9話 王子様の本命は?
由美は、案内された王城内の客室に入るなり、ベッドへ倒れ込むとグッタリと体を投げ出した。
疲れた……。あの王子様、外見と行動のギャップが有りすぎるんだもん。それに、初めて知ったよ。イケメンって傍に居るだけで、こっちが消耗するんだね……。
レゴラスにねだられるまま、由美は次々とイラストを描いてみせた。
壁に飾られた、立派な額に入った大きめのペンタンのイラストを見て、レゴラスはようやく満足したのか、由美を解放してくれたのだった。
あの人、ペンタンへの愛が重過ぎるでしょ。まあ、作者冥利に尽きるけれど。
さすがにボールペンだと線が細すぎるので、こちらの世界の太いペンを借りて初めてペンタンを描いてみたのだが、思いのほか上手に描けてしまった。描いている間、あまりにも王子にガン見されていた為、非常に描きづらくはあったのだが。
由美に与えられた部屋は、お姫様の部屋か!と思わず突っ込んだほど、豪華で華やかな色合いだった。
ベッドも天蓋付きで、一瞬躊躇はしたもののあまりの疲労感に負け、今は思い切ってゴロンと横になっている。ペンタンも一緒に運び込まれ、ピンクのソファーに座っているのがベッドからも見えた。
「ユミ様、お疲れさまでした。本日のお夕食はこちらにお持ちしますので、それまでごゆっくりお休みください」
さきほどレゴラスの部屋で紅茶を入れてくれたメイドの一人、シャロンから同情したような労いの声がかけられた。
レゴラスは数名の使用人に、由美の世話を言い渡していたが、シャロンが特に由美の専属になってくれるらしい。
25歳のシャロンは、由美と年齢も近い上、親しみやすい雰囲気を持っている女性だった。部屋に案内されるまでの会話ですっかり意気投合し、おかげで初対面だった彼女の前でもダラダラと寛げている。
「ありがとう、シャロンさん。なんだかめっちゃ疲れた……。レゴラス王子って、最初見たときは怖そうだったのに、あんなに動物が好きだとは思ってなかったよ。態度が豹変してビックリしちゃった」
シャロンが話しやすい為、つい王子の愚痴をこぼしてしまったが、違和感を感じ始めてからずっと誰かに言いたかったのだから、少しは許してほしいと思う。
ちなみに、由美はシャロンに対して初めは敬語で話していたのだが、シャロンにお願いされてタメ口になったのだった。
「それですよ!もう私、何が起きているのか訳がわかりませんでした。天地がひっくり返ったってこれほどは驚きませんよ!!」
「え?シャロンさんでもそんなに驚くことなの?」
さすがに王宮勤めのシャロンにとっては、多少は耐性のある光景なのかと思ったのだが、彼女でもそんなに驚くことだったのだろうか。
天地がひっくり返るよりも驚くなんて、相当なものである。
「それはそうですよ!今まで一度たりとも笑ったこともなければ、いつも偉そう……じゃなかった、高圧的……でもないや。えーと、そう、カリスマ性溢れる高貴な物腰だったんですけど、ユミ様とペンタン様が現れるなり、あんな笑顔と優しい雰囲気で!!もう、みんな驚き過ぎて、顎がはずれそうでしたよ!」
オイオイ、本心が漏れ出まくってますよ?シャロンさんのそういうとこ、好きだけど。でも今までの王子様は、ずっと登場した時みたいにクールな人だったってことかな?
「そんな大袈裟な。ペンタンを気に入ってたみたいだし、イラストもお気に召したみたいだから、可愛い動物が好きなんだよね」
「動物がこの城にいないのでハッキリとはわかりませんが、私は動物というよりは、可愛いものがお好きなのだと思いました。そして多分ですが、一番可愛くて好きなのはユミ様だと思います」
え? 私!?……可愛いものが好きなことには賛成するけど、さすがに私はないよねぇ。プロポーズだって、今から思えばペンタンのおまけというか、衝撃と恋を間違えた的な?
私を人間だと認識してない節すらあるしね……。
「あはは!ないないっ。私、別に可愛くないし。ペンタンから出てきて、イラストを描いたから特別扱いされてるだけだって」
「甘いです!いいですか?あの方は『氷の王子』と呼ばれるほど、厳しく怖い方なのです。顔は良いのですが、怖すぎて女性が近寄れず、やむなくカスト様が召喚の儀で王子妃を呼んだくらいなのですから」
氷の王子って……本当に?確かに、冷気が漂ってたけど。
「そんな『氷の王子』が、ユミ様にあんなにゾッコンなんて!運命ってあるんですね。ユミ様は素晴らしいです!」
いやいや、勘違いだと思う。あくまで王子様が興味あるのはペンタンだし。
しかし、シャロンの予想が当たっていることは、すぐに証明されるのである。