ギルド
取り敢えずこれまでやってきたゲームの知識を頼りに、僕は最善の生存術を生み出そうとしたんだ。
帰り方は分からない。だからとにかく餓死しないように、衣食住を確保しなくちゃならないって。でもそれをするには、どうしてもお金が必要なんだ。でもお金なんて今手元にない。
なので―――
「ここがギルドってやつか……」
お金を手に入れるには仕事をもらわなくちゃ。ということで僕は、職業紹介所みたいな機能を担うギルドって場所に向かったんだ。たまたまここはさっきの観光で通りかかった場所だった。
二階建ての石造の建物で、玄関の前に、庭までついている。
僕は緊張しながらギルドの玄関口まで近づいて、ゆっくりと扉を開いた。
「お邪魔しま……す」
用心深く扉を少しだけ開くと、そこから覗き込んだ。
「広い……」
大きな広間だった。中央部分には、飲食店みたいな感じにテーブルと椅子が置かれており、その奥には二階へ繋がる階段が見える。そして脇の方にカウンターがあり、女性が退屈そうに立っている。
僕は中に入った。
「えっと、どうやってクエストを受けれるのかな……」
やばい。僕はどうやら怪しまれているらしい。受付嬢は僕をじろじろと目で追いかけて、離さない。
まぁ、それも当然だろう。この現代の服装に、顔。やっぱりこの異世界には不自然すぎるのだろう。
「うーむ……」
この感じ、何かぎこちない。
どうやら既に殆どの冒険者達はクエストに出発したらしく、大広間には人の姿は見られず、閑散としていた。
つまりこういう事だ。
大人たちは出勤を終えて、子どもたちも学校へ登校を終えて、社会で役割を果たす人達は各々、属すべき場所に着いた。
その社会の中で、不登校である僕だけこうやって浮いている。学生として義務を果たしているわけではなく、ただどこかで油を売っている。
も、もちろん、僕はあくまで一時的にそういう寄り道をしているだけで、いつまでも不登校を続けるわけじゃないけどさ。
今まさにこの状況は、僕の微妙な境遇を炙り出しているようだ。
僕は現世で嫌というほど似たような経験をしてきたから、この感じ良く分かるんだ。
えっとこういうのは、疎外感とでも言うのかな。まさか感覚を異世界でも味わうことになるとは思わなかった。
僕が掲示板の前で彷徨っていると、そこで誰かがギルドの入り口から入ってきたのだった。
「ん?」
僕の視線はその人物に移った。
「……」
灰色のローブを纏う人物だった。身長は僕と同じくらいで、手には剣が握られている。
性別は良くわからない。だって、顔の殆どが隠れているから。
「あんた、何してるの?」
「えっと、その……」
彼女は僕と通り過ぎる時、親切にも声を掛けてくれたんだ。
この声、どうやら女性らしい。
「ギルドの使い方、分からなくてさ……」
僕はしどろもどろになりながら答えた。
「ふーん」
彼女と対面してみると、ローブから顔の一部が垣間見えた。
どうやら彼女は僕と同じ年齢くらいらしい。それに無茶苦茶かわいい!
「クエストを受けたいなら、このクエスト用紙を剥がして、受付まで持っていけばいいのよ」
「あ、そうなんだ」
「も、もし良かったらさ、僕と一緒にクエストしない?」
僕はダメ元で誘ってみた。
「あ、うん。別に、いいけど」
「い、いいの!?」
「うん、少し退屈だったし」
彼女はそんな僕の唐突な誘いにも嫌な顔はせずに、快諾してくれた。
「そうね、今日はこのクエストがいいかしら」
僕が初心者という事を考慮に入れて、彼女は掲示板に貼られているクエストを探して、取った
「えっとさ、君の名前はなんて言―――」
さっき出会った名前も知らない彼女は僕を先導して、カウンターまで向かう。その途中、彼女の名前を訊こうとすると、
「お名前を教えて下さい」
受付嬢が言った。
「私はアメ」
「アメさんですね」
さらさらっと、受付嬢が慣れた手付きで、クエスト用紙に記入していく。
アメっていう名前なんだ!
「えっと、僕は千夜です」
「千夜さんっと……」
受付嬢が簡易なクエストの説明と書類上の処理を済ませると、
「―――それではご健闘をお祈りします」
と一礼をして、僕達は見送られた。
よし、頑張るぞ!と心の中で呟くと、
「ちょっとまって」
アメが一言、発した。
「どうしたの?何かあった?」
「あんた、装備はどうするの?」
「あ」
忘れてた。
えっと、装備はどうすればいいんだっけ。普通ゲームなら、初期装備みたいな感じで最初からある程度の装備は揃っている事が多いんだけど。
「もし必要なら、こちら側から支給することも可能ですよ」
「そ、そうなんですか!」
でもクエスト受注者には、そのクエストの難易度とかに応じて、装備が支給される事も可能らしい。
ということで、僕は装備を借りることにしたのだ。
「更衣室はあちらになります」
「あ、はい」
と受付嬢から指示を受けて、僕は更衣室へと歩いていった。
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「えっと、これでちゃんと着れてるんだよね……?」
それから数分後、僕は着替え終わり、更衣室から出た。
「この装備、弱そう……」
受付嬢から支給されたのは、まさに初期装備だった。紙のように薄い防具に、ボロボロで錆がついた剣。
これじゃ、猫にだって勝ち目はなさそうだ!
僕が広間でアメと合流すると、彼女は、
「ぷぷぷ……あんたとそれ、似合ってないわね」
「……」
失礼な……でも鏡を見て確認してみると、その……否定も出来なかった。
「ほら、ダンジョンはこっちからよ」
「あ、待って!」
ギルドの入り口とは反対側に位置する大扉の前まで二人で移動した。どうやらここからダンジョンに向かうらしい。