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敏腕取調官 葵

「おっと、もうこんな時間か、そろそろここの場所も出ないとな……」


 蓮の放った一言で私は我に返るとウインドウの小窓を開いて時間を確認した。

 

「うそ、もうこんな時間⁉」

 

ここに来て蓮と話している内にいつの間にか三時間が経過していた、本当に時の過ぎるのも忘れて夢中で話していた様だ。

 

「じゃあ、そろそろ帰るか……」

 

ゆっくりと立ち上がり右手を差し出す蓮、その時の私は何の抵抗も無く彼の右手を取ると、促される様に立ち上がった。

 

蓮が目の前にウインドウを開くと、【この場所から退場しますか?】というボタンが視界に入って来る


正直もう少し話していたかったが、〈まだ帰りたくないの〉などという女の子らしいセリフを言えるはずもなく


モヤモヤとした気持ちのまま口をつぐんでしまった。

 

そんな時、蓮が優しい表情でこちらを向いて口を開いた。

 

「今日は悪かったな、ストーカーまがいの手口で強引に誘って、変な所に引っ張りまわして


付き合ってもらって楽しかった、もう付きまとったりしないから安心してくれ、あと……

 

例のキスだが、仮想空間でのことだし凜のファーストキスには当たらないノーカンという事で処理してくれ


本当にすまなかった。じゃあな、今日は本当にありがとうな」

 

まるでこれが最後とでも言わんばかりの言葉である、今の今まで幸福感で満たされていた私の心に暗雲が立ち込める


終わり、これで終わりなの?そんなの絶対に……

 

蓮が【この場所から退場しますか?】のボタンをタッチしようとした瞬間私は反射的に叫んだ。

 

「ちょっと、待ちなさいよ‼」

突然の言葉に少し驚いた表情でこちらを見てくる蓮、だがここで言わなくては終わってしまうのだ


それだけは絶対に嫌だ。だけどこんな時、何をどう伝えればいいのか全く分からない、


子供の頃から【天才少女】などといわれていてもどうするべきか何も思いつかない


そして改めて思い知った。私は勉強しかできない役立たずのポンコツ女子なのだ。


「どうした凜?」

 

口ごもる私を見かねての事か、蓮の方から問いかけて来てくれた


もう何でもいいから、とにかくこれで終わりという結末だけは避けるのだ。

 

「ま、またゲームセンターとか卓球とか行きたくなったら、私を誘いなさいよ……絶対だからね……」

 

気恥ずかしさで視線を逸らしながらも、私としては精一杯の言葉である


もう少し可愛く言えないモノかと思ってしまうのだが、わかっていてもそれが出来ないというのが高垣凛という


非常に残念に仕上がってしまった人間なのである。

 

言い放った直後は恥ずかしさで彼の顔を見ることが出来なかったのだが、何も返事がないので不思議に思い


恐る恐る蓮の顔を見てみると、蓮は優しい顔でこちらを見つめていた


それは今まで見た事の無い程の温かい笑顔、彼にこんな表情が出来るのか?と思える程であり


それはまるで〈天使の微笑み〉とでもいえる様な穏やかな笑顔であった


そんな彼の姿に一瞬呆然と見とれてしてしまう、蓮は何も言わずに小さく頷くとそのまま退場ボタンをタッチして消えて行った


一人残された私は何だか夢の中にいるようでその場に立ちすくむ


〈この場所の使用時間はあと3分です、お早めにご退場ください〉というアナウンスが耳に届いて来るが


今この場を去ってしまう事に何故か躊躇ってしまった。この時、無意識ながらも何かを感じていたのかもしれない


彼の見せたあの笑顔の意味を知るのはもう少し後になっての事になるのである。


 

「ねえ、聞いているの、凛⁉」

 

「えっ、何?」

 

「どうしたのよ、ボーっとしちゃって、らしくないわね」

 

いつもの日常、いつもの昼休み、そして葵とのいつもの会話。だが私はいつもとは少し様子が違っている様だ。

 

「ゴメン、何だっけ?」

 

「だから、今度マサシと海に行こうかと思っているのだけれど、どんな水着がいいと思う?って聞いているの


親友が切実な悩みを打ち明けているのに凜はうわの空で聞いていたのよ、それって人間としてどうかと思うわ」

 

葵にとっての〈切実な悩み〉と私にとっての〈どうでもいい些細な事〉は同義語らしい。

 

「葵は可愛いしスタイルいいからどんな水着でも似合うと思うわ」

 

「何よ、その取って付けたような言い訳は?今、全く考え無しに喋っているでしょ……


凛、最近少し様子が変だよ、熱でもあるの?」

 

そうなのだ、蓮と会ったあの日から、頭の中は彼との事で一杯になっていて勉強も手に付かない状態なのである。

 

「そ、そんな事ないわよ、健康そのものだし、元気だし、ちょっと寝不足かな?ってぐらい」

 

精一杯平静を装うが、葵は目を細めジッと私を見つめながら顔を近づけてきた。

 

「な、何よ、葵、何か言いたい事でもあるの?」

 

私の問いかけにも答えず、疑いの目で無言のまま私を見つめ続ける葵、まるで刑事に取り調べを受けている気分である


私はその視線に耐えきれずに思わず目を逸らした、するとここまで黙っていた葵が小さく低い声で一言言い放った。

 

「男ね?」

 

その言葉に私の体はビクッと反応し、汗が噴き出てくる。動揺する中でどうにか誤魔化せないかと頭をフル回転させた。

 

「な、な、な、何を言っているのよ、変なこと言わないで、そんな訳無いじゃない」

 

すると葵は大きくため息をつき残念そうに首を振った。

 

「あのねえ……あなた自分で思っている程、上手く誤魔化せていないのよ


凛は本当に嘘が下手で態度に出るの、もうキョドっているなんてモノじゃないわ。


警察がいたら職務質問を通り越して連行されるレベルよ」

 

「えっ、そうなの?」

 

「うん、バレバレよ」

 

どうやら私に嘘は無理な様だ。素直とは真逆な性格だというのに態度は素直に出るとか……


私は前世でどんな悪行を犯したのであろうか?

 

「親友の私に話せないの?私はマサシとの事を包み隠さず赤裸々に話しているのに凜は私に話してはくれないんだ


そう、私達の友情ってその程度だったの、ガッカリだわ」

 

都合のいい時だけ〈親友〉という言葉を乱用し、まるで私だけが裏切ったかの様な口調で語る我が親友 上坂葵


だが【マチコン】で知り合った彼との事は隠さず話すという約束をした以上、非は私にあるのだろう、どうにも釈然とはしないが……

 

「わかった、話すわ……葵のいう通り、男子が関係している」

 

観念した私は素直に話す決意をした、だが全てを話す訳にはいかない


相手が蓮だと知られればさすがに〈そんな偶然ある訳ない〉と疑われ


彼が不正アクセスからハッキングした事がバレるかもしれないからだ。

 

「実は先日の【マチコン】の相手と先週末に会っていたのよ」

 

それを聞いた葵は少し驚いた表情を浮かべた。

 

「そうなの?でも凜は〈相手があまり好みじゃなかった〉とか言っていたじゃない」

 

「うん、そうなのだけど、どうしても一度会ってくれと言われて、それで……」

 

相手の名前は伏せているがここまでは嘘は言っていない、すると今まで不機嫌そうだった葵の口元がニマリと緩み


先程までとは明らかに違う口調で話しかけてきた。

 

「ふ~ん、それで凜は相手の人を気に入ってしまったという訳だ~やるじゃない」

 

まだ話のさわりを聞かせただけなのに、どうしてそこまでわかってしまうのだろうか?

 

葵が鋭いのか、私がわかりやすいのか……まあ両方なのだろう。葵は昔から妙に勘が鋭い所がある


それが大好物の〈恋バナ〉となると嗅覚もより一層冴えわたるのだろう


もう無駄な抵抗は彼女の機嫌を損ねるだけだし、ここは素直に白状するとしよう。

 

「うん、思ったよりもずっと楽しかったの、私。男の子とデートとか初めてだったし色々やらかしたのだけれど


凄く楽しくて……あっという間に時間が経った感じ」

 

「へえ~そうなんだ、ちなみにどこに行ったの?」

 

「うん、相手の男子が【レトロゲーム】が好きらしくて、1980年代のゲームセンターでモグラ叩きとか


クレーンゲームとしたわね、それと他の場所で卓球とかもやったわ」

 

あの時の楽しかった思い出を一つ一つ噛みしめながら説明したが、どうやら葵にはピンときていない様である。

 

「珍しい趣味しているね、〈モグラ叩き〉とか〈クレーンゲーム〉って、聞いた事はあるけれど見たことは無いゲームばかりよ


まあ相手が凜だと【レトロゲーム】とかじゃないと勝ち目が無いしね


男の子としては女子の前でカッコいいところを見せたいだろうし……


もしも【KOEG】とかやっていたら相手の男子が秒殺されちゃうからね、ハハハハハ」

 

葵は私の相手が結城蓮だと知らない為、軽く笑い飛ばした。

 

「そうでもないけれど……」

 

私は否定する様にボソリと呟いたが、葵にはよく聞こえなかった様である。

 

「へっ、何?」

 

「いや、何でもないわ」

 

慌てて誤魔化したが葵はそこを深くは追及してこない、良かったのかどうかはわからないが彼女の興味はもっと別の部分にあるとみえる。


「ところで、そのお相手の男子はどういう人なの?性格とか見た目とか」

 

目を輝かせ、グイグイ迫って来る我が親友、本当にこの手の〈恋バナ〉が大好物の様だ。

 

「うん、見た目はかなりのイケメンかな?癒し系の優しい感じ、性格は……


少し強引というか、グイグイ引っ張ってくれるタイプかな、でも結構優しくて……」

 

ダメだ、言っていて自分が恥ずかしくなってくる、思い出すだけで顔が火照り始め変な汗が出て来る


まさかあの結城蓮の事をこんな風に話す時が来るとは思いもしなかった。

 

「へえ~いいじゃん、見た目と中身のギャップか……その点は凜と同じだね」

 

「うん、まあ……そんな感じ……かな?」

 

何とか誤魔化せたかな?と思ったのだが、ここで見逃してくれるほど彼女は甘くはない


葵刑事の厳しい取り調べはまだまだ続いた。

 

「見た目癒し系で中身が強引なタイプか……何か、凜の天敵〈結城蓮〉みたいな感じ?」

 

何気なく言い放った葵の言葉に、一瞬心臓が止まったかと思った。本当に余計なところだけは妙に鋭い我が親友である。


「ちょっと違うけれど……まあ、そんな感じ……かな?」

 

普段は思った事をハッキリと言うタイプの私が、こんなに歯切れの悪い返答をしたのは人生で初めてではないだろうか?

 

「ふ~ん、でも強引なタイプって凜とぶつからない?アンタかなり気が強いし


我が強いし、頭おかしいぐらい負けず嫌いだし……」

 

それが事実だからといってもう少し言い方ってモノがあると思うが……


まあ葵にそれを求めても仕方が無いし、中学の時からこの調子なのでもはや今更という感じだ。


「うん、実はデート中も私のせいで結構喧嘩になっちゃって……」

 

「えっ、【マチコン】で出会って初めてのデートでしょ⁉それで喧嘩するって、それはそれで結構凄い事だよ


どの程度の喧嘩だったの?」

 

「うん、まあ……結構派手にやらかした……かな?」

 

私が正直に自白すると、葵刑事は呆れ顔を浮かべ、言葉を失っていた。

 

「馬鹿じゃないの?初対面に近い相手と派手な喧嘩って……まあ凜らしいといえばらしいけれど……


友達として忠告するけれど、何でもかんでも噛み付いていたら嫌われちゃうよ」

 

違うのよ、相手は前から知っている蓮だから喧嘩になっただけで


初対面に近い相手に無差別的に噛み付く程、私は頭のおかしい女じゃないわ‼


と言いたい気持をグッと抑え、ここは〈狂犬バーサーカー〉の汚名を甘んじて受け止める事とした。


「そんな凜を受け止めてくれるって、相手は中々懐が広い男子みたいね、同い年でそれって凄い事だよ


まあ、だから凜も気に入ったのだろうけれど……」

 

「まあ……そんな感じ……かな?」

 

隠したい事と正直に言わなければいけない事が混在しすぎていて、葵に対する返事がまるでBotになってしまっている。


 私が終始歯切れの悪い返答をしているが、そこには踏み込んでこないでくれる葵


だがそれは〈武士の情け〉というよりも、〈単にデートが上手くいかなかった私がこれ以上醜態をさらしたくない〉


と捉えているのか、〈葵に隠していた事でバツが悪いから〉と捉えているのだろう、


察しが良すぎて逆に助かったという、稀有な例である。

 

「ハア、それでも、デート自体は上手くいったんだよね、手ぐらいは握られた?」

 

葵は呆れ顔のままため息交じりに問いかけてきた、どうやら私の事を〈頭のおかしい女子力ゼロ人間〉と認識した様な口調である


その言い方と〈馬鹿女認定〉という不名誉なレッテルにややムカついたが


葵に伝えた情報だけを分析すれば、その結論にたどり着く事はやむを得ないともいえる、情報開示さえできればこんな事には……

 

「手は握られていないけれど……二度ほど抱きしめられたし……ス……された……」

 

「えっ?何?聞こえないわよ、もっと大きな声で言いなさいよ」

 

「だから、二度抱きしめられたし……キスされた……」

 

私の告白を聞いた時の葵の表情は今でも忘れられない、両目を大きく見開き、口をポカンと開けながら完全に固まってしまったのだ。


「ちょっと、何よ、それ⁉凄いじゃない‼初デートで⁉〈恋愛マスター〉の私だって


マサシとキスしたのは三回目のデートよ、どうして……ちょっと、詳しく聞かせなさい‼」

 

私の告白は、どうやら〈恋愛マスター〉上坂葵の心に火をつけてしまったようである


しかしこちらとしては思い出すだけでも恥ずかしいのに、親友とはいえそれを打ち明けるとか……


自分の〈恋バナ〉を他人に話したがる人間の気持ちは永遠に理解不能だ


だがここに至って、〈恥ずかしいから言えません〉では我が親友はご納得いただけないでしょう


恥ずかしい事この上ないのだが、裁判前の宣誓のごとく〈良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べない事を誓います〉と宣言した以上


誤魔化す訳にはいかないのだろう……


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