8話 可愛いもの好きな王子様
「ペンタンは『着ぐるみ』なんです!!」って言いたいけど、そもそも『着ぐるみ』が伝わらないんだよね……。
可愛さや奇抜な発想で、集客や話題性、グッズ展開での収益を狙って日本では一般的な着ぐるみも、こちらの世界では全く知られていない。
なんとなく、レゴラスにはペンタンの可愛さだけは通じているようだが……。
由美が言葉を選びながら悶々としていると、レゴラスが由美の胸元をチラチラと見ながら、落ち着かない様子をしているのに気付いた。一体何が気になっているのだろうか。
「レゴラス王子様、どうかなさいました?何か気になることでも?」
由美が視線を感じた自分の胸元を見やりながら尋ねると、レゴラスが慌てて弁明を始めた。
「女性の胸の辺りをジロジロ見るなどと、失礼なことをして申し訳ありません。いえ、由美様の胸のポケットから出ているものが気になりまして。それはペンタン様では?あ、私のことはレゴラスとお呼び下さい。『王子』や『様』は必要ありません」
「ポケット?」
いやいや、王族相手にそんな呼び方出来ないでしょうと思いつつ、自分の胸ポケットに目をやる。
ああ、ペンタンのボールペンね。
丹波冷蔵の創立記念に向け、取引先や関係者に配る為にペンタングッズが色々と作られた。
ありがちだが、ボールペンや、メモ帳、消しゴム、ピンバッジなどがあり、全部由美がイラストを描いた。作成者なこともあり、試作品を含めて由美は多めにグッズを貰えたので、宣伝をかねて自ら事務服のポケットに挿して使っているのである。
ボールペンのノックする部分がペンタンの頭になっているんだけど、ペンタンの頭は丸いから押しても痛くなくていい感じなんだよねー。可愛いからポケットに三本も挿していたら、志織ちゃんには『どれだけペンタン推しなんですか!』って笑われたけど。
「これはペンタンのボールペンです。って、ボールペンがわからないですよね。書くものなんですけど、ちょっと待って下さいね。ペンタンのメモ帳が確かスカートのポケットに……」
スカートからペンタン型のメモ帳を取り出し、ボールペンで書いて見せようとするが、突然その手を大きな手に掴まれてしまった。
え? 書けないんですけど……。
驚いて見上げた由美に、レゴラスが少し怒ったような声音で言ってきかせる。
「紙ならありますから!ペンタン様を汚したら可哀想です」
いやいや、これ普通のメモ帳だから。何枚もあるし。
全く腑に落ちなかったが、代わりに用意された厚手の紙にボールペンで試しに猫を描いてみた。
「これはボールペンと言って、私の世界の一般的な筆記具なんですけど、ペンタンをデザインして……って、どうしましたか!?」
由美の手の動きを見ていたレゴラスの様子が、明らかにおかしい。
由美の言葉が耳に入っていないようで、由美がさらさらと描きあげた猫のイラストを、まじまじと見ては小さく震えている。
「レゴラス王子様?」
もう一度由美が声をかけるのと同時に彼はガバッと顔をあげ、由美の手を握ってきた。
「由美様、素晴らしいです!これは猫ですよね!?なんて可愛らしい猫だ!!他にも!他にも描けますか?」
すごい迫力で迫って来られ、由美は無言でコクコクと頷くと、勢いに押されて別の動物のイラストも猫の隣に描いていく。 犬、くま、リス……。
「リス!!これはリスですよね!?全部可愛いですが、このリスはとくにたまりませんね」
レゴラスは蕩けるような笑顔でうっとりと由美が描いたイラスト達を眺め、撫で始めた。
この人、大丈夫かしら? 私の描いた絵を喜ぶなんて、5歳の甥っ子みたい。
「レゴラス様、額をお持ちしました」
「ああ、良さそうだな。作業机と、ベッドの横、大きめのものも欲しいな」
壁際に立っていたはずの男性が、どこから持ってきたのか小さな額を手に現れ、レゴラスに勧めている。
は? 飾るの? ……冗談で描いたイラストを、こんな高そうな額に入れて?
由美が呆気に取られていると、レゴラスが新しい紙を用意し、由美に頼み込んできた。
「こちらに、大きめのペンタン様を描いてもらえませんか?執務室に飾るので」
ペンタンの絵?
頼まれれば、ケーキもたくさん食べさせてもらったことだし、いくらでも描きますけども……。
薄々気付いてたけど、もしかしてこの王子様ってーー。
「良かったらこのボールペン、一本差し上げます」
由美はレゴラスにペンタンのボールペンを差し出してみた。
「いいのですか!?こんなに可愛くて、貴重なものを!ああ、なんて可愛いんだ。ありがとうございます!!」
レゴラスはボールペンを受け取ると、ペンタンの部分に頬擦りをしている。
うん、決定。この王子様、可愛いものに目が無いわ。