投資金額に見合う効果とは?
「おお~、凜、ウサギ獲得おめでとう」
背中から拍手しながら祝福する蓮の声が聞こえてきた。
「お、おかしいわね、こんなはずじゃなかったのだけれど……」
私は獲得したウサギを胸に抱きしめ、思わず呟いた。
「いや~凜の執念というか、勝負に対する熱意は十分に伝わって来たぜ」
「それ、嫌味で言っているでしょう?」
そう、私が念願のウサギのぬいぐるみをゲットしたのは事実である、その事に関しては誰にも文句は言わせない
しかしその為の費用対効果が割に合わないというだけなのだ。どう安く見積もってもこのぬいぐるみが五つは買える資金を投入した
先程の言い方なら、サバンナの草原でウサギ一匹仕留めるのに、ライフルの銃声が300発鳴り響いたと考えてもらっていい。
随分と高価なぬいぐるみになってしまったが、その分愛着も沸くのだろう、知らんけど……
「だから途中でサポートNPCが〈取りやすいように景品を動かしましょうか?〉って聞いて来たじゃねーか⁉
その時に素直に移動してもらえば良かったんだよ」
「うるさいわね、そんなやる方で獲得しても嬉しくないのよ‼何か負けた気になるじゃない」
「クレーンゲームで勝ちとか負けとか無いだろ、お前は何と戦っているんだ?」
「いいのよ、これで……この子は私が自力で獲った、それで充分よ」
私はゲットしたウサギを強く抱きしめ、蓮に見せつける様に満足アピールをした。
「まあ、凜がそれでいいというのなら、いいけれど……」
蓮はやや呆れるように言った。私の言葉はもちろん強がりである、こんな安っぽいぬいぐるみ一つに月のお小遣いを半分以上投入してしまったのだ
この様な無駄で愚かな資金投入、愚の骨頂といえるだろう、もしも私が会社の社長だったなら
資金の私的流用、無駄な投資、経営能力に疑問という点を指摘されて、取締役会議で解任要求を出され、満場一致の即クビである。
私の性格から生涯ギャンブルには手を出さない方がいいと身をもって知った。
「じゃあ、向こうに面白そうなゲームがあったから今度はアレを……」
蓮がそう言いかけた時、私は彼の服の袖を掴んで無言の〈待った〉をかけた。
「ん、どうした?」
不思議そうに私の顔を覗き込む、しかしこちらにしてみればこれから私が言う事はバツが悪い事この上ない報告なのだ
しかし伝えない訳にはいかない、どうしようもなく後ろめたい気持ちを隠しつつ
視線を合わせないようにうつむきながら、力ない声でボソボソと伝えた。
「あの、蓮……私もうお金が……」
出会って最序盤でまさかの軍資金枯渇、恥ずかしさと申し訳なさでまともに蓮の顔を見られない。
「そっか……さっきのウサギで……」
さすがの蓮もどうしたモノかと頭を悩ませている様子である
こんな醜態をさらしてしまった私は誠心誠意、心の底から彼に謝った、もちろん口に出してではなく〈心の中で〉である。
「そうだな……じゃあ、アレにすっか」
蓮にさそわれるままゲームセンター内の端のコーナーに置いてある筐体へと移動する
無論私に選択権など無いので子犬の様に蓮の後を付いて行く
その筐体にたどり着くと入口には垂れ幕の様なモノがあり、中の様子があまり見えない仕組みになっていた
この中に入って遊ぶ、体感型のタイプのゲームだろうか?
