第一話目 そもそも委員会活動はそこまで活発な必要があるのか?
そんな、俺の名前はネタじゃない。
「男子なら誰でもいいんだぞ、誰かいないのか?」
一年は組の教室に残された数名の男子は全員、空気が重い。
この学校で一番敬遠される委員会の委員が、まだ決まらない。
担任教師はため息交じりに教室を見渡した。
しかし、一向に誰も手を挙げる気配がないのだ。
「困ったなぁー、決まらなきゃ終われないし帰れないんだ」
委員会まで後数分を示している時計を見て、またため息。
その内くじ引きになりそうだ、と主計 一は思った。
そこそこ運のいい方だからならなくて済むだろう。
『……だってなぁー』
その教室で昼にあった話を考えれば、こんな風になるのは必然だった。
「なぁ、知ってるか」
一緒に昼飯を食いながら、隣の席の男子がそう切り出した。
「なにを」
「委員会って、確か今日決める筈だろ?」
「あぁ……たしか」
ぼんやりと記憶をたどって、スケジュールを脳内で引っ張り出す。
「予算委員会にだけは、入らない方がいい……」
「え?」
随分と真面目な顔で言うもので、主計は思わず聞き返した。
「入らなければ、三年間楽しく過ごせるって」
「委員会、だろ?」
たかだか委員会である。
時々集まって会議をして、大した活動もしていないような印象がある。
「二つ上の兄貴の幼馴染が、その委員会やってたらしいんだけど」
「おう」
神妙な顔のままつづける男子に、適当な相槌を返す。
関係ないのだ。
どうせ、委員会も部活動もやらないつもりなのだから。
「酷い時には昼飯食いながら計算したり」
「へ、えぇぇ」
「八時過ぎても帰れないくらい忙しい委員会だって」
「……へぇ」
信じられない話である。
主計の姉は吹奏楽部だったが、練習は遅くても八時くらいには帰ってきていた。
それが、部活動でもない委員会で八時を過ぎても帰れないなんて。
「それ……本当か?」
からかわれてるのか、と探りを入れるも相手の表情は変わらない。
冗談ならよかったのに。
そんな考えが行ったり来たりするが、状況に変化はないようだ。
男子は、食べ終えた弁当箱を鞄にしまいながら一言。
「予算委員会に入るくらいなら、うちの部活で一番厳しい野球部に入った方がマシだってよ」
そう呟いた。
「主計、主計 一!」
ぼんやりしていたせいで、呼ばれたことに気付かなかったらしい。
隣に肩を叩かれて、急いで背筋を正す。
担任の近くに一人の男子生徒が立っている。
襟についたバッジで、二年生ということがわかった。
中くらいの背丈に、細身できつい感じの目をしている。
『あれ、俺なんかした?』
冷や汗をかきながら隣を見ると、首を振っている。
『そうだよな、知ってるわけないよな』
入学早々、あんなおっかない先輩に目をつけられたなんて。
自分にだって身に覚えがないのだから。
主計はゆっくりと起立して、短く返事をした。
必死な主計の心情も知らずに、担任は一言。
「予算委員長の加計本直々の指名だ、頼むぞ!」
そう、告げた。
「……はい?」
整理できない頭のまま、もう一度隣を見る。
だから首を振ったのに……、と言いたげな視線が向かっている。
意志疎通がうまくいかなかったらしい。
それはそうである、なんたって出会って数日の仲だ。
無言で通じあえるわけがなかったのだ。
「え、え?」
「じゃぁ、予算委員は主計 一で決定……と!」
嬉しそうに教師が、名簿に書きつづる。
周りからささやき声が聞こえてくる。
「よかった、俺じゃなくて」
「あいつ運ねぇなー」
「何だっけ名前?」
「……主計 一だってよ」
「あぁ、だからじぇねぇの」
「何、どういうこと」
「数え始め、だからだろ」
途端沸き起こる爆笑。
あまりに呆然としていて、納得も怒ることもできない。
「よし、じゃぁまた明日な」
帰りの号令を、そのまま受けて立ちすくむ。
人がほとんどいない教室の前方から、加計本が歩いてくるのを主計はぼんやりと見ていた。
