第二話 その委員長、かなりの暴君につき。
学校生徒全員で立ち向かっても、勝てる気がしない。
「いだっち! あれと、あっちの!」
「はいはい。後、その呼び方やめてください」
体育委員副委員長の不動が顔を向けるが、既に横に委員長の姿はない。
さっそく、交渉と称しての連行が始まったのである。
声をかけられた一年生は驚きながら、ただ頷いている。
そのまま言葉を交わしたかと思うとその一年生を担いで、次のターゲットへと向かう。
「あー……」
せめて一人ずつこちらに置いてから「狩り」に向かってほしい、とは言えない。
不動が体育委員会に入ったきっかけも、ほとんど「狩られた」と言っても過言ではない。
入学してすぐの体育で、短距離のタイム測定があった。
学年で一番速かったらしく、体育教師が一言。
「これならうちの帝王と、良い勝負かもな!」
「良い勝負、ですか……」
それが、少し癪だったと言ってしまえばそこまでなのだが。
ちょっとした不満を、感じたのである。
たとえ年上だろうと負ける気がしない、と次の瞬間口にすると。
体育教師は苦笑いをしながら、対決をセッティングしてやるよ、と言ったのだ。
次の日の昼休みにグランドで待ち構えていた人物こそが、問題だった。
当時は副委員長の、矢動丸伝馬がそこにいたのだ。
「おー、お前か!」
矢動丸は初対面だと言うのも全く関係なく、嬉しそうに接してきたかと思うと。
「お前俺に負けたら、体育委員な!」
そう言ってのけた。
負ける気がしないと思っていた不動にとって、非常に嫌な挨拶である。
「負ける気しないんで、いいですよ」
そう、言ってしまったのだ。
自分の言葉を数分後に異様なほど後悔するとは、知らずに。
スタートから何からこれまでないくらい良かったことを、覚えている。
しかし、それ以上に嫌なことも覚えている。
あの抜き去られる感覚が、なんとも言えなかった。
まるで、獣である。
誰だ、帝王とか人間らしいあだ名つけた奴。
そう思ったが、そう言えばライオンだって「百獣の王」なのだ。
『あぁ、多分そう言う意味なんだ』
抜き去られたのにも関わらず足は良い動きを止めず、走り抜けた。
不動にとって、久しぶりだった。
同年代で走って負けるなんてことは、小学校の時以来だ。
『ちくしょう……』
悔しいけれど、なんだか勝てる気が今はしなかった。
それくらい、速い。
その帝王とやらは、ゴールした不動に対してこれまた良い笑顔をして。
「これからよろしくな、体育委員!」
そう言ってから、髪がぐしゃぐしゃになるくらい掻き撫でられた。
でかい手だ、とか。
力強すぎるだろ、とか。
色々思うことはあったが、不動の頭を一瞬で占めたものがある。
「あ、そっか……」
負けたということは、すなわち体育委員になってしまったのである。
そう言えば、隣のクラスの力自慢が腕相撲に三秒で負けて体育委員になったと聞いた。
隣のクラスの担任は、対決をセッティングした体育教師で……。
そこまで考えて、つながった。
「は、はめられた……っ!」
「ん、どうした?」
あぁそういや、名前言ってなかった、などと全く違うことを言いながら手を差し出される。
「矢動丸伝馬だ、よろしくな!」
「あ……、不動洋天です」
どこかで聞き覚えのある帝王、こと矢動丸の名前を頭の中で探ってみる。
その間に、矢動丸が力強く肩を叩いて嬉しそうに言った。
「じゃぁお前のあだ名、いだっち!」
「え、はい?」
いつの間にか決まっていたあだ名に何を言うこともできず、そのまま「いだっち」になった。
そのままこのとんでもない「帝王」のなすがまま、二年生の今も体育委員である。
連行され混乱した状態の一年生を哀れに思いながら、かつてを思い出す。
そう言えば、あの時思い出せなかった聞き覚えの件があった。
「あー、すげぇー」
軽かろうと普通の人間は高校生三人を抱えてはそうそう走れません、と遠めに見ながら考える。
「……!」
思い出した。
というか、あの時思い出せなかったのが不思議なくらいである。
不動が市の陸上記録会で、どうしても破れなかったタイムがある。
100mの最高タイムだけが、どうしても破れなかったのだ。
なぜだかそれだけやたらと超人じみていて、記憶に残っている。
思い出せなかったのは、あの時それくらい呆然としていたからだろうか。
『てか、あれ本当のタイムだったのか』
差はいくらか縮まったかもしれないが、まだ越せない。
悔しさというか、やるせなさが心ににじんでくる。
「いだーっち!」
「え、うわぁぁぁ!!」
抱えて走った本人よりも、一年生が疲労困憊になっている状態を見て思わず叫ぶ。
なんだかにじんできたものも、全て吹っ飛んだ。
「いやぁ、結構楽しかった!」
今度の体育大会にこの種目入れよう、などと常人を理解できない発言をする委員長を見て。
「運動能力が普通じゃない人は、考えも普通じゃなくなるんですかね……」
そう呟いたが、既に聞いちゃいない。
というより、二人を抱えたまま既にグランドを出ようとしている。
仕方なく一年生の一人を背負って後を追いながら叫ぶ。
「ちょ、どこ行くんですかぁ!」
「ん? マラソン!」
さも当然、と野球部の学校合宿で使われているらしいマラソンコースを指差して言う。
必死に走ってベルトを掴み、玄関前まで連れて行く。
「あ、あんたバカですか!」
一人でやるのは勝手だが、連行したばかりの一年生の心にトラウマを残しかねない。
既に、手遅れかもしれないが。
「委員会やるんでしょ!」
会議するんだから、屋内に行きますよ。
そう言って引っ張る間も、口だけは休まらない。
「なぁ、今度の体育大会さー」
「なんですかっ」
また一般人にはできないことを言うのか、と汗が止まらない。
「俺たちも参加させてもらおう!」
あまりに凄い提案で、思わず表情に出たらしく、ひどく笑われているがそんな事はどうでもいい。
「そ、んなの、受け入れられるわけないでしょうが!」
「大丈夫だ! 生徒会くらいなんとかなる!」
そう言う問題じゃない、と言ったところで通じるわけでないが不動は必死に止めようとする。
矢動丸はとどめと言わんばかりに一言。
「だって、俺出たいんだから良いだろ!」
「こ、この暴君がーっ!」
奴は帝王ではない、暴君である。
ついでに加えておけば、誰の手にも負えない。
誰も抑えようとしないくらいの、暴君なのである。
そう不動が訴えたところで、聞きいれる人物なんて同じ委員以外いないのだが。