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激闘の温泉卓球

「ここは何処なの?」

 

私はあたりを見まわしながら思わず問いかけると蓮はニコリと微笑み言葉を発した。

 

「ここは有名な温泉旅館だ」

 

その言葉を聞いた途端、私は思わず両腕を抱えながら後ずさりした。

 

「お、温泉⁉どこでもいいとは言ったけれど、温泉で混浴とか絶対に嫌よ‼ていうか、何考えているのよ、この変態‼」

 

蓮を激しく睨みつけ、力一杯罵声を浴びせてやった。

 

「ハア、そんな訳無いだろ、おかしな想像するんじゃねーよ」

 

軽くため息をつき、呆れ顔でこちらを見てくる蓮、その態度と口調は明らかに私の自意識過剰に対する反応だろう


そんなモノを見せられ今度はこちらが恥ずかしくなってきた。

 

「じゃ、じゃあ何で温泉なんか来たのよ?」

 

「温泉と言えば、コレだ、【卓球】だよ」

 

蓮は素手のまま卓球のスイングのそぶりを見せたが、何ともサマになっていない


先ほどのもぐら叩きもそうだったが、どうやら彼は運動があまり得意ではない様である


その発言と行動が全く比例しない蓮の姿が妙に滑稽に見えてきて、私は思わず噴き出した。

 

「ぷっ、それじゃあ全然卓球に見えないわよ、アンタ〈レトロゲームが好き〉とか言って偉そうに言っているけど


どうやら運動は全般的に苦手の様ね」


 私は口に手を当てて、精一杯意地悪な口調で言ってやった、すると蓮は珍しく顔をしかめワザと視線を逸らした。

 

「別にいいだろ、好きなモノと得意なモノは違うんだよ、それに好きでいる事が上達の一番の近道と言うじゃねーか


【好きこそ物の上手なれ】という諺もあるしな」

 

「アンタの場合は【下手の横好き】だけどね、フフフフ」

 

蓮は少しムッとしながらも反論はしてこなかった、どうやら私は初めてこの男に対してマウントをとれたようである、非常にいい気分だ。

 

「そんな事はいいから、さっさと行くぞ‼」

 

「へ~い」


 少しぶっきらぼうに言い放った彼はクルリと背を向け旅館内の遊戯施設の部屋へと歩みを進めた


私はニヤニヤしながらその後を付いて行く、廊下では何人かの浴衣姿の宿泊客とすれ違い


ふと窓の外の海を眺めると、視線の先には子供連れの親子が楽しそうに遊んでいて


耳に届く波の音と潮の香りが臨場感を際立たせ本当に海辺の旅館に居る様な錯覚を覚える


これが仮想空間だというのだから大したものだと感心せずにはいられなかった。

 

しばらく歩いていると卓球台が二つ置いてある部屋へとたどり着く


一台は大学生風の男性が浴衣姿で卓球を楽しんでいたが、この人達が私達と同じアバターでの参加なのか


演出上のNPCなのかはわからない、ふとそんな事を考えたが、どうせ絡むことは無いだろうからどうでもいいのだろう。

 

「早速始めるか、ところで凜、卓球はやった事はあるか?」

 

急に元気になりやる気満々で話しかけてくる蓮、その上から目線がやや気になるが


先程、少し留飲を下げた私は今はかなり寛大な気持ちになっている


まあ少し調子に乗っているぐらいの事は大目に見てやろう、私も随分と大人になったモノである。

 

「無いわね、ルールもイマイチわかっていないわ」

 