「悪いな。今日くらい、さっさと委員会終わらせてやろうと思ったから」
あっさりと謝る加計本の顔を、主計が見下ろす。
威圧感にあふれた印象はたとえ自分と身長が離れていても、変わらなかった。
「じゃぁ案内すっから、ついてこいよ」
そう言って歩き出す加計本の後ろを、軽い鞄の持ち手を握り締めて歩く。
この鞄が、持ち上がらないくらい重くなってしまえば良いのに。
というか今、俺の体がこれより先に歩けなくなれば良いのに。
決まったことだが、頭の中ではくだらない逃亡の方法ばかり浮かんでくる。
そんな事ばかり考えていた中で、主計はふと思った。
「あ、あの……委員長」
委員長、と呼んだ時点で主計の負けはほぼ決定している。
後ろを振り返った加計本の目の下に、うっすらとではあるがクマが見えた。
そんなに寝れないのか、と背筋を震わせながら口を開く。
「数え始め、で選んだんですか……?」
何だか色々と通り越して、頭に浮かんだ質問をしてしまった。
きつめの印象の目が少し見開かれる。
それはすぐに戻って、加計本は肩を震わせながら答えた。
「いや……それはない」
笑いごとではない、と思ってるのは犠牲になった本人ばかりである。
「数字の入ってる奴でいいか、なんて目安で見たら最初がおまえだったからな」
結局は、運がなかったわけだ。
「え……、それだけっすか?」
「数え始め」なんてギャグで選ばれるよかマシなような、そうでないような。
「それだけだ」
その後は一言も言葉を交わさずに、教室の前まで連れてこられた。
達筆な字で「予算委員会室」と書かれた半紙が、少し黄ばんでいる。
遠慮なくドアを開けた加計本を通り越して、主計は視線だけで全体を見渡した。
近くで見てないからだけかもしれないが、クマがあるのは加計本だけらしかった。
「あっと……。遅れて、すいません」
軽く頭を下げると、一番奥に座っていた男子生徒が頬笑みながら首を振った。
「良いんだよ」
「そうだぞ、俺が無理言って連れてきたのも同然だからな」
確かにそうです、とはとても言えない。
空いている席に座ると、加計本の目はいっそうきつくなった。
眉間にしわが寄って、腕組みをしている姿が仏像みたいで嫌でも背筋が伸びる。
「さて、今日は早めに切り上げたいからな」
配布した概要に目を通しながら、一年生の主計以外の生徒が絶句した表情をした。
話に聞いていた通り、というかもうそのままである。
召集がかかれば、昼飯を喰いながら会議を行い。
忙しい時には、夜の八時過ぎまで校内で活動を行い。
そのため女子は、委員会活動に参加しないという規定があり。
山場の学校祭と年度予算調整会議前は、放課後のスケジュールがびっちりであって。
なんだかとにかく、青春なんて吸い取られたも同じなのである。
「昨年度の反省ならびに報復と称し、今年は支出を抑えてやろうと思ってる」
「反省と報復?」
どこからか上がった声に加計本は頷き、話を続ける。
「昨年度委員長を務めていた先輩は、寛容な心で予算を許す方針を選んだ」
その結果、と加計本の眉間のしわはいっそう濃くなる。
「先輩はあれよあれよと胃を悪くし、学校財源は厳しくなった!」
「……」
正に、絶句である。
一年生の誰もが口を開かず、二、三年生はしみじみと頷く。
加計本の目が開かれ、その強い視線が委員に向けられる。
「今年度および来年度、予算委員会一同は学校財源を守るために寛容方針を選ばない!」
立ち上がり、拳を握っての熱い叫び。
一年生のついていけない空気もつゆ知らず。
二、三年生は「よく言った!」と拍手までしている。
そんなに、そんなに頑張って委員会ってするものなのか。
一瞬よぎった考えも、全くの無駄に終わりそうな勢いの委員会。
『俺……入学して、早くも挫折しそうだ』
同じ一年生のメンバーより。
決意に満ち溢れた先輩方より。
小学校から数字に関するものが苦手な、主計の胃がつぶれそうであった。