〈恋は盲目〉というが、恋愛とは人をここまでダメにするモノなのか?と改めて実感した。
「それはいいから、早く話しなさいよ葵。お昼休み終わっちゃうよ」
「うん、別にそれ程のことではないのだけどね、もし凛の【マチコン】が上手くいったら
この恋愛マスターである私がノロケ話でも恋愛相談でも心ゆくまで聞いてあげるから安心して、って言いたかっただけ」
「ああそう、ありがとう、その時は頼むわ……」
どうやら我が親友は〈恋愛マスター〉という言葉を、事の他お気に入りのようだ
もちろん今後の友情のために〈それ皮肉で言ったのだけれど〉などとは口にしない、例えそれが儚く消えゆく友情だとしても……
お昼休みだというのに何かドッと疲れた、目の前に広がる青い地球を見て、自分のちっぽけさを思い知った瞬間であった。
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