卑劣な武器
ゲームを終え、立ちすくんでいる蓮の背中を見て、私は思わず噴き出した。
「プッ、何よ、アンタ。あれだけ偉そうに言っておいてどれだけ凄いのかと思っていたら、私と大して変わんないじゃない」
「う、うるせー、今日はたまたま調子が悪かっただけだ」
「調子ねえ、初めてプレイした私と2ポイントしか変わらないのなら実質私の勝ちでしょう」
「何だ、その訳の分からない理屈は、現実に俺の方が2ポイント勝っている。しかも俺だってこの【もぐら叩き】はまだ3回目だ‼」
「三回目と言えばベテランの域じゃない、負けず嫌いは結構だけれど、たまには素直に負けを認めたら?」
「世界中の人に言われても、凛にだけは言われたくないセリフだな、どの口が言っているんだ?」
私にしてみれば、初めて訪れた反撃のチャンス、今まで散々馬鹿にされてきた恨みをここで晴らさず、何処で晴らすのか⁉という気持ちであった。
「〈レトロゲームが大好き〉と聞いていたからどれ程のモノかと思っていたら、この体たらく
【KOEG】個人戦王者もモグラ相手だと苦戦なさるようですわね、ホホホホホ」
「凜、てめえ、ここぞとばかりに反撃してきやがって、いい性格してやがるな」
「お褒めにあずかり、恐縮至極にございますわ。暗黒王子も可愛らしいモグラが相手ですとつい手心を加えてしまうという事なのでしょう
それでなくては、あの無様な姿は説明できません事よ、でもそれは慈愛精神かしら?それとも動物愛護?
人間には厳しい魔界の王子もモグラには優しいとか、わたくし心底おかしゅうございます」
思いつく限りの嫌味を言ってやった、日ごろ私がどんな思いをしているのか、少しは思い知るといいわ。
「その見た目で、その言葉遣いは滅茶苦茶腹が立つな、よし、そこまで言うなら勝負だ‼」
珍しく熱くなってきている蓮、シメシメ、今までコイツに味会わされてきた屈辱をここで晴らしてやるんだから
【江戸の敵を長崎で討つ】という諺があるけれど、【KOEGの敵をゲームセンターで討つ】事にしよう、これで私の留飲も少しは下がるってモノよ。
「勝負って、一体何をするのよ?」
「凜、さっき言ったよな?〈三回やればベテランの域〉と?」
「言ったけど、それが何か?」
「だったらそれで勝負しようぜ、凜が後二回やって、今の俺の得点を越えられるか、それで勝負だ‼」
何を言い出すかと思えば、コイツにしては随分と頭の悪い事を言い出した。
「アンタ馬鹿じゃないの?私は初めてやったプレイであの得点を出したのよ。
たった2ポイントしか差がないのに、三回もやったら私が勝つに決まっているじゃない‼」
「さあ、それはどうかな?この2ポイントの壁は厚いと見たが」
「じゃあ、私が後二回の内にアンタの得点を越えたら謝りなさいよ‼〈私の負けです〉と頭を下げるのよ、いい⁉」
「なら、凜が負けたら同じように〈私の負けです〉と頭を下げるのだな?それならいいぜ」
「その勝負、受けたわ、後で吠え面かいても知らないわよ‼」
「〈吠え面〉って、今日日言わないぞ、それに今の発言は豪快なフラグにしか聞こえないが」
「黙りなさい‼遂にアンタが私にひれ伏す時が来たのよ、覚悟しなさい‼」
私ははやる気持ちを押さえながら鼻息荒くゲームスタートのボタンを押した。
「さあ、謝罪会見の用意はいい?深々と頭を下げるのよ、角度は90度、それ以外はみとめないからね、今更後悔しても遅いわよ、蓮‼」
ハンマーを片手に伝説の勇者のごとくモグラに対峙する私、見えているのは輝かしい栄光と勝利の美酒
ようやく、ようやくコイツに勝つ時が来たのだ‼
「ハアハア……アレ?……おかしいな……こんなはずじゃあ……」
「どうしましたお姫様?三回やっても俺の得点は越えられませんでしたな。
