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溢れ出る感情

「ハアハア、もう止めないか?このやりとり……」

 

「そ、そうね……何か馬鹿馬鹿しくなってきたわ」

 

冷静になってみると、この空虚な口論は卓球をやっている時よりはるかに大きな疲労感と脱力感を感じさせたからである。

 

気を取り直し、前人未到の【ラリー七回制覇】に向け、新たに気合を入れる私


その勢いのまま蓮の顔を見つめて力強く話しかけた。

 

「じゃあ続きをしましょうよ、私新記録を出す自信があるのよ。コツを掴んだっていうか


卓球というメカニズムを完璧に把握した気がするわ‼︎」

 

自信満々に言い放った私を見て、ヤレヤレとばかりに大きくため息をついた蓮。

 

「大言壮語もそこまでいくと清々しいな、ラリー六回続けただけで【卓球の神】の如き発言、本当に凛には感心するよ」

 

いつものように半笑いで皮肉交じりの言葉をぶつけてきた蓮だが、今の私にはそんな挑発的な発言に対しムキになる事は無い


何故ならそんな些細なことよりも崇高な目的意識があるか

らである。

 

「また私を馬鹿にして、そんなことはいいから、早く続きを始めるわよ‼︎」

 

あくまで前のめりの私に対し、蓮はふと壁の時計に目をやり、ゆっくりと首を振った。

 

「残念だが時間切れだ、初めてから一時間経ってしまったからな


これ以上続けると延長料金を払わないといけないし、まだ行きたい所があるんだ」

 

徐々に上達してきて気力充実やる気満々、さあこれから……というところで水を差された


というか食事の途中で邪魔されたような気分である、しかし今の私の立場上、スポンサー様の意向に逆らう事はできない


私は忸怩たる思いを抱えながらも、後ろ髪引かれる思いで温泉旅館を後にした。



「せっかくいいところだったのに……」

 

私は唇を尖らせ蓮に対し、聞こえるぐらいの小さな声で恨み節のように訴えた。

 

「【温泉卓球】そんなに気に入ってくれたか、連れて行った甲斐があったぜ」

 

どこか上機嫌の蓮の態度に、またもや強がりの反論をしてしまう。

 

「そこまでじゃないけれど……まあまあだったわ、それで、今度はどこに連れて行ってくれるの?」

 

今回のデートは、最初はあまり乗り気じゃなく、彼との約束を破った後ろめたさから仕方がなく付き合ったはずだったのだが


ゲームセンターや卓球など、初めての体験が思いの外面白

く、今ではすっかり私の方が前のめりになっていたのだ


卓球が途中で打ち切られたのは残念だったが、それと同時に


〈今度はどこに連れて行ってくれるのだろう?〉という期待感が止まらず、ワクワクしていた。

 

「何処という程の所じゃないけれどな……」

 

いつものように頭をかきながら何か含みのある言い方をしていたが、ここまでくると蓮に対する奇妙な期待感があった


〈彼は必ず私を楽しませてくれる所に連れて行ってくれる〉という


根拠のない信頼が芽生えていたのだ、昨日までの自分には考えられない思考である。

 

「こんな所はどうだ?」

 

蓮が次に連れて行ってくれたのは小高い丘の綺麗な場所。


青く澄み切った空の下、一面に美しい花が咲き誇り視線の先にはおしゃれな白いテーブルと椅子が並べられている


何処からともなく吹いてくる爽やかな風が私たちの頬を優しく撫で


遠くからは小鳥のさえずる声が耳に自然と入ってきて、更に心を和ませてくれる


そんな夢の様な空間を目の当たりにして、私は一瞬呆然としてしまった。

 

「悪くない場所だろ?」


そんな蓮の質問に、さすがの私も今回ばかりは素直にうなずいた。

 

「何よ、ここ……すっごい素敵な所じゃない⁉︎」

 

まるでおしゃれを絵に描いたようなデートスポット、〈こんなところでお茶ができたらいいね〉


という場所が目の前に広がっていた。

 

「ここはデートスポットとしては有名な場所でな、かなり人気があるとかで


抽選を突破したモノしかここには来れない、利用するのも一苦労なんだぜ


ここを利用する権利を高額で転売する人間まで現れたぐらいだ」

 

