第三話 生徒会の憂鬱、後晴れ
僕たちが弱いんじゃない、彼らが奇天烈なんだよ。
「ところで、今度の体育大会にたいそう迷惑な話が出ているのを知っているかな?」
生徒会長武田 誠が発したその一言に、他のメンバーは首を傾げた。
「会長、意志疎通を行う場合にはその前提が必要ですよ」
などと若干的外れな指摘を副会長の水野がするが、大した効果はないようである。
就任した頃の元気はどうした、と言われんばかりの衰退っぷりだ。
頭を抱えて「信じられない……」と呟いている。
「会長、俺ら全く話通じないんですけどー」
苦笑しながら詳細を求める書記の声に、憂鬱そうな顔をあげて一言。
「体育祭に、体育委員が参戦するって……」
「……おやおや」
冷静さの塊のような水野が動揺したのか、持っていたプリントを真っ二つにした。
「え!?」
聞いたのが自分であることも忘れたいような顔をして、書記の朝倉が笑顔のまま聞き返す。
その横で小さな体を震わせながら、会計の古賀奈緒美が首を振る。
全身で『嘘だと言ってくれ』と訴えているようだ。
「本当なんだよっ。もう、どうしたら……!」
再度頭を抱えながら青ざめた顔で、武田が残酷な現実を告げる。
「そりゃぁ僕だって『勘弁してください』って頭下げたさ、なのに……!」
武田の脳裏に思い返されるのは、とても良い笑顔をしている体育委員長だ。
「た、頼むよ……勘弁してくれ! 君たちが参戦だなんて勝者は決まったようなもんじゃないか!」
各学級からのクレームだけじゃない、各方面に頭を下げ続けなければならない。
ましてや体育大会の優勝チームには伝統的に、ある賞品が与えられるのだ。
どんな年度のどんな予算委員長でも捻出してくれる、『金一封』である。
今年度の予算委員長が、絶対に良い顔をしない。
それどころか、自分たちも委員会で参戦すると言い出しかねない。
「んー、でもなぁー」
「な、なにか重要な理由でもあるのかい?」
とりあえず聞こうじゃないか、と顔を上げると豪快に笑いながら矢動丸は言った。
「出たいから出るんだ!」
それだけ?
聞くのさえはばかられるような思い切りのよさである。
その思い切りのよさに、聞こうとしている武田自身が間違っているような思いに駆られた。
「大体、体育委員が審判しなくったってセルフで大丈夫だ!」
「いやいや、そんなことは、ないよ!?」
必死に押しとどめようとするも、もう聞いちゃいない。
「じゃぁ、そう言うことでよろしくな!」
それに「待った」をかけるより先に、矢動丸は走り去っていった。
「と、言うわけさ……」
涙目になりながら武田が実情報告を終える。
「……だ、男女混合の競技だけは絶対出ないぃぃ!」
「な、奈緒美ちゃん!?」
「それぐらいなら、ずる休みするー!」
「うわぁ、どうしよう!」
泣きだした奈緒美に、慌てる朝倉。
「もうこれは、自然の力に頼るしかありませんね……」
さすがにずる休みはプライドが許さないのか、水野は両手を交差させて祈りを始めた。
「あー、遅れてすいません……って、なんすかこの状態!」
遅れてやってきた補佐(雑用)の額田剛士が、生徒会室の酷い有様を見て叫ぶ。
「額田君……」
青ざめた顔の生徒会長。
「わぁ、額田ー! 奈緒美ちゃん泣きやまないよー!」
「こわいよ、こわいー!」
何故泣いてるかわからない会計に、あやしてる本人も泣きそうな書記。
「神よ、どうか哀れな私どもに祝福を……」
それほど気が動転しているのか、来たことも気づかず祈りを続ける副会長。
「……で、どういうことだったんですか」
結局泣く会計をあやし、その後安心して泣きだした書記をなだめ。
会長に渇を入れた後、副会長を現実に引き戻して説明を求める。
全員分の飲み物代を出して痛い財布よりも、問題の解決が先なのだ。
代金は後からどうにでもなる上に、もう仕方がないと思って諦めてもいる。
しかし、問題は理由を聞かねばどうにもならないことで、こんな生徒会の補佐なんてまっぴらごめんなのだ。
「……額田君、体育委員のというより矢動丸君のわがままでね」
