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時を越えて  作者: りん
2/2

【2】

「パパ、これなーに?」

 娘が、テーブルに置いていたペンケースから掴み出したボールペン。


「みっちゃん、それパパの大事だから。触っちゃダメ! みっちゃんはクレヨンあるだろ。お絵描きする?」

「するー」

「よし、じゃあ用意するからちょっと待って」

 早いもので、あれからもう二十年近くが経った。

 今年で三十の宏基は、五年前に結婚して娘は三歳になる。

 今でも時折考える。あのとき(・・・・)勇気を出していたら、運命は変わっていたのだろうか。


「ただいまぁ。あー、(あっつ)ぅ!」

 クレヨンを画用紙に走らせる娘を見守っていた宏基の耳に、玄関ドアが開く音と同時に届いた声。

 買い物に行っていた妻が帰って来たらしい。


「ママだー!」

 クレヨンを放り出して、娘が玄関に駆けて行く。

 この炎天下、食材の買い出し程度とはいえ決して楽ではない筈だ。

 だからこそ宏基も、出掛けようとする妻に自分が行くと申し出たのだが、「休みの日くらいみっちゃんと遊んであげて」と返されて納得したのだ。


 普段は娘が起きているうちには帰れない宏基に、できるだけ父娘で共に過ごす時間を持って欲しいという妻の願いを読み取って。


「パパ、ただいま。はー、涼しー! 生き返るぅ」

「おかえり。……ママ、顔赤いよ。大丈夫?」

 お絵描きの道具を片付けながら、宏基は娘と二人でLDKに入って来た妻に声を掛けた。


「なんとかね。もう暑いのなんのって! みっちゃん、ママ今からシャワーするから一緒に入ろっか。汗かいてるでしょ?」

「うん!」

 妻の誘いに娘が嬉しそうに答えている。夜の入浴とはまた違って、昼間のシャワーは水遊び気分もあるのかもしれない。

 もちろんクーラーは入れているが、幼い子どもは汗かきだ。設定温度をそこまで低くしていないせいもあるだろうが。


 シャワーを終えて戻って来た二人と、宏基が作ったかき氷を一緒に食べる。非日常にはしゃいでいた娘は、つい先ほど電池が切れたように床に突っ伏して寝てしまった。

 リビング部分に昼寝用の小さな布団を敷いて、娘を起こさないようにそっと移動させ、お腹にタオルケットを掛ける。


「こんな古いのまだ使ってんの!? 物持ちいいね」

 ペンケースからはみ出た青いストライプのボールペンを目に留めた妻が、呆れたように呟く。

 初めて芯を交換したのは中学のときだった。

 小学生の間は、一人で街の文房具店を訪ねることも、親に「女の子にもらった」と説明することもできずにインク切れのまま置いてあったのだ。

 その時宏基は、これが外国の名の通ったメーカーの品だと知った。とはいえボールペンなのでそこまで値の張るものではないが、小学生が持つにはやはり贅沢の範疇だろう。

 それまでも粗末に扱っていたわけでは決してないが、より大切に使おうという気になったのを覚えている。

 以来、何度も芯を入れ替えて愛用しているが、僅かに塗装が薄くなった部分があるくらいで驚くほど丈夫だ。


「俺の『青春』の伴走者だから」

 宏基の大袈裟な台詞に、妻は声を立てて笑った。




「自分だってまだ持ってるだろ、ピンクの。──陽奈ちゃん」

 大学に入った年に催された小学校の同窓会。

 東京(こちら)の大学に進学して来ていた陽奈を、離れてからもずっと連絡を取っていたという女子の幹事が特別に呼んでくれたのだ。

 宏基は元クラスメイトである彼女に、文字通り心の底から感謝している。


 五年生の当時、もし思い切って住所を聞いて文通していたら? ……おそらく、途中からはメールなりメッセージに移行することになったのだろうが。

 どこかで止めたらそれきりだったろうし、続いていたら単なる『淡い初恋の相手』のままで、何も終わらない代わりに新たには始まらなかったかもしれない。

 十八歳で唐突に再会したからこそ仕切り直せた関係でもある、と宏基は感じているからだ。

 途切れて止まっていた時間が再び流れ出して、『子どもの頃の友達』は恋人になり、妻になった。


 そして現在(いま)の、娘の美月(みつき)を加えた家族の幸せな日々に繋がっているのだ。


 ~END~


シリーズ作もあります。『めぐり巡る時の中』(陽奈視点)、『動き出した時間』(前半と後半の間に入る話+α)。

もしよろしければ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 別の女性と結婚していたのかなぁと思っていたら……。 最後にほっこりしました。
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