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時を越えて  作者: りん
1/2

【1】

 宏基(ひろき)の足元に転がって来たペン。


「ゴメン! 陽奈(はるな)ちゃん!」

「だいじょーぶ」


 どうやら活発な女子が机の横を駆け抜けようとした際に、友人の筆箱を落としてしまったらしい。散らばった筆箱の中身を拾っている二人に、宏基は拾ったペンを持って歩み寄る。

 

三倉(みくら)さん。はい、これ。こっち来てた」

「あ、ありがとう」

 礼を言って手を出す陽奈に返そうとしたペンを、宏基はようやくまじまじと見た。


「うわ、すげーカッコいいな!」

 シルバーに青いストライプの、ずっしり重みのあるキャップ式のボールペンらしき筆記具。普通の子どもの持ち物とは明らかに違う品に、宏基は興味を惹かれた。


「……ありがと。おみやげでもらったの」

 陽奈が拾った他のものと一緒に筆箱に仕舞ったペン。色違いのピンクがもう一本あるのがわかる。


 五年生の五月。

 一学年に二クラスしかない小学校で一、二年生時も同じクラスだったにもかかわらず、陽奈とは挨拶を交わす程度で個人的な接点はほぼなかった。


 しかしそれ以降、宏基は少しずつでも陽奈と言葉を交わすことが増えて行ったのだ。



    ◇  ◇  ◇

「みなさん、残念なお知らせがあります。三倉さんが夏休み中にお引越しで、別の学校に移られることになりました」

 一学期の終業式のあとの帰りの会。担任教師が教卓の横に陽奈を立たせて話し出した。


「えー! 三倉さん転校すんの!?」

「どこ行くの? 近く?」

 驚いて騒いでいるのは男子だけだ。女子は前もって本人に知らされていたのだろうか。


「今まで仲よくしてくれてありがとう。引っ越すのは名古屋です。遠くなっちゃうけど、よかったらお手紙ください。家がまだ決まってないので、いま住所言えなくてごめんなさい」

 担任に促され、陽奈が神妙な顔で最後の挨拶をした。


 会が終わって解散すると、陽奈はクラスメイトに囲まれる。


「陽奈ちゃん、ぜったいお手紙書くから! 返事ちょうだいね」

「うん、約束する。新しい住所わかったらすぐみんなに教えるから」

「夏休み、まだしばらくはこっちいるんだよね? いっしょに遊ぼーよ」

「あー、そうしよ! どこ行く?」

 名残を惜しみながらも、遊びの予定で盛り上がっている女子たち。

 一応輪には加わったものの、宏基は女子の勢いに押されて何ひとつ声を掛けられなかった。


小野寺(おのでら)くん」

 後ろ髪を引かれる思いで教室を出て、帰ろうと出口に向かい掛けたところを陽奈に呼び止められる。彼女も解放されてひとりになったらしい。

 理由の見当もつかないまま振り返った宏基に、陽奈が右手を差し出して来た。


「これあげる。もらって。……小野寺くん、カッコいいって言ってくれたでしょ?」

 手にはあのストライプのペンが握られている。


「え? え、でも──」

「これ男の子みたいだから。あたしはピンクのだけでいいし」

 さらにぐっと突き出された陽奈の手を無視するわけにも行かず、宏基はペンを受け取った。


「あ、ありがとう。……えっと、これボールペン?」

「そうだよ。インク出なくなったら芯入れ替えてずっと使えるんだって。大きな文房具屋さんに行ったら替え芯売ってるからって、これくれた叔父さんが言ってた」

「そうなんだ。大事に使うよ。……三倉さん、名古屋行っても元気でね」

 微かに彼女の手の温もりが残るペンをランドセルに入れて、宏基は陽奈に別れを告げた。


 結局、陽奈が転居して行ったのは八月も半ばだったそうだ。

 女子が話しているのを小耳に挟んだ限りでは、陽奈の父親の会社の社宅に入ったらしい。どの社宅に入るかがギリギリまで決まらず、終業式の日に住所を知らせることができなかったのだとか。

 彼女の新住所は女子には広く知らされたようだったが、男子、──少なくとも宏基のもとには届かなかった。

 小学五年生という微妙な年代も手伝って、知りたい気持ちは直接女子に連絡を取るというハードルをどうしても超えられなかったのだ。

 おそらくは、陽奈の側にも知らせたい思いはあったのではないか。できなかった理由は宏基と同じなのだろう。


 友達になれたと思った途端、芽生え掛けていた淡い恋心を道連れに関係は断ち切られてしまった。

 その後何年も、宏基は当時の自分の決断を悔やみ続けたのだ。


 ──ほんの一歩、踏み出せなかったことを。



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