私は両手を腰に当てて胸を張り堂々と言ってやった。


「知らない癖にどうしてそんなに偉そうなんだよ……ルールは単純


最初のサーブは自陣に球をワンバウンドさせ相手陣にもバウンドさせる


後は交互に相手陣に打ち込んで返せなかったら得点というルールだ」


「オリンピックで見たことがあるから少しは知っているわ、得点した時に〈チョレイ〉っていうのよね?」


すると蓮は呆れ顔を見せた後、疲れたように答える。


「あのなあ凜、それいつの時代の話だよ……しかもそれはルールじゃない」


「そうなの?まあ何でもいいからチャッチャとやりましょうよ、絶対に負けないわよ‼」


私は既に戦闘モードに入っていた、例え初めての競技でルールすらおぼつかなくても、こと勝負事で負けるのは絶対に嫌なのである。


「初めてやる卓球でどうしてそんな自信満々になれるのかはわからんが、凜らしいと言えばらしいな


その豪快なフラグの立てっぷりも……だが、実は俺も卓球をやるのは初めてだ


仮想空間とはいえ、体の動きは実際にやるのと変わらないからな、だからここで凜に一つ提案がある」


「提案?何よ、ハンデでも欲しいっていうの?」


「そんな訳無いだろ、どれだけ強者視点なんだよ……いいか凜、俺達は初心者だ


だからまずは勝負より卓球という競技に対しての慣れが必要だろう、だからどれだけラリーを続けられるかを試してみよう、という提案だ」


「まどろっこしいわね、そんなチュートリアルのような練習は必要ないわ、サッサと勝負よ‼」


私は蓮の提案を一蹴し、真剣勝負を所望した。


だがそんな私の言動とは裏腹に蓮は大きくため息をつくと、ゆっくりと首を振りながら再び口を開いた。


「その無意味な自信と根拠はどこから来るんだ?お前も俺と一緒で基本的に運動系はダメだろうが?」


「アンタと一緒にするんじゃないわよ‼これでも私、足は速いのよ‼」


「わかった、わかった、じゃあラリーで十回出来たら勝負してやるから」


ヤレヤレとばかりに首をすぼめる蓮、この人を馬鹿にした態度


見てなさいよ、アンタとは違うってところを見せつけて、思い知らせてやるんだから……

 

「わかったわ、ラリー十回ね?ただ単に返すだけでしょう?そんなの楽勝じゃない」

 

「ヘイヘイ、口だけじゃないところを見せてくれ、じゃあ早速始めるか」

 

蓮はそう言って指でウインドウを開くと二人の手にはラケットが現れた


それを手に取り早速始めるのかと思いきや、蓮はある提案をしてきた。

 

「いいか凜、この【温泉卓球】というのはルールというかマナーがあってな、それは〈浴衣〉を着て楽しむというモノだ


幸いこの旅館の〈浴衣〉は最初から料金に入っているし、タダだ、だから〈浴衣〉を着てやろうぜ」

 

コイツはまた訳の分からない事を言い出した、何なのだ、このおかしなこだわりは?

 

格好何かどうでもいいじゃない、それよりさっさと始めましょうよ」

 

「わかっていないな、凜、この【温泉卓球】というのは日本古来に伝わる由緒正しき伝統芸能だ


〈浴衣〉を着て楽しむというのはいわば様式美と言ってもいい、日本人なら情緒とか風情とかそういったモノをもっと大事にしろよ」

 

「何よ、その平成生まれの年寄りの様な発言は、どの格好で楽しもうが個人の勝手じゃない


そもそもアンタは何の権利があって私にそのおかしな価値観を押し付けるのよ、私が納得できるように論理的に説明してみなさいよ⁉」

 

どうだ、この私の完璧な理論武装、破れる者なら破ってみなさい。

 

「ここの金は俺が出しているんだが……」

 

一言で論破された。私は仕方がなく、やむを得ず、断腸の思いで蓮の提案を受け入れる事にした


だがここに明記しておく、コレは敗北ではない、戦略的撤退であると。

 

私の前に現れたウインドウには〈浴衣を装着しますか?〉という文字が浮かんでいた


その〈YES〉のボタンにタッチすると一瞬で私の衣装は浴衣へと変化する


浴衣は子供の頃に夏祭りで来たことがあるが、こういった旅館の浴衣を着るのは初めてである


少し抵抗があったがこうして着てみると悪くない。

 

「中々似合っているじゃねーか」

 

振り向くと蓮の既に浴衣に着替えていた、こっちはこっちで中々のモノである


性格的には私も蓮も浴衣というタイプでは無いのだが、やはり日本人という血は争えないのだろうか?妙にしっくりくる。


「元々凜は和服が似合いそうな美人だからな、予想通りよく似合っているぜ」

 

どうしてコイツはこういう事をスラリと言えるのか……


ニヤけるな、私‼コイツの言葉で喜んでいるチョロい女とか思われたら最悪だ。

 

「あ、有難う……蓮も結構似合っているわよ……」

 

「おっ、そうか?サンキュー、じゃあ始めるか」

 

ようやく始まった私と蓮の【温泉卓球】だがお察しの通り、思いのほか上手くいかない


十回どころか五回もまともにラリーが続かないのだ。

 

「ちょっと、ちゃんと返しなさいよ‼」

 

「いやいや、今のは、凜のミスだろう?」

 

「女に責任を押し付けるつもり?そんなの男らしくないわ‼」

 

「それはいつの時代の発言だ?文句言わずにさっさとやるぞ」

 

苛立つ気持ちを何とか抑え、卓球に全力で挑む、何故私がこんなにイラついているのかといえば理由は簡単


私達は同じ初心者のはずなのに、蓮の方がほんのわずかに上手いという信じたくない事実である


一般の人間から見れば〈目くそ鼻くそ〉という低レベルでの争いなのだが


どれほど低いレベルでも私にとって〈蓮に負けている〉という事が許せないのだ


思えばコイツに勝った事がない、何でもいいから蓮に勝ちたいという思いが私を余計に苛立たせる


ただでさえ下手糞なのに気は焦り平穏とは程遠い精神状態だからなおさらミスを誘発する


その証拠にラリーでのミスはほとんど私の責任だ、それを認めたくなくて蓮に八つ当たりしているというどうしようもない現状、本当に最低ある。

 

「おい凜、力みすぎだ、今はラリーをやっているのだぞ?勝負じゃない、俺を敵だと思うのはひとまず止めろ」

 

当然の指摘である、しかしそれを素直に受け入れられる程の器は私にはなかった、それこそ反射的に反論してしまうのだ。

 

「そんなこと言われても無理よ、卓球という競技は対戦相手と競いあうモノでしょう?


つまりアンタは私の敵という事じゃない、そもそも蓮と協力とかありえないわ‼︎」

 

実力もないのにプライドだけは一人前で、蓮から同情とか哀れみをかけられているかと思うと到底許容できないのだ


それはまるで弱いくせにギャンギャンと吠える犬の様であった。

 

「あのなあ凛、まずは落ち着け、俺も含めて俺たちはまだ競い合うほどのレベルに達していないんだ


まずはラリーという段階を踏まえて改めて競技に入ると思えばいいじゃねーか


大体〈俺と組むとかありえない〉と言っているが、一年前には【KOEG団体戦】で組んだじゃねーか


そこまで頑なにならずとも、あの時のつもりでやればそんなに難しい事じゃないだろ?


俺は凛と戦いたくてここに来たんじゃない、遊びたくて来たんだ」

 

「あっ」

 

私は思わず声をあげた、言われてみればその通りである、一年前には同じチームのメンバーとして戦ったのをすっかり忘れていた


一人だけ終始対抗意識剥き出しで鼻息を荒くし、一人

〈グルルルル〉と唸り声をあげていたのだ


冷静に考えると華の女子高生とは思えない所業である、もしもこれを葵が知れば確実に説教モノだ。

 

「わ、わかったわ……じゃあ、私が打ち返しやすいようにキチンとやりなさいよ」

 

「へいへい、仰せのままに」

 

〈いやはや困ったものだ〉とでも言わんばかりに首を窄めて返事をする蓮。まあしかし彼のこの反応は至極当然だろう


どこまでいっても可愛くない、私は何かと引き換えに可愛さというものを悪魔にでも売り渡してしまったのだろうか?

 

しかしそんな邪念を振り払い、気を取り直して【温泉卓球】のラリーに挑む


考えてみれば来た球を相手陣に打ち返すだけという至極簡単な作業


高度な技術や緻密な戦略とは程遠い、正に単純明快である、しかも相手はなるべく打ち返しやすい球を供給してくれるというのだ


肩の力さえ抜けばどう考えても楽勝だろう……そう思っていた時期が私にもありました。


「あれ?おかしいわね、どうして……」

 

「大丈夫だ、徐々に上手くなっているぞ」

 

「うるさいわね、その上から目線やめてよ‼︎」

 

「ゴメン、ゴメン、じゃあ次行くぞ」

 

続かない、ラリーがどうしても続かないのだ、こんな単純な事ができない自分がもどかしい


どうやら私には本当に卓球の才能がないようだ。

 

しばらくは不毛なトライアンドエラーを繰り返し、低レベルのやり取りが続く中


しびれを切らせたのか、蓮の方からある提案があった。

 

「なあ凛、お前は〈いい球を返そう〉とか思わなくていい、何でもいいから打ち返せ、俺が何とかしてやるから」

 

私にとっては屈辱的な救済措置、しかし何も言えなかった


この失敗の連鎖はどう考えても私のせいなのだ、複雑な心中をひた隠しにし無言のままコクリと頷くと蓮の指示に従う事にした。

 

「じゃあ行くぞ」

 

私は蓮の言われた通り球を打ち返すことだけを考えた、ただ返すだけならば先ほどまでよりずっと難易度も下がり成功確率も上がる


その分蓮に負担がかかっているのは確かだが、〈ラリーを続ける〉という目的遂行のためにはこの戦略がベストだと言えるだろう


そんな彼のフォローもあり何度かラリーが続くようになってきた


当初の想像とはまるで違う。山なりの球を交互に返すというだけの何でもない作業が徐々に楽しくなってきたのだ


そんな心躍る自分に少し驚いていた、隣りの台ではNPCの演出による卓球の試合が行われている


社員旅行風の中年男性が笑いながら温泉卓球を楽しんでいる


もちろん私たちよりはるかにハイレベルの攻防を繰り広げていた


これまでの私ならばそれに対抗意識を燃やしていたかもしれない


だが今はそんな事どうでもよかったのだ、蓮の返して来た球をただただ打ち返すだけの工程が妙に楽しい


何故自分がこれほど高揚しているのかはわからないが、もうそんなことすらどうでもいいと思える程に楽しかったのだ。

 

「やった、やったわ、六回もラリーが続いたわよ、ねえ蓮、これってすごくない⁉︎」

 

我を忘れてはしゃぐ私、先ほどまでの斜に構えていた自分はどこに行ったのだろうか?と思えるほどの豹変ぶりである。

 

「さあ、どんどん行くわよ、次は前人未到の新記録、七回に挑戦よ、早く次打って来なさい……って、どうしたのよ?」

 

やっとエンジンがかかってきて前のめりになっている私とは裏腹に、目の前の蓮は何故か目線を逸らし、顔を赤らめていた。


「凛、お前……その……浴衣、はだけているぞ」

 

蓮に指摘されハッと我に返って自分の姿を確認すると、確かに浴衣ははだけていて胸元がかなり露出していた


流石にポロリとまではなってはいなかったが、私は急に恥ずかしくなって咄嗟に両腕で胸元を隠すと蓮に対して慌てて背をむけた。


「ちょ、ちょっと、何見ているのよ、いやらしいわね‼︎」

 

「いやいや、見せているのは凛の方だろ?」

 

「人を露出狂みたいな言い方しないで‼︎何で仮想空間なのにこんなところまで忠実に再現しているのよ


浴衣の着崩れとかデータの調整でどうとでもなるでしょうに‼ていうかこれを再現する方がプログラミングとして難しいはずでしょ


全く無駄なことにお金使って、この仮想空間を作ったエンジニアって馬鹿なのか変態なのか……って


まさかアンタ、これを狙って私をここに誘った訳じゃないでしょうね⁉︎」

 

私の頭に浮かんだ新たな疑惑をぶつけてみたが、蓮はそれを慌てて否定した。

 

「そんな訳ないだろうが⁉︎そもそもここは政府公認の仮想空間だぞ


もし浴衣が着崩れて、乳首や下の毛、局部が露出したとしてもモザイクがかかるように出来ているんだ変な言いがかりは止めろ‼︎」

 

「アンタ、もう少し言葉を選びなさいよ‼︎仮にもうら若き乙女に向かって乳首とか下の毛とか局……


あ〜もう、本当に男っていやらしい、ちょっと浴衣がはだけただけで喜んじゃって、信じられない‼︎」

 

「ちょ、待て、俺がいつ喜んだ?お前が勝手に見せて来ただけだといっただろう、自意識過剰にも程があるぞ‼︎」

 

「誰が自意識過剰よ、大体アンタはね‼︎……」

 

こんな不毛で生産性のない口論がしばらく続いた。



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