「はぁ」
「体育委員会の体育祭参加が、ほとんど決定づけられたんだよ……っ!」
一瞬の間の後に、なんだそんなことですか、と額田が呆れた声を出した。
皆一様に目を見開いて、お互いの顔を見合わせる。
「それなら今度特別に委員会対抗体育大会を開催する、ってことで片付いたんで大丈夫ですよ」
被害を最小限に抑えた額田の手腕に一同はいったん感心するも、すぐに気付く。
「……委員会対抗?」
また泣きだしそうな顔をしながら、奈緒美が恐る恐る問いかける。
「えぇ、だから一般生徒に危害が及ぶことはありませんから」
ご心配なく、と言うよりも先に武田が立ち上がって「待った」をかける。
「額田君それ、僕ら救われてない!」
「なにダダこねてんですか、それなりに考えだってあるし大丈夫ですよ」
「その考え、聞かせていただけますか?」
額田の言葉に水野が反応し、考えについての話を求めた。
「トーナメント戦にするんですよ、そうすれば一回戦で当たらない限り体育とはおさらばです」
「で、でも……。会長、運ないから」
「古賀君!? 僕のせいにしないでくれよ!」
奈緒美が遠慮がちな風をとりながらも「当たったら会長のせい」というイメージを定着させようとする。
「一回戦で当たらなきゃ、かー」
「しかし、放送委員ほど不運ではありませんからね」
確証がないことに不安そうな朝倉とは反対に、既に放送委員の悲劇を喜ぶ水野。
そんな中、武田が呟いた言葉が生徒会メンバーを凍りつかせる。
「でもさ、やるからには勝ちたいって思ってしまうんだよね……」
途端水野の穏やかな笑みは消え、朝倉が影で合掌をする。
奈緒美を連れて額田が生徒会室を去った直後に、水野の静かな説教が始まった。
「別に我々は、良いんですよ? 会長が、お一人で楽しまれても」
「ご、ごめ、ごめんなさい!」
「せっかく額田が気を利かせてくれたっていうのに。そうですか、会長はそんなにお一人がよろしいんですか」
土下座までして謝る生徒会長の姿とそこまで必死か、と言わんばかりに怒る副会長。
それを見て見ぬふりをする朝倉は『うちのおふくろと親父見てるみたいだ……』と思っていた。
「会長、空気読めないから……」
うちのママが怒っちゃった、と奈緒美が遠い目をしながら呟く。
その隣で、ちゃっかり飲み物まで持ってきている額田が笑う。
「そういえば、補佐さんって運動得意なんですか?」
「補佐さん言うな。まぁ、一応中学バレー部だったな」
「運動できたんだー」
「なぁ、俺のことなんだと思ってんの?」
無意識に額田の心をえぐっていることも知らずに、奈緒美は首をかしげる。
「あー、まぁいいや」
額田が予定表や何やらを取り出して、仕事を始める。
「仕事……」
奈緒美が電卓を眠そうにいじりながら、ペンを動かす。
通る生徒が思わず寒気を感じるくらいに空気の凍った生徒会室近くの階段で、二人の会話は朝倉がくるまで途切れた。
春の日差しが少し差し込んで、心地いいくらいの陽気がいい。
「ねぇ! 俺のこと放って置きすぎじゃない!?」
「知るか、お前も勝手に抜ければよかっただろ」
身に付けたスルースキルでも、さすがに耐えきれなくなったようである。
顔を青くしながらうらめしそうに言う朝倉を、額田は軽く手で払う。
「なんか、あの中にいたら凍るよ、マジで!」
「先輩、奈緒美の飲み物を取ってきてください」
「おいこら、自分で取ってこい」
悲惨さを訴える朝倉を使おうとする奈緒美の頭に、額田の軽いチョップという制裁が入る。
「三人とも、何してるんです」
声のした方を向けば、怒りきってすっきりしたのかまた穏やかな表情に戻っている水野が立っている。
「あ、ママ―」
「はい?」
奈緒美が聞こえるか聞こえないかくらいの声でからかうと、朝倉が噴き出す。
訝しげに見てくる水野に対して、「何でもないです」と額田が言いながら階段を下りる。
「それより、パパは大丈夫っすか」
額田の一言に固まった水野を見て笑う朝倉が、次のターゲットにされた。
なんだかんだと言いながら、生徒会も結構なメンバーである。