「これ、なに?」
「これは【プリント倶楽部】、通称〈プリクラ〉といって昔若者に大流行し一世を風靡した代物だ
正確にいうとこの〈プリクラ〉の発祥は1990年代に入ってだから、この時代とは少しズレているんだが
まあそこは固い事言いっこなし、という事だ」
「ふ~ん、それで、これは何をするゲームなの?」
「ゲームというか、友達や仲間、恋人同士で写真を撮ってシールにするというモノだ
色々と言葉やデコレート画像を入れて楽しむ事も出来る」
ノリノリの態度でどことなく嬉しそうに説明する蓮だったが
私にはこの〈プリクラ〉とやらの良さはまるで理解できなかったのである。
「でも、そんなのUSDで撮影して画像取り込めばいいだけじゃない、それのどこが楽しいのよ?」
すると蓮は大きくため息をついてこう言った。
「凛、あのなあ……その発言は、時代劇を見ていて、かまどでご飯を炊く光景を見ながら
〈何で炊飯ジャーを使わないの?〉と言っているのと同じだぞ?」
ヤレヤレとばかりに蓮にド正論をかまされ、返答に困る私。
「わ、わかっているわよ、そのくらい、言ってみただけよ、言ってみただけ‼︎」
「いや、今のは素から出た言葉だろ、何度も言うがこの時代にはUSDはおろか携帯電話もなかった時代だからな」
まるで子供を諭すような口調で説明する蓮、またしても完全にマウントを取られた形である。
「もうその事はいいわよ、で、何だっけ?【プリクマ】だっけ?」
「【プリクラ】だ【プリクラ】‼︎【プリント倶楽部】の略称だと言っただろう、凛……お前の記憶力は鶏以下か?」
「誰が鶏以下よ‼︎前から思っていたけど、蓮、アンタ私に対する扱い酷くない?猪だの鶏だの、うら若き乙女に向かって、もう少し言い方があるでしょ⁉︎」
私はワザとらしくプイっとそっぽを向き、すねた態度を見せてみた
我ながらあざといとは思うし、キャラクター的にこの様な仕草が甚だ似合わない事も承知しているのだが
私としては一方的にマウントを取られ続けているこの流れを何とか変えたいという苦肉の策であった。
「じゃあ、どんな動物なら納得するんだよ?」
蓮が呆れ気味に問いかけてきた、その切り返しは予想していなかっただけに少し戸惑ってしまうが
ここで何も返さないのは負けだと思い、必死で考えた。
「えっと……そうね、ウサギ……かしら?」
無理矢理絞り出すように答えた私だが、それがいけなかった、私の答えを聞いた途端
蓮は思わず吹き出し腹を抱えて笑い出したのである。
「ぷっ、ウサギ?凜がウサギとか、それどんなボケだよ⁉
〈私、寂しいと死んじゃう〉とか言い出すのか、お前が?ハハハハ腹痛え、最高のギャグだ、ハハハハ」
何だかわからないが私の〈うさぎ発言〉がどうやら彼のツボにはまった様である
隣で笑い転げる蓮を見て、恥ずかしさと後悔で消えたい気分だ、反撃の為の苦肉の策とはいえ慣れない
事をした代償はかなり高くついたのである。
「もう、帰る……」
私は小さな声で呟くと、ウインドウを開いて【強制退場】のボタンを表示し、この仮想空間から逃げようとした
すると今まで爆笑していた蓮の笑い声がピタリと止まり、慌てて私の右腕を掴んできた。
「わりい、笑いすぎた、謝るから帰るとか言うなよ」
「アンタが私を馬鹿にするからじゃない、私だって一応女の子なんだよ」
らしくないセリフを言ってみたが、コレは本心からの言葉であった
今回の蓮とのデートはそれほど乗り気という訳では無かったが、一応人生初のデートという事でそれなりに胸躍らせ
て来た
それが結果的に〈自分の女子力の無さを露呈するだけの検証実験〉みたいなオチになってしまい、激しく落ち込んだ、という訳である。
「ゴメン、悪かった、頼むから機嫌直してくれ、ほら、【プリクラ】撮ろうぜ‼」
手を引かれて【プリクラ】の筐体に連れていかれる私、しかしこれはデートというより駄々をこねて親に引っ張られる子供の様である。
「でも私、もう、お金無いし……」
「俺がおごるよ、これぐらい……ほら撮影だ、笑えよ凜、せっかくの美人が台無しだぜ」
【プリクラ】の筐体内部に入り、画面に向かって笑顔を見せる蓮
しかし私はまだ仏頂面のまま笑顔を作る事はしない、我ながら本当に面倒臭い性格である
しかもそんな態度を見せながらも蓮に〈美人〉と言われてちょっと喜んでいる自分の心が腹立たしい、私は何をどうした
いのだろうか?
「ほら、この画面に好きな言葉を入力して撮影できるぜ、凜も何か書けよ」
私は言われるまま、画面に向かって無言で文字を書いた、それを見て少し顔が歪む蓮
続けて蓮も文字を書き込んでいた。
〈撮影を開始します、3、2,1〉
カシャっというシャッター音と共に撮影が終わる、出て来たプリクラを見て私達は苦笑いを浮かべた。
「何よ、コレ?」
「いやいや、凜こそプリクラに入れる言葉じゃないだろう?」
蓮が入れた文字は〈ウサギ姫、ご機嫌斜め中〉という皮肉ともとれる文字
そして私が入れた文字は〈もっと私を大事に扱え‼〉という魂の叫びともいえる文字だった。
「今の撮影画像をUSDアドレスに送っておけば画像保存できるし、昔風にシールとしてプリントアウトもできるぜ
そっちを選択したらさっきのぬいぐるみと一緒に送られてくる、その場合は別料金がかかるけれどな、どうする凜?」
「じゃあ、送って……」
そんな私の返事に少し驚いた表情を見せる蓮。
「意外だな、凜の事だから〈画像で充分〉とか言い出すかと思ったが?」
「プリントアウトすれば別料金がかかるのでしょう?少しでもアンタにお金を使わせてやりたかったのよ」
「それは、それは、そんな事で姫のご機嫌が直るのなら安いモノです」
蓮は突然執事の様にかしこまった態度でお辞儀をする、そのリアクションが妙におかしく、私は思わず吹き出してしまった。
「ぷっ、何よ、それ?」
「出来る執事のイメージで言ってみたのだけれど、ダメだったか?」
「アンタのどこに執事のイメージがあるのよ、蓮を執事として雇ってくれるところ何かどこにもないわよ」
「そりゃあそうだ、そもそも俺は人の下におとなしく従う様な素直な人間じゃないし、俺にとって執事は一番縁遠い職業だろうな」
「そうね、蓮って、無礼だし、気が利かないし、無神経だし、失礼だし、傲慢だし、優しくないし
私を馬鹿にするし、いつもヘラヘラしていてムカつくし、それから、え~っと……」
「おいおい、最後の方は凜の感想じゃねーか⁉」
「へへっ、バレたか?」
私達は顔を見合わせ笑った、この何気ない会話と空気がどことなく心地いい、何だろう、この味わった事の無い気持ちは……
それが何なのかを知るのはもっと後になるのだが……
私は改めて、写真を見つめると、ある違和感を覚えた。
「ねえ、この〈W12L11〉って何?」
蓮が書き込んだ文字にこの様な暗号じみたモノがあり、それが何かを聞いてみたのだ。
「う~ん、まあ大したものじゃねーよ、何となく……」
何やら蓮らしくない誤魔化すような煮え切らない言葉だったが、その時の私は、それほど気にしなかった。
「ふ~ん、まあいいわ、それで、これからどうするの?言っておくけれど私もうお金ないからね」
ここまで来たら開き直るしかないと腹をくくり私は胸を張って言い切った、その姿はまるで
〈飯は食ったが金がない、だからどうとでもしろ〉という食い逃げの確信犯の様である。
「そうだな、じゃあどうするか……あっ、あそこにするか⁉」
蓮は何か思いついた様だったが、そこが何処なのかは聞かなかった、聞けばごちゃごちゃ文句を言ってしまう可能性があるからだ。
「え~っと、あそこは確か……」
蓮はウインドウを開き、次の場所への検索を始めた。
この仮想空間システムは政府が巨額の税金を投入して制作した事もあり、非常に精巧で数えきれないほどの場所がある
今ではその利用料金も政府の重要な収入源になっているというのだから政策としては悪くなかったのだろう
完全にペイできるまでは二十二年かかるらしいが。
「よし、見つけた、行くぞ、凜‼」
蓮の声とほぼ同時に周りの光景が一瞬で変わる、たどり着いたその場所は何とも奇妙な場所であった。
「ここは一体……」
私達の周りには皆同じ浴衣を見た老夫婦や家族連れ、カップルなども目に付いた
どこかの建物の内部だという事はわかるが、そこが何処なのかはわからない
窓の外には海が見え、微かに潮の香りも漂ってくる。誰もがニコニコとしながら嬉しそうに会話をし、ゆっくり歩いていた。
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