豪快にフラグを立てて見事に回収する、フリも効いていたし、オチも完璧だ、やっぱり凜にはお笑いの才能があるよ、うん」
まさかの展開である、やる前から勝った気でいたのだが、私は自己記録をたった1ポイントしか伸ばせなかったのだ
つまり1ポイント差で私の負けなのである、ここぞとばかりに満面の笑みで見下ろしてくる蓮、もはや絶体絶命のピンチだ。
「それで、勝負の前に決めた公約の事ですが、頭を下げる角度は90度でしたっけ?」
そうだった……コイツにやらせてやるつもりがまさかのブーメラン
自分で決めた罰ゲームを自分でやる羽目になるとは……でもコイツに頭を下げて〈私の負けです〉とか死んでも嫌だ、
こうなったら……
「ちょっと、待ちなさいよ……アンタが三回しかやっていないというのもあくまで自己申告じゃない
本当はもっとやっていると見たわ、そうなると1ポイント差というのは実質私の勝ちじゃない‼」
「何だ、その無茶苦茶な理屈は?何をどう見たら〈実質勝ち〉なのか、さっぱりわからんぞ?」
「うっさいわね、だ、だから今の勝負は無効よ‼」
我ならが無茶苦茶だと思うが、仕方がない、どうしても嫌なモノは嫌なのだ。
「自分で決めたルールを自分で破るのか?それってゲームプレイヤーとしてどうなんだ、恥ずかしくないのか?」
正論である、全くもって反論できない、頭ではわかっている、悪いのは私だ
勝っていたら相手に罰を与えるつもりでいたのに負けたらうやむやにしてしまおう何て、確かに卑怯だ。
「わ、わかったわよ、謝ればいいんでしょ、謝れば‼」
「頭は90度だぞ?」
「わかっているわよ、うっさいわね‼」
仕方がなく蓮に対して正対し謝る為の準備をするがどうしても頭が下がらない
言葉が出てこない。ただ頭を下げて一言いうだけの行為なのに脳と体が全力で拒絶しているのだ。
「おい、どうした?」
相変わらずニヤ付きながらこちらを見下ろす蓮、周りはとにかく騒がしくゲームセンター内には人も一杯いるのだが
もちろんこれは演出上のホログラフィであり実在する人間ではない
しかし、偽物の映像だけとはいえ大衆の面前で蓮に頭を下げて謝罪するという行為がどうしてもできないのだ
理性と感情が入り混じってどうにも前に進めない、すると突然目から涙が溢れてきたのである
仮想空間というのはUSDが人間の感情を関知しそれを素直に反映する、したがって涙を堪えるという行為が非常に困難である
だがそんな理屈はどうでもいい、この状況で罰ゲームをやりたくなくて泣き出す女とか最悪だ
みっともない、見苦しい、恥ずかしい、情けないにも程がある、今にも消えたい気分だ、しかしそんな事を思えば思う程涙が溢れてくるのだ
溢れてくる感情をもう自分ではコントロールできない。
体を震わせうつむきながら泣き出す私に対し、蓮は少し戸惑いながらも、そっと抱きしめてきたのだ。
「ゴメン、言いすぎた……」
その一言が余計に私を惨めにさせ、余計に涙が溢れてくる。
「うっ……ひぐっ……嫌いよ、アンタなんか……」
「ゴメン、俺が悪かった……」
その後、私は蓮の胸で泣きじゃくった、女性が男の人の胸で泣くというシーンを昔、映画で見たことがあり
少し憧れていたのだが、私が想像していたモノとは随分違うモノとなった。
結局私は最後まで謝らず逆に相手に謝らせるというとんでもない所業をやってのける
以前葵が〈涙は女の武器よ‼〉と言っていた事をふと思い出す。
その時は馬鹿馬鹿しいと思っていたのだが、こうして実践してみると中々の威力である。
絶体絶命のピンチであるにもかかわらず、逆にあの結城蓮を謝らせたのだ。
しかし同時にとてつもない罪悪感にも見舞われた、確かに凄い威力だが、これは卑怯だ、二度と使ってはいけない
特に相手が蓮の時は女に逃げてはダメなのだ、彼とは対等の〈人間〉でいたいのだから……