「凄いじゃない、蓮、もしかして私の為に抽選を突破して取ってくれたの?」

 

「お、おう……まあな」

 

少し照れながら顔を背ける蓮の姿は何処となく可愛く見えた。

 

「そう、だから卓球を切り上げてここに来たってわけね」

 

「まあな、じゃあ座るか」

 

誰もいない小高い丘に設置された白い椅子に座る私たち


すると青くて美しい蝶が何処からともなくヒラヒラと飛んで来て私の顔の横を通り過ぎふとテーブルに止まる。


そんな光景を心温まる気持ちで見ていたら、蓮が目の前にウインドウを開き、注文のメニューを見ていた。

 

「何にする?もちろん奢るぜ」

 

「じゃあ、私はアイスレモンティーを」

 

「わかった、俺はコーヒーでいいや、じゃあ注文するぜ」

 

蓮がウインドウのボタンを押すと一秒とかからずに目の前に注文の品が現れた


さすがは仮想空間、やることにそつがない。

 

私は目の前のアイスレモンティーを手に取り、ストローでゴクリと一口飲み込む


レモンの爽やかな香りが鼻を通り過ぎ、喉を潤す。卓球で少し喉が渇いていたのですごく美味しくいただく事ができた


仮想空間とはいえ、USDを通して視覚や聴覚はもちろんの事、味覚、嗅覚さえも忠実に表現しているあたり


さすがは政府が莫大な予算をかけて築き上げた施設だ。誰かがネットで【幸せの楽園】と呼んでいたのも頷ける。


 そんなことを思いながらふと目の前の蓮に視線を移すと彼は無言のまま湯気の立っているコーヒカップを口元に運び


遠い目をしながらおもむろに視線を横に向けた、物憂げな表情と儚さすら感じさせるその雰囲気は


何処となくミステリアスで男の色気のようなものを感じさ

せる。改めて見るとやっぱりこいつカッコイイ……


性格はアレだが基本いい奴だし、頭も切れる。そして何より私より【KOEG】が強いのだ


今まで蓮を男性として見た事はなかったが、もしかしたらかなりのハイレベル男子なのかも?などと考え始めていた


するとそんな私の視線に気が付いたのか、不意に視線が合い、不思議そうな顔で問いかけてきたのだ。

 

「何だよ、何か言いたそうだな?」

 

突然の反応に少し戸惑うが、〈アンタよく見るとイイ男ね〉とは言えず、咄嗟に誤魔化した。

 

「べ、別に何でもないわ……ていうか少し意外だったのよ、今までゲームセンターとか温泉卓球とか


ロマンチックとは無縁の場所ばかりだったから、今度もそうなのだろうな……勝手に思っていたから」

 

「調べたらこういう場所が女性に喜ばれると載っていたからな、今日はどうしても凛にキチンと話したい事があって……」


 あの蓮がおちゃらけもせず真っ直ぐ私を見つめ、突然真剣な表情で語りかけてきたのだ。

 

何、何、何、まさかこの展開って、告白⁉︎私告られちゃうの?どうしよう


そんなの考えた事もなかった、そもそも今まで蓮を男として見ていなかったよ


でも今さっき〈こいつ思ったよりもイイ男〉とか思い始めていたのは事実……


いやいやいやいや、無理無理無理、もう少し時間をください、心の整理がつかない


どう考えても準備期間が足りません、そんな乙女チックな瞬間が私に訪れるなど想定外もいいところよ


どうしよう、どうしよう……


 私の妄想は止まることを知らなかった、完全に頭はパニックを起こし活動停止のフリーズ状態


しかしそんな事情を知らない蓮は一秒たりとも待ってはくれない


私の心の〈ストップ‼︎〉という声が届くはずもなく、蓮はその流れのまま口を開き言葉を発した


しかし彼の口から出た言葉は私が想像していたものとは違うモノだった。

 

「なあ凛、今年の【KOEG】になぜ出て来なかった?」

 

そうか、そっちか……考えてみれば当然である、私は何を舞い上がっていたのだろう


こんな可愛くない女が告白とかされる訳ないじゃん。思い起こせば、嫌われる理由に思い当たる事は数あれど


好かれる理由はとんと見当たらない。自意識過剰も甚だしい、とんだお笑い草だ


少し前まで思い上がっていた自分を殴ってやりたい気分である。

 

「べ、別に、理由なんて無いわ……」

 

私は思わず顔を逸らし、理由とも言えない返事を無理矢理返した


彼とは今日一日で随分と打ち解けた感はあるが、それでも本当のことを言うには抵抗がある


〈貴方に見限られるのだけは嫌だった〉とは言えない。弱音というか蓮に対する敗北宣言に近いこの言葉だけはどうして

も口にしたくは無いのだ。


「こっちは真剣に聞いているんだ、ちゃんとこっちを見ろよ、凛‼︎」

 

逃してくれなかった……だけど察してくれとは言えない、超能力者でも無い限り私の心の内など読めるはずも無い


最強のハッカー結城蓮でも私の心の秘密までは見えないのだろう。

 

「その……ほら、私たちもう高校三年生じゃない、その……進路とか受験とか……」

 

「はあ?何を言っている、お前なら大学なんか行かなくても【サイバーテクノロジー社】だろうが


【IGMソリューション】だろうが【MBC】だろうが、二つ返事で入社できるだろうが、下手な嘘つくんじゃねーよ‼︎」


 取ってつけたような嘘にド正論をかまされ、ぐうの音も出ない私


確かに今挙げられた企業からはかなりの高待遇で〈是非ウチに〉という勧誘はきていた


私に来ているのだから蓮にもきているのは至極当然で、少し考えればわかる事なのに


どうして私はこうも嘘が下手なのだうか……

 

「えーっと、その……何というか……色々とあるのよ……」

 

もう具体的な言い訳も思いつかない、これで納得する人間がいたら見てみたいというほどの不誠実な回答


彼には本当に申し訳ないとは思うが、本当の事が言えない以上、私にはこれしか言いようがないのだ。

 

「どうあっても本当のことは言わないつもりか……わかった、もういいよ……」

 

えっ、もういいの?ラッキー、まさかの無罪放免、正直〈助かった〉という言葉が頭に浮かぶ


しかしその時見せた蓮の表情は私の心に衝撃を与えた。

 

「確かに去年の約束は俺が一方的に押し付けたモノだ、凛に守る義理はない


でも、俺は待っていた……高校最後の【KOEG】の戦いでライバルとしてお前と戦う事を


団体戦でお前と一緒に戦う事をずっと待っていたんだ……


結局俺一人の思い込みだったと思うと寂しいというか悲しくてな……


つい責める様な口調になっちまった、悪い、これはあくまで俺が一方的に思っていたことで凛には関係ないものだしな


キモい男の思い込みと笑ってくれ……」

 

自重気味に乾いた笑いを見せる蓮。もちろん笑えるはずなどなかった


いつも自信満々で不遜な彼のこんな寂しそうで悲しい顔を見たのは初めてである


その時私は自分がとんでもない事をしてしまったのだと自覚した。


つまらない見栄と虚栄心で彼を傷つけてしまった自分の愚

かさ思い知った


その瞬間、私の両眼からボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちてきたのである。


「ど、どうした凛?いや、その……泣くなって、何だかわからんが、ゴメン、謝るから……」

 

突然泣き出す私に戸惑いを隠せない蓮はどうしていいのかわからずオロオロと狼狽えていた。

 

「ごめん……なさい……わた、私が……悪いのよ……うっ、ごめん、蓮……本当に御免なさい……うっうっ……」

 

溢れてくる罪悪感と自己嫌悪で涙が止まらない、感情が止められない


泣けば泣くほど言葉が出てこない、今日一日で二度目の号泣


せっかくの初めてのデートなのに、蓮は精一杯誠実

に私に向き合ってくれているというのに……


最悪だ、最低だ、何処のメンヘラ女だ、死にたい、消えたいよ……

 

蓮はどうしていいのいかわからず私を抱きしめ謝り続けている


だがその謝罪の言葉を聞くと余計に涙が溢れてくるのだ


せっかく抽選を潜り抜けてまで用意してくれたこのおしゃれな空間で


意味不明に泣き崩れるという史上最低の行為を行なった私は感情が落ち着くまで、蓮の胸で泣き続